三十五踏 緊急事態
真相はタイヤー達には分からなかったが、ひとまずアーダの人柄を鑑みて信じることに。
食事を終えたタイヤー達を引き連れて、再びドワフ族側の部族長三人と族長代理のアーダは今後の詳細を話すべく最初の部屋へと戻る。
今度はちゃんと椅子が用意されており長テーブルを挟んで向き合っていた。
「それでは、本当に我らが送った使者はその魔族の代表である小娘に食われたというのか」
「はい……」
ずっとタイヤー達の陰に隠れていたカルトがフードを取りドワフ族の部族長達は、驚く。カルトのその目は魔族の証でもある白目の無い単一色をしていたからだ。
しかし、タイヤー達が庇い自分達を助けてくれた仲間だと言い張り譲らなかった為に、ドワフ族側に情報を流すという点で部族長達も折れた。
「カルト。堂々としていたらいい。もう君は俺達の仲間だ。何があっても守ってやるから」
「タイヤーさん……ありがとうございます」
カルトは目を細めることで嬉しそうな顔をするので、タイヤーは頭を撫でてやった。再びアーダ達へ向き直すとタイヤーは真剣な目付きに変わる。
「それで、ドワフ族……いや西スエードはどうするつもりなんだ、これから」
「アーダ様、我から構いませんか?」
「ガルベラに任せるだ」
アーダは頷き中年のドワフ族ガルベラに一任する。ガルベラは浅黒な肌に太い眉、鋭い眼光に彫りの深い目鼻立ち、頑固そうなへの字に曲がった口のまま立ち上がり地図を片手にタイヤーの側へとやってくる。
タイヤーの胸元より下ほどしかない身長に、この顔は違和感しか感じないタイヤー達であった。
思わず吹き出しそうになるのを堪えてタイヤー達は広げられた地図をガルベラと共に見る。地図はスエード全体を表したものであった。
「我ら西スエードはエルフと協力して、事と次第によっては東スエードを潰すつもりだ。好戦的なエルフではあるが、別に無理にレバティン王国と戦いたい訳じゃない。相手が東スエードに替わるだけだ。その辺りは問題ないだろう。カルトとか言ったな。もし、身内がいるなら逃がす手筈を此方で用意してもいい」
「僕の血縁はもう居ません。ですが、やはりお嬢様は……」
「代表である以上、見逃せんな。まぁ、良くても監禁されると思ってくれ」
「はい……」
カルトにもニーナに対する情があるのか少し寂しそうにする。ニーナと仲の良かったエルも何だか複雑そうな表情を浮かべた。
「あの、万一の事となったらタイヤーさん達も力貸して頂けないだか?」
「俺達が? うーん……少し考えさせてくれ。俺一人の判断ではなく皆で決めなければ。それと、一つ。今北スエードにミユウという獣人の少女が向かって今頃到着している筈だ。彼女も仲間でな。まずは彼女を助ける事を優先したい」
「北スエードにだか? それならアーダと一緒に向かうだ。北スエードを説得しにいかねばならぬだ」
「わかった。日程は任せるが万一もある。早めにしてほしい。カルト、ミユウの状況はどうだ?」
「大丈夫だと思います。動きは無いですが、感知出来るということは、無事です」
「ありがとう、カルト。それじゃあ、日程決まったら教えてくれ。この近くに宿はあるか?」
「だったら、ここさ泊まればいいだ。今部屋を用意するだ」
アーダは残りの部族長二人に頼み、ガルベラは軍備の用意をすると言って二人と共に部屋を出る。
アーダとタイヤー達だけになった部屋は、誰もが言葉を発せず静かなものであった。
「アーダ」
「なんだぁ?」
何か考え事をしていたタイヤーは、静寂を切り裂くように声をかける。
「魔神復活させた当時の話を聞きたい。ドワフ族が関与していないというのはわかった。ニーナは、戦争肯定派であったドワフ族が人間を使い魔神復活を企みレバティン王国の戦力低下を狙ったと言っていた。ところが君たちは、戦争に反対だと言う。じゃあ、誰が何のために魔神を復活させたんだ?」
「アーダが知っている限りでは、当時五年前も戦争に反対だったのは間違いないだ。だけど、ある日この西スエードの人間が魔神を復活させたと噂が流れただ」
噂。そうニーナも言っていた事をタイヤーは思い出していた。それならば、その噂の出所が何かしら関与しているのではないか、そう考える。
「当時の族長であるアーダの父が調査に乗り出し似顔絵の男が浮かんで、その似顔絵の男の家には魔神復活に関する資料なども見つかっただ。
決定的となっただ為に、東スエードは西スエードの関与を疑っただ。何度も使者を送り否定した為に一度は、東も北も納得しただが、そのせいで西スエードの発言力はかなり低下しただ。父も心労で倒れて今は寝たきりだ」
男に関してもそうだ。何の根拠から一人の男が浮かんで来たのか。タイヤーは、一度アーダの父親に話を聞けないものかと考えるようになっていた。
◇◇◇
男女二つの部屋に案内されて、タイヤー達は体を休める。
夜逃げ同然に東スエードを逃げ出して、ドワフ族達との戦闘もあり、体は疲れきっていた。
タイヤー達男性側の扉がノックされ、返事をする暇もなく扉は開けられエル達が入ってくる。
「タイヤー。今聞いたのだけど、近くに温泉があるらしいの。皆で行かない?」
「温泉? 一緒にか?」
「そんな訳ないでしょ。ちゃーんと男女別々に別れているらしいわ」
エルの話では天然温泉でありながら、施設としてちゃんと管理されているという。混浴が当たり前の温泉に、タイヤーは少し不満げな表情ではあったが一緒に向かうことに。
「あ、タイヤーさん」
「アーダ。俺達の馬車に何か用か?」
「随分ボロボロなので、荷台をこちらで作り直そうと思っていただ。迷惑だか?」
「いや、全く。ありがたいくらいだ。それじゃ、お願いしようかな」
「任せるだ。ドワフ族は、こういうのに慣れているだ。立派な馬車にするだよ」
アーダと別れたタイヤー達は、少し街の郊外にあるという温泉へ向かう。
「へい、いらっしゃい」
小屋の前で一人の若いドワフ族が椅子に座っている。
「左が女性専用、右が男性専用です。どうぞ、無料ですから入っていってください。あ、それに今の時間帯だと人は少ないから殆んど貸し切り状態ですぞ」
「へぇ、いいわね。それは。さ、フローラ入りましょう。タイヤー。もし、覗こうって思っていたなら死を覚悟して臨んでね」
「……シナイヨ」
タイヤーは、エルを見ずに明後日の方向へと視線を移すのであった。




