三十二踏 東スエード逃亡戦
いつもの青色の光ではなく、黄色の光がタイヤーを包み、やがて髪と瞳の色が黄色に変貌を遂げる。
ムクリと立ち上がったタイヤーは、何事もないように槍を手に取り構えた。
「エル、近づく奴から片っ端に叩き落とせ。あと、なるべく殺すなよ」
「う、うん」
妙に自信満々なタイヤーを横目に追いながら、エルも大剣を構える。
タイヤーとエルは、互いに背中合わせで馬車に迫る魔族を次々と馬から叩き落としていく。
先ほど容易に槍を掴まれたタイヤーであったが、《麦》を発動させてからは、掴もうとする手がわかっているかのように、巧みにフェイントをかけて躱しながら攻撃していた。
動体視力も良くなっているのだろう、走る相手の馬の目を狙い澄まして槍を突く。
「タイヤー、あれ!」
エルが指差すと同時に、馬車に向かって多数の槍を投げつけてくる。
「エル! フローラとカルトを頼む!」
「タイヤー!!」
タイヤーはそう言うと自ら盾になるように馬車の最後尾に立つと、驚くことに槍一本で、馬車に当たりそうな槍だけを見極めて叩き落としていく。
その動きには無駄は無く、槍の刃先だけをエル達に馬車に当たらないように軌道を変える。
「は、反射神経の強化……」
タイヤーの『異性に踏まれる程に強くなる』力。一段階目は動体視力のみだった。勿論二段階目になれば、何かしら強化されるとは思っていたエルではあったが、動体視力にプラスして反射神経まで強化されるものだとは予想外たった。
エルはカルトとフローラを飛んで来る木の棒から守るように大剣を構えるだけ。
タイヤーの背中が頼もしく思えて、安心しきっていた。
ところが急に馬車が止まる。フローラが手綱を目一杯引いて馬を止めたのであった。
思わずエルは転びそうになるも、タイヤーに肩を支えられる。
「大丈夫か、エル。フローラ、どうした!?」
「橋が……橋が無いの……」
そう言うとフローラは崖になった先を指差す。橋は完全に崩れ落ちており、行き場を失う。
「カルト、他に道は!?」
「タイヤー! 追い付かれた!」
タイヤーが振り返ると、ゆっくりと馬車に近づいてくる魔族の一団。
タイヤー達から見えたニーナの表情は、勝ちを確信していた。
「どうする、タイヤー?」
「相手は五十人くらいか……諦めないさ、エル達に救ってもらったこの命。無駄にするつもりは、無い!」
タイヤーは覚悟を決めて槍を構えると、エルと御者台から壊れたコーチへ移ったフローラも構えを取る。
しかし、ニーナは余裕の表情で一人の魔族に合図を送る。
魔族を乗せた馬が一歩踏み出すと、静かな闇夜に似つかわしくない轟音と共に魔族の頭が何かで撃ち抜かれ絶命する。
「こ、これは……」
タイヤー達は辺りを探るが姿は見えない。何が起こったのかわかっていないニーナは、再び合図を送ると今度は一歩踏み出そうとしたタイミングで魔族の頭が的確に撃ち抜かれた。
「おいおい、何で此処にいるんだよ」
「そうね、アイツならもう西スエードにいるはずだし、こんなところでウロウロしているはずはないわ」
「迷子になったんじゃない? リックくん」
木の影からボルトを前後に動かして充填すると、ライフル銃を肩に担いで狙いを定める。一度狙いを定めれば、この距離なら百発百中で命中する。
魔族が動きを見せたらトリガーを引くのみ。
あとは光弾が魔族の頭を撃ち抜いてくれる。
ニーナの表情は先ほどの余裕を失い唇を強く噛みしめ血を滲ませる。
今は魔族達が自分の盾になっている。
少しでも自分が見えたならば、撃ち抜かれるかもしれない。
ニーナは、顔を歪ませてタイヤー達を睨み付ける。その目には、先日見せた子供らしさの欠片も見えなかった。
そしてニーナは、退かざるを得なくなり去っていった。
「た、助かったぁ……」
タイヤーは腰を降ろすと髪と瞳の色が元に戻る。エルも大剣を仕舞うと、ホッと胸を撫で下ろした。
「何で、追われてんだよ、お前ら」
ひょっこり木の影から現れたのはやはりリックであった。
