三十三踏 ドワフ族
リックは馬乗りになりながら、自分を強く睨む少女を月明かりを利用して確認する。
どこからどうみても自分より年若い少女。あどけなさも抜けきっていない。
自分を睨んでくるどんぐりのようにクリッとした目に黒い瞳。
長くて太い薄ピンク色のおさげ髪を、顔を振り嫌がりながらペチペチとリックの体に当たる。
少し鬱陶しく感じたリックは少女の両肩を地面に押さえつけることで、髪を振り回すのを止めた。
すると、少女は今にも目から溢れ落ちそうなくらいの涙を溜めていく。
不味い、絶対に泣く。リックがそう思った時には、ポロポロと目尻から涙が地面へと落ちてきていた。
「うぅ……う、うわぁあああああ! やめて、だす!! 犯されるだす!! 誰か助けて欲しいだすぅうう!! うわぁあああああん!!」
「え、え、ちょっと待って、俺っちは別にそんなつもり……ぐすっ……あれ?」
咄嗟に肩から手を離したリックは、気づけば自分も泣いていた。
ボロボロと溢れる涙が止まらない。
しゃくり声になり、悲しくないのに涙が勝手に出てきた。
「うわぁあああああん、アーダはまだ処女だす! ぐすっ……見逃して欲しいだす。わぁあああああん!」
「だ、だから何もしない……ぐすっ、しないって言ってるじゃない……か。うわぁああん!」
「おい、リック。っすん、は、離れでやれよぉ、馬乗り、馬乗りになって……ひっく、るからその子は……あ、あれ、なんだこれ? 涙?」
タイヤーも駆けつけリックに話しかけた頃には、涙を流し鼻をすすり泣いていた。気づけば周りも嗚咽しながら泣いており、最早誰しもが戦闘どころではなくなっていた。
リックもようやく馬乗りから立ち上がるが、アーダと名乗る少女は顔を腕で隠しながら、泣き続ける。
そんな中、同じように涙を流してはいるものの、ジッと踞りながら、腹の痛みが和らぐのを待ち続けていた者が、動けると判断してユラリと立ち上がる。
気のせいか、その者の体からは湯気が立ち上ぼり赤く燃える長い髪が逆立っていた。
「《破壊剣神》」
手のひらの赤い六芒星から大剣を取り出すと、ゆっくりと襲ってきた集団に近づく。
「え、エルちゃん?」
フローラの隣を通り抜けていき、背丈の低い集団の前に立つとギロリと髪と同じ赤い瞳を輝かせながら見下ろす。
「ひいっ!」
エルの胸元辺りまでしかない集団も泣いていたが、エルの存在に気づくと全員硬直して持っていた武器を落としていく。
「……痛かったわ」
小声で何か喋ったエルに、眼前に立たれた男は、思わず「は?」と聞き返す。
「痛かった、そう言っているのよ。私に攻撃したのは、誰?」
低く厚みのある声でエルは、目の前の男に尋ねる。男は足が震え出し思わず隣にいた男に「コイツです」と擦り付ける。
そうなると、隣の男に寄ってくるエル。
隣の男はたまったものじゃい。咄嗟に後ろの男を指差して擦り付ける。
「へぇ、あなたが?」
「ち、ち、違いますよ、あいつ、あいつです」
今度は女の子を相手に押し付ける。エルがゆっくりと近づくと女の子は、たまらず頭を抱えしゃがみこむと、ズボンを濡らしびしょびしょになるほどお漏らしをしてしまう。
「ひいいっ、あだじじゃない、あだじじゃないでず!」
埒が明かなくなったエルは、大剣を仰々しく月に向かって掲げて見せる。
逃げようとしても、誰一人蛇に睨まれた蛙のように、足が動かなくなってしまい、立ち尽くす。
いざ、エルが飛びかかろうとした、その時。
背後からタイヤーが飛び付いてエルの脇の下から腕を回して止めた。
「エル、相手はもう、ぐすっ……戦意喪失している、だから落ち着け……くそ、涙止まらん!」
