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ニューゲームはハードモード  作者: 笹葉きなこ
ゲームの世界へようこそ
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ゲームの世界へ

 もし、自分の好きな世界にいけるとしたら。

 もし、自分の好きな物語の世界に行けるとしたら。

 もし、自分の好きなゲームの世界に行けたら。


 私はゲームの世界に行きたい。お気に入りのゲームの世界。好きな物語に行けるとしたら、きっとそうする。ファンタジーな世界に浸れて、鍛えれば鍛えた分だけ強くなる。そんな世界。数字で結果が出るから疑いようもない。レベルなんかは時間をかければ絶対に上がる。確かに、戦略とかの技術は練習しなくちゃ身につかないけどさ。普通にキャラクターのレベルを上げるだけなら時間をかければどうにかなっちゃう。それに攻略を見ながらだってゲームは進められる。技術がなくたって調べれば何とかなる。ストーリーも楽しめるし敵を倒した達成感とかも感じられる。それで十分じゃん、楽しいし。ちまちま素材をコンプしていく。敵をバッタバッタなぎ倒す。普通に楽しい。


 ゲームの世界に対する認識はこんなもんだった。でも実際はそんなに甘くなかった。どうしてこんなことになっちゃったのか。



 ──




 昔、世界は1つだった。世界の均衡は保たれていた。不自由なく、問題なく保たれていた。世界は満たされていた。しかし、ある時、対になっていた光と闇が世界から外れてしまった。そのとき世界の均衡は崩れた。

 今まで均衡を保っていた世界は崩壊を始めた。その崩壊をきっかけに、次々とほかの者たちも離れていった。炎、水、風、土、そして最後に鋼。世界は空っぽになってしまった。元の世界には何も残っていなかった。


 光が無くなり、明るさを忘れた。

 闇が無くなり、安息を忘れた。

 炎が無くなり、温もりを忘れた。

 水が無くなり、潤いを忘れた。

 風が無くなり、流れを忘れた。

 土が無くなり、恵みを忘れた。

 鋼が無くなり、技術を忘れた。


 今まで一つだった世界は、七つに分かれた。それぞれが独立して、それぞれが新しい世界を構築した。しかし、もともと七つの者たちによって安定させられていた世界は、それぞれが構築して安定するのか。否、そんなはずはない。それらは当然不安定な世界になった。


 世界は不安定になった。

 世界の秩序はなくなった。

 世界を守る(すべ)はなくなった。


 そんな世界を救うために、元の世界に戻すために、世界中の「冒険者」と呼ばれる者たちが旅を始めた。安定した世界を取り戻そうと、バラバラになってしまった世界をつなごうと旅を始めた。


 困難なことは必ずあるだろう。

 逃げ出したくなることもあるだろう。

 理不尽なこともあるだろう。

 しかしどんな時でも立ち向かわなくてはならない。ともに旅をする、ともに立ち向かう仲間がいるのだから。


 あなたはそんな冒険者のうちの一人として、旅を始めようとする者である。


 ──


 こんな文句で始まるゲーム、『七色の橋』は、私、弓上奈々(ゆみがみなな)の大好きなゲームだ。追加データの配信が多く、ストーリーもしっかりしていて、キャラの育成もたくさんできる。

 私は重度のゲーマーである。そりゃもうやばいくらいに。公式の小技から噂レベルの裏技まで大体やってみた。これ以上キャラクターを育ててどうするの?ってレベルまでキャラの育成は済んでいる。やっていないことといえばストーリークリア後に能力を引き継いで2周目をできるってことくらい。ステータス以外のアイテムとか図鑑とかのコンプ要素は全部リセットでもったいないからまだできないでいる。でもそのうちやろうと思っている。何ならデータを消したくないからもう一本買おうかなとまで考える。


 そんな私は今、見知らぬおばあちゃんのお手伝いを川田遊希(かわだゆうき)とやっている。



 家に帰ったら何をしようかな、そんなことを考えながら家の最寄駅で降りて歩いていた。すると、駅のロータリーで、地図を見ながら困っているおばあちゃんを見つけた。

 

