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三十一踏 覚醒

「タイヤーくん。準備は出来たけど、一体どういうこと? ニーナちゃんが動き出したって……」


 フローラとエルは荷物をまとめ、着替え終えると部屋から出てくる。

渋い顔のエルと違い、何の事か把握出来てないフローラはタイヤーに尋ねるが、タイヤーの代わりに一番事情の詳しいであろうカルトが答える。


「ひ、ひとまず馬車を用意してるので、向かいながら話をします」


 タイヤーとフローラの後ろをついて走るカルト、更にカルトの後ろをエルが疑わしい目でカルトを見ながらついていく。


「カルト、今ニーナは何処に?」

「今はお屋敷に居ません。村で人を集めています。僕はお嬢様からタイヤーさんを殺しておくように命令されたのです。お嬢様が言うにはタイヤーさんが殺されているのを見れば、エルさんはショックで動けないだろう……って。そうすればお嬢様がエルさんを殺すのは容易いからって……」

「ニーナが、本当にそんなことを言ったの?」


 エルは足を止めるとカルトの胸ぐらを掴んで持ち上げるが、タイヤーは踵を返してエルの手を払い除けカルトを降ろしてやった。


「エル、今はそこは問題じゃない。カルト、ニーナの目的は何なんだ?」


 再び走り出し庭へ出るとタイヤー達が乗ってきた馬車が庭に置かれており、これでカルトが本気で自分達を逃がすつもりなのだとは、理解出来た。


「お嬢様のフィーチャースキルは《暴食》です。相手を食らう事で相手のフィーチャースキルを奪え、今の狙いはエルさんのスキルなのです」


 馬車に荷物を放り込み御者台にフローラが乗る。コーチにエルが乗り込んだ後、タイヤーはカルトへ手を差し伸べた。


「カルト、君も来い。このままじゃ君もタダじゃ済まないのだろう。早く!」

「ぼ、僕は……」


 煮え切らないカルトにタイヤーは腕を掴んで無理矢理馬車へと投げ入れ自分も乗り込んだ。


「フローラ、出してくれ! 目的はリックの向かった西スエードだ!」


 フローラに行き先を伝えると、カルトの前にタイヤーは座り大きく一つ息を吐く。一度落ち着き頭の中を整理するために。


「た、タイヤーさん……」

「まだ話は全部終わってないのだろう。カルトの言っていることが本当だろうが嘘だろうが、君には人質としての価値もある」

「タイヤー?」

「エル、俺だってニーナを信じてやりたいさ。でもな、カルトも同じく信じてやりたい。それに……今の話が本当だとしたら、ニーナの父親は、もしかして……」


 カルトは頷き、更に自分の頭をエルとタイヤーに見せる。


「お嬢様は特に魔族の角が好物なんです。僕の角はお嬢様にお菓子感覚で噛られ今は、この通りかなり短くなっています。恐らくこの角が無くなったら僕は……きっとお嬢様に食べられる」