涙で視界のハッキリしないタイヤーは、無我夢中で止めた。背後から回した腕がしっかりとエルを包み、腕と手に柔らかいモノが触れているのも気づかずに。
強く強く、自分の方へと抱き寄せる。
「ちょ……た、タイヤー。やだ、そんなに強く揉ま……あ、やめて」
不意を突かれてエルは涙を流しながら、顔を赤く染めて体をうねらせる。
襲ってきた背丈の小さな集団は、一体何を見せられているのだろうと呆けていた。
◇◇◇
「すいませんでしただ。てっきり、魔族とばっかりと思い込んでいただ!」
襲ってきたアーダと一団は、やはり、この西スエードを住み処とするドワフ族だと名乗り、リック達を前に一斉に頭を下げる。アーダが泣き止むと、皆の涙は止まっていた。
アーダ曰く、自分のフィーチャースキルらしく、泣くと自分を中心にして周りも泣き出してしまうと言う。
ある意味、戦意喪失させるには持ってこいだが、敵味方に関係ないことがネックだった。
厄介なスキルだとリック達が、襲ってきた理由を聞こうとするが、アーダを始めドワフ族の視線は、常にリック達の背後を気にして意識はそちらばかりに向いていた。
「あのー、止めなくていいだか?」
「いつものことだから、ね、リックくん」
「そうだな、通常運転だから気にするな」
そう言いリックとフローラは自分の背後をちらりと見ると、そこにはタイヤーに馬乗りになり、胸ぐら掴んで何度もビンタを繰り返すエルの姿が。
「死ね、死ね、そして忘れろ!」
手加減などしないエル。往復ビンタなど甘っちょろい攻撃などせず、ひたすらタイヤーの右頬目掛けてビンタしていた。
「本当に偶然だって! エル、勘弁してくれ!」
「最初はね。でも、途中から明らかに意識して揉んでいたじゃない!」
「いや……それは、触り心地が……」
「やっぱり、わざとか! よし、継続確定!」
「ひぃいいい! 誰か、助けてくれぇ!」
再び右頬目掛けて平手を打ちつける度にタイヤーの顔は腫れ上がっていく。
結局、空が白澄み始めるまで、タイヤーは叩かれ続けたのであった。
◇◇◇
現在使い物にならないタイヤーは荷台の中で寝そべり、代わりにリックがアーダ達に、ここに来た事情を話した。
アーダ達ドワフ族も魔族に対して何故ここまで警戒しているのかを教えてくれた。
アーダが言うことは、以前ニーナから話を聞いたこととは、大幅に違っていた。北スエードのエルフ、西スエードのドワフ族が戦争をしたがっているのは、間違いで、戦争を反対しているのはドワフ族だという。
その為に、ドワフ族のトップは、魔族の代表であるニーナに対して戦争をしないように使いを出すのだが、一人として帰ってくることはなかった。
「カルト。君は何か知ってる?」
「はい……ドワフ族の方が何度か屋敷に来ましたが、その……お嬢様に食べられました。後始末は僕の役目でしたから……」
自分も手を貸したのだと、深く反省と後悔の表情のカルト。守るようにフローラが優しくカルトを腕の中へと包み込むと、アーダ達も何も言えなくなってしまった。
「アーダだけじゃ判断できないだ。族長の元に連れてくっから、族長に話すだ」
「それが良いかもな。おーい、タイヤー。それでいいか?」
タイヤーは荷台から腕を挙げて、了承の意思を示す。
「それじゃ、連れていってくれ。それと、エルはタイヤーの看病な」
「え。私が!?」
「当たり前だろ。それともフローラに看させるか?」
「わ、わかったわよぉ……もう、なんで、私が……」
不満気にエルはタイヤーの乗っている荷台に上がりタイヤーと目が合うと、タイヤーが思わず視線を逸らして怯える。
さすがに少しやり過ぎたかと反省するエルであった。