 「何かお困りですか?」

 私は声をかける。


 時間は夕方、街は夕焼けで赤く染まり始めている。駅は家に帰る人たちで少し混雑していた。

 おばあちゃんの顔にはしわが刻まれていて、かなりの高齢に見えた。こういう人が困っていたら助けてあげないと、と思ったので声をかけた。

 どうやら、おばあちゃんは道に迷っていたらしい。

 最近開発が進んだおかげで駅の地形もかなり変わっていたから仕方ないかなと思った。それで、そこまで案内をしてあげることにした。


 おばあちゃんの足元には使い古された、紫色の風呂敷があった。一緒に歩き始めたらそれを重そうに持ち上げる。


 「代わりに持ちましょうか?」

 「……それじゃあお願いしようかね」


 いざ代わりに持とうとすると、やっぱりこれが重くてなかなかつらかった。

 で、ちょうどこの時、さっきの川田遊希が声をかけてきた。奈々ちゃん大丈夫?って。彼はがっつり運動系って感じな男子でちょっと苦手だ。で、まぁなんやかんやで彼が荷物を持ってくれることになったからそれに甘んじた。そこは素直に感謝します。


 地図に従って歩くこと数分、目的地に着いた。

 おばあちゃんが探していた場所は、駅から少し離れた裏路地にある小さな建物だった。日が暮れ始めているころだから余計に暗く見えて少し不気味だ。大通りからも少し離れていて、一人だったら絶対に来たくないタイプの道だった。


「えぇっと、この建物ですね」


 と私は告げる。


「おぉ、そうかいありがとねぇ」

「じゃ、おばあちゃんこれ」


 ペコリ、と頭を下げるおばあちゃんに川田君は風呂敷を返す。


「これの中身って本?」

「そうねぇ、本もあるねぇ」

「どういう感じの本?」


 川田君が質問を続けている。


「しいて言うなら魔法の使い方の本かね、こういうね、ほれっ」


 おばあちゃんがそう言いながら指を軽くふると、さっきまで川田君が持っていた風呂敷が浮かび上がった。


 あたりは一瞬静寂に包まれた。

 遠くでカラスが羽ばたく音が聞こえる。

 都会の喧騒が一気に遠くなった。

 世界から切り離されたように感じる。


 は……? 何言ってんの? 私は耳を疑ったし、目も疑った。魔法の使い方の本といっても手品の類じゃないかと疑い始めている。あれだけ重いのならいくらでも仕掛けはできる。ただ、種や仕掛けを疑っている私と違い、


「おぉ、すげぇっ、おばあちゃんこれすごいよっ」


 とテンションダダ上げの川田君が騒いでいてとてもうるさい。


「これって手品とかじゃないの?」


 と私は尋ねた。


「いいや、正真正銘の魔法さね。まぁそんなに人前でポンポンつかっていいものじゃないから存在は知られていないけどね」

「そんなものを見せてもらってもいいんですか?」


 ポンポンつかってよくない魔法を私たちに見せていい理由がよくわからない。


「いやぁね、困ってるあたしを助けてくれる程度に優しい人なら信用できるからね。あと、どうしようかねぇ、せっかく助けてもらったんだからお礼の一つや二つをしておきたいね。何か叶えてほしい願い事とかはあるかい?」


 そういわれると悪い気はしない。優しいっていわれた。なかなかうれしい。さらにお願いをきいてもらえるのか。あんまり信用できないけど。まぁ無理だったら無理だったでいいか。それくらいに考える。