 エルもタイヤーも間近でカルトの角の根元を見ると、微かに歯形のようなものがついている。

それがまた痛々しい。

エルはもう何を信じればいいか、分からなくなってきていた。


「タイヤーくん! 後ろから何か来てる!!」


 フローラは御者台の横に備え付けられている鏡で後方を確認すると、多数の馬がこちらを追いかけて来ていた。


 タイヤーもエルもコーチの窓から顔を出して確認する。


「あれらはお嬢様のフィーチャースキル《扇動》で操られている村人達だと思います」

「《扇動》? ニーナのスキルは《暴食》じゃ……あっ!」

「はい。あれはお嬢様が奪ったスキル。旦那様……お嬢様のお父上を食べて手に入れたスキルです」


 エルは目を丸くして表情が固まる。只でさえ、ニーナの目的が自分の命であるのにも信じられないのに、自らの父親を食べたというのは流石にショックであった。


「不味いな。向こうの方が速い」


 後方の人影は徐々に大きくなってきており、夜道とはいえ、その姿が月明かりの助けもあって目視出来るところまで来ていた。


「ニーナ……」


 タイヤーは、先頭の一団に一際小さな人影を見つける。十中八九、ニーナであろうと確信できた。


「これで決まりだな。フローラ、飛ばせないのか!」

「無理よ、二頭引きとはいえ、こっちは馬車よ! って、きゃあああっ」


 何かが馬車にぶつかり衝撃が走ると、フローラは態勢を崩して悲鳴を上げた。

このままでは追い付かれかねない。

しかし、戦力であるエルはショックのあまり呆けており、肩を揺すったり、軽く頬を叩いたりするが目の焦点は定まらずにいた。


「危ねぇっ!!」


 エルの頭の横を槍が突き抜ける。間一髪、当たらなかったが、かなり危ない位置であった。

タイヤーは槍を引っこ抜くとカルトの頭を押さえつけた。


「カルト、頭を下げていろ!」


 タイヤーは槍を構えて扉を開くと、すぐ側に馬に乗った魔族の男性と遭遇する。


「くそっ、こんな近くまで!」


 咄嗟にタイヤーは持っていた槍で突くが、魔族に手綱を片手に空いた手で容易に槍の柄を掴まれる。引っこ抜こうとするが、思った以上に魔族の力は強かった。


「くっ……なんて、力だ!」


 引っ張り合いになり、タイヤーは槍ごと体を半身、馬車の外へと引き寄せられてしまう。

このままじゃ、馬車から落ちると感じて咄嗟に槍から手を放すと、魔族の男性は、勢いよく馬から転がり落ちていき、事なきを得る。


「危なかった。しかし、随分と力が強いな」

「そ、それはお嬢様の《扇動》です。相手を操るだけじゃなくて、力を限界まで無理矢理引き出すのです!」

「そう言うことは先に言え、カルト!」


 タイヤー一人ではどうしようもない。なんとかエルを起こさねばと、エルの胸ぐらを掴み、先ほどより強めに揺すったり頬を交互に叩く。


「くそ……ダメか」

「タイヤーくん! 女の子を目覚めさせるには、キスよ、キスしかないわ」

「はっ?……き、キス!?」


 タイヤーは胸ぐらを掴み持ち上げていた手が緩み、エルを落とす。

キスと聞き、タイヤーはみるみる耳まで赤くなる。


「お、俺が、エル……と?」


 タイヤーの頭の中は、色んな考えが駆け巡る。黙ってキスしたら怒らないかとか、今フローラ達の目の前でとか、あ、歯磨いてないとか、でもエルを起こさなければ危険だとか、それはもうグルグルと、時には同じことを何度も駆け巡っていた。


 タイヤーは覚悟を決める──後で怒られても、仕方ないと突き通すと。


 胸の鼓動が信じられないくらいに速くなっていく。そして、口を尖らせエルを見たその瞬間。


 顔を鷲掴みにされる。エルは先ほどタイヤーが落とした時に椅子に頭をぶつけて目覚めていたのだった。


「おはよう、エル」

「おはよう、タイヤー」


 互いににっこりと微笑むと、エルの掴む力が増していく。


「貴様、今何しようとしたぁああああ!!」


 エルが片手でタイヤーを持ち上げると、タイヤーは馬車の天井に頭をぶつける。しかし、お構いなしにエルは手のひらの六芒星を光らせた。


「《破壊剣神》!」

「ば、バカ。こんな狭いところで!」


 エルが大剣を取り出すと、切っ先は馬車の壁を突き抜けフローラのすぐ側に現れ、フローラは悲鳴を上げて目が飛び出そうになる。


「ひいっ! あ、危ないよ、エルちゃん!」


 その時タイヤーの頭の上で物音が聞こえた。


「エル、真上だ!」

「うぉおおおおおおっ! だりゃああああっ!!」


 エルはそのまま大剣の柄を掴み真上へ持ち上げていく。壁を斬り天井を斬り裂いて、エルに向かって天井から槍を突き出した相手を斬ってしまう。

剣に手応えがあったエルは、そのままカルトに伏せるように言い、自分の体を回転させて大剣とタイヤーを振り回しながら、コーチを自ら破壊する。


「おいおい、いいのか。自分の馬車を」

「別に構わないわ、邪魔だったし」


 タイヤーは落ちた槍を拾い構えると同時に、エルに頼み事をする。


「エル、踏んでくれ」

「えっ、今? ここで!?」


 タイヤーは馬車の中で仰向けに寝転がるが、エルは躊躇う。


「タイヤーくん、追い付かれた!」

「エル、早く!」

「もう、わかったわよ!!」


 エルがタイヤーの顔を踏みつけると、カルトは顔を赤くして両手で目を塞ぐも指の隙間からは、しっかりと見ていた。

もちろん、タイヤーも短いスカートから覗く淡い青色の下着を、しっかりと見ていた。


「えっ! こ、これって……」


 タイヤーの体を包む光は、いつもの青色ではない。

明らかな変化。

その体は黄色に発光していた。

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