「お前こそ、なんでまだ東スエードに居るんだよ、リック」
「ははは、それは、まぁ。色々あってな……」
笑って誤魔化そうとするところから、どうやらフローラの予想は当たっていたみたいであった。
◇◇◇
「なるほどな、あれはやっぱりニーナちゃんだったのか」
「知らずに撃ってたのかよ!」
リックと合流したタイヤー達は、カルトが教えてくれた別ルートから西スエードを目指していた。
リックは元々進むべきルートから離れ、森の中をさ迷っていたところを、偶然追われているタイヤー達を見つけたのだと言う。
「よく月明かりがあるとはいえ、俺達だって分かったな?」
「そら、あんな大きな剣振り回すのエルくらいしか居ないしな!」
エルに顔を鷲掴みにされるぞ、そう思っていたタイヤーだったが、エルは何の事はなく、平然としていた。タイヤーであったら、確実に吊るされていたであろう。
「でもよ、俺っちの方よりミユウちゃんの方に行かなくて良かったのか?」
リックは、自分より年が下のミユウの心配をする。もちろん、タイヤーも考えていなかった訳じゃない。
「ミユウは空を飛んでいるからな。合流もしにくいし。いざとなれば空高く逃げれるだろ」
「あ、あの僕のフィーチャースキルなら、ミユウさんが何処にいるかわかりますけど」
「それを、早く言えよ!」
申し訳なさそうな表情のカルトは懐から取り出した簡易的な地図を広げる。
「《追跡》」
スキルを発動したカルトは、地図に書かれた北スエードの中央辺りを指し示す。
「この辺りに居ます。まだ街には着いていませんね。でも、無事です」
「無事かどうかも分かるのか?」
「はい。最大三人までですが、僕がマーキングを意識した相手が亡くならない限りは、地図さえあれば大体の位置は掴めます。今はミユウさん、リックさん、それとタイヤーさんの三人です」
ミユウが無事だと分かり一同は安堵する。カルトにはミユウにおかしな動きがあれば教えてもらうとして、二台の馬車は並走しながら崖沿いを走らせると、視界の先に新たに別の橋が見えてくる。
万一に備えて、リックが操る馬車でエルとカルトを橋の向こう側に渡した後、フローラが操る馬車にタイヤーを乗せて進む。
石橋とはいえ、崖の高さは十メートルはあると見られ、慎重に進んでいく。
タイヤーもリックも完全に東スエード側を警戒していた。
「エルさん、後ろ!」
カルトの言葉で振り向いたエルは、腹に重い一撃を受けて踞る。エルの異変にリックも振り返ると、目の前にこん棒のような物が襲ってきて間一髪、当たりはしなかったが、御者台から転がるように落ちてしまう。
「フローラ、急げ!」
「うん!」
フローラが手綱をしごいて馬車の速度を上げていく。タイヤー達からは、かなり多い人影がエル達を取り囲んでいるのが見えた。
「タイヤーくん! 御者を変わって!」
「お、おい! フローラ!」
フローラからいきなり手綱を受け取ったタイヤーは、見よう見まねで馬車を進ませる。橋を渡りきり西スエードに着くなり、フローラが馬車がら跳ぶとそのまま人影の一人に蹴りを食らわせる。
「みんなから手を離せぇええええっ」
フローラは、ひらひらと舞うスカートから見える純白の下着を気にすること無く、人影に中に文字通り飛び込むと、縦横無尽に動き回り相手を吹き飛ばしていく。
エルの周りにいた人影を吹き飛ばし、エルの安全を確保すると自らが盾になるように立ち塞がる。
相手も必死なようで、身の丈より大きなこん棒を振り回してくる。
それを見たタイヤーは違和感を感じる。
相手の背丈が異様に低く、子供くらいの大きさばかりだった。
「いちちち……うわっ!」
倒れていたリックが起き上がろうとすると、背後から組みつかれる。
リックは咄嗟に引き離して背負いで投げると、逆に相手に馬乗りになり、その姿を見て硬直してしまう。
「こ、これは……やっぱり子供!?」
「誰が子供だすか! アーダは子供違うだす、大人だす!」
リックが馬乗りになった相手は、カルトとそう歳が変わらないくらいの少女であった。