「おぉ、すげー、いいの?」


 と、川田君はすごい喜んでいる。


「おばあちゃん、お願いってどれくらいの事まで?」

「だいたいなんでもできるかなぁ、世界征服とかでなければねぇ、あはは」


 私の質問におばあちゃんが笑いながら返事をする。これはなかなか夢が膨らむね。

 さっきまで不気味なだけだった裏路地だったが、今ではワンダーランドの入り口なように思えてくる。

 何がいいかなと思案していると、七色の橋を思い出した。


「例えばですけど、物語の世界に行けたりってできますか?」

「おぉ、それくらいなら全然余裕だねぇ。」


 頼もしい返事が返ってくる。おばあちゃんは風呂敷の中身を探して、小さな物を取り出した。赤い、かわいい花のペンダントだった。


「物語の世界に行くのに必要なのはこれさ。このペンダントを行きたいと思っている世界の前で掲げて、その世界に行きたいと強く願う。するとその世界への扉が開かれるのさ。そしたらその扉をくぐればいい、その世界にすぐ行ける。」


 これは、すごい。私はそう思った。これなら七色の橋の中に入って楽しめそう。


「へぇ、すごい……。じゃあおばあちゃん、それを貸してほしいです」

「おぉ、そうかい。まぁ、貸してあげるんじゃなくてもうあげちゃうよ。」


 おばあちゃんはペンダントを使う時の注意点を軽く説明してくれた。


 説明が終わると、おばあちゃんはペンダントと渡してくれる。ありがとうございます、私はそう言ってペンダントを受け取った。意外と詳しく説明されたので話を聞いているだけでもどんどん楽しみになってきた。なんだかんだ信じ始めている私もいる。


「じゃあ、俺にもそれください」


 と、隣の川田君も言った。何言ってんだこいつ。そんなに適当でいいのか。私はそう思った。

 ……まぁ川田君の願いなんて私には関係ないけど。


 それから少しの間おばあちゃんとお話をして、辺りが暗くなる前におばあちゃんとは別れた。


 帰り道で「奈々ちゃんは何の話に行きたいの?」と川田君は聞いてきた。こいつ手伝ってくれた時はなかなかが利くヤツだと思ったけど、こうなるとやっぱプライベートもなにもなくて少しうざかったりもする。


「どこでもいいでしょ……」


 と適当にあしらうも、しつこく聞いてきたので私は折れて話した。


「七色の橋っていうゲームに行ってみたいなって」

「へぇー、そうなんだ。俺も行ってみたいな。一緒に行ってみてもいい?」


 川田君はいきなりそんなことを言ってきた。こいつには距離感をいうものはないのか。


 私たちは別段、特に親しいというわけでもない。クラスが三年間一緒ってだけだ。特によくしゃべったりする訳でもない。こいつはクラスの中心で騒いでるけど私は端っこのほうで本を読んだり、友達と雑談をしたりしている。ほんとにあんまり関係がない。なのにこの距離感、尊敬するね。

 しばらく無言で考えていると彼は少し元気がなくなってきた。さすがにかわいそうだから、ちょっとならいいよと言った。すると嬉しそうに、


「おっ、サンキュー! たのしみだわー。いつ行くの? 今からとか行っちゃう?」

 

って。つっこんでくるよなほんと。


「今試してみようかなって思ってた。ここにゲームもあるし」


 なんで今も持ってたんだろうってちょっと後悔した。なければまた今度って言ってごまかせたけど。そう言ってもきっと後で絡まれるんだろうけど。まぁどうせすぐ戻ってくるから今やっても問題ないけどね。


「おっ、じゃあ今から行こうぜ」

「はぁ、仕方ないな。やってみようか」


 そう言ってゲームを出してペンダントを掲げて七色の橋の世界に行きたいと願った。するとほんとに目の前に円い扉が現れた。


「おぉー、すげぇなこれ」

「そうね。とりあえずくぐってみましょ」


 こいつはすごいテンションが上がっていてうるさい、いつも通りだけども。かくいう私もかなりドキドキしている。隣にうるさいやつがいるけど、ちょっとしたら一回出てからまた一人で入ればいいかななんて、そう思いながら私たちは目の前の扉をくぐり、七色の橋の世界へ旅立った。


 簡単に帰れなくなるとも知らずにね。


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