三十踏 夜逃げ
「ああー、疲れたわ」
タイヤーとリックの部屋に入りこんだエルとフローラは、部屋主を他所にベッドにダイブする。
二人の、丈の短いスカートから覗く、純白と淡い青色の下着。
椅子に腰をかけて、今日の稼ぎを数えていたタイヤーが注意すると、二人はスカートの裾を抑えベッドの上に座り直し声を併せて「スケベ」と、眉をハの字にして頬を赤らめて言う。
「それにしても二人とも、凄いな。銀貨十枚あるぞ。それに比べて俺は銀貨一枚……」
「落ち込むことはないわよ、タイヤー。その代わり貴方は宣伝に力入れたのでしょう。それも立派なことよ」
気休めではなく本気でそう言ってくれるエルに、嬉しくてタイヤーは口元が緩みそうになる。
何とか引き締め直したタイヤーは、ウッド先生から貰った餞別を袋から取り出す。
現在銀貨計算で二十一枚。銀貨一枚あれば物価が安くすければ、一人五日は暮らす事が可能だ。
タイヤー達は、五人。一月もたない。
「あら? レバ銀貨と違うわね」と、エルはタイヤーが銀貨一枚を手に取り眺めているのを見て呟く。
「当たり前だろ。ここはスエードだぞ。レバ銀貨なんてレバティンでしか使えないだろう。これはグラン銀貨だよ」
レバティン王国が発行しているレバ硬貨とグランドバーン全土で使われるグラン硬貨。昔、国が無かった頃から発行されているグラン硬貨は、信頼度も高くグランドバーン全域で使用出来るが、レバティン王国が単独で発行しているレバ硬貨は、流通量も少なく国外では半分ほどの値打ちしかない。
餞別にくれたのもその辺り考えてか、全てグラン硬貨であった。
「見たことないのかよ」
「ないわね。私、お金って興味なかったし支払いは大概使用人がするもの」
「そういや、エルって伯爵令嬢だったな……」
危うく忘れかけそうになってしまうと、頭を掻いて誤魔化すタイヤー。良くも悪くもそれがエルの良いところだった。
「なぁ、エル、フローラ。俺さ、少し考えたんだけど、もっと世界を見て回らないか?」
「随分と唐突ね」
「もちろん、すぐにじゃない。俺達は、レバティン王国には戻れない。けれど、ここスエードにだけって、つまらなくないか? 折角ならお金貯めて──」
「ちょっと! もしかして大陸を渡るつもりなの?」
タイヤーは力強く頷く。エルとフローラは互いに見合い、しばらく考えたあと、再び目を合わせて頷いた。
「そうね、折角だし。でも、ゼピュロスは倒しましょう。正直、あいつのお陰で国を追われたのだから。今は力の差があるけれど、きっと私達なら倒せるわ。私達の限界は、ここじゃないもの!」
「そうそう、エルちゃんの言う通りだよ、タイヤーくん。世界を回りながら何でも屋フマレ隊でお金を稼いで、強くなってゼピュロスを倒す。そうすれば、レバティン王国にも戻れる日が来るよ、きっと」
ベッドの上に勢い良くエルが立ち上がり、フローラも続く。タイヤーは、二人の頼もしさに感心しながら賛同するのであった。
力強く決意表明をしたエルは、思わずベッドに大の字になりながら寝転ぶ。
再びスカートがめくれて淡い青色の下着を覗かせる。
「おいおい。寝るなら、自分のベッドで寝ろよ。そこは俺のベッドだぞ」
「ふーん、そうなんだ……タイヤーの」
エルはもぞもぞと体を動かして薄い掛け布団の中へと入って丸まる。
「だから、寝るな!」
「うー、ちょっとだけ。フローラ、ちょっとしたら起こして」
エルは掛け布団を頭の上から被って体をもぞもぞとしきりに動かす。
寝る態勢でも定まらないのかと、不審がるタイヤー。
「まさか俺の匂いでも嗅ごうとしてんじゃないだろな?」
エルの体がビクッと一瞬震えるが、タイヤーはお金をリュックにしまいながら話をしていた為に気づいていない。
ただ、隣のベッドで見ていたフローラは、掛け布団を捲り上げて「エルちゃ~ん、何してるのかなぁ?」と小声で呼び掛ける。
枕を抱えていたエルは、みるみる顔が赤くなり何も言えずに口をパクパクと動かすのみ。
すると、フローラまで掛け布団の中に入っていくと、二人でキャッキャッと騒ぎ出す。
自分のベッドで騒ぐ二人の女の子達。タイヤーは自分の部屋でありながら、何処か居心地悪そうになっていた。
◇◇◇
夜になると、さすがにエルとフローラは自室へ戻る。
今夜はミユウが居ないため、フローラの部屋で一緒に寝るという。
「残念だったね、フローラに夜這いをかけられなくて」
「かけねぇよ!!」
タイヤーは明かりを消して自分のベッドに入り込む。いつもの通り。エルとフローラがここに居たのは、だいぶ前のはず。
にも関わらず、残り香すら無いのだが、気のせいか良い匂いを感じ取りタイヤーは寝付けずにいた。
流石に二日続けて徹夜は不味いと、掛け布団を頭から被るが、二人の顔が思い浮かび目は冴えてしまう。
カチャリ
扉の開く音。廊下の外ではなく、すぐ側。
タイヤーは掛け布団を頭から被り寝たふりしながら、隙間から部屋の扉を見る。
やはり扉は開かれており、誰かが自分の近くへ寄ってくる気配を感じた。
(エル? フローラ? いや、まさかな……)
それは無いとタイヤーは、いつでも起きれる態勢になる。気配はベッドのすぐ横にまで来ており、緊張感が部屋の中に漂う。
「タイヤーさん……タイヤーさん、起きてください」
エルでもフローラでもニーナでもない。男……というより少年の声。
タイヤーは、むくりとベッドから起きるとすぐ横にはカルトの姿が。
暗い部屋の中にありながらも、カルトの持つランプの明かりは最小限にまで絞られていた。
「カルト。どつした、こんな夜更けに」
「タイヤーさん、今すぐ皆さんを連れて逃げて下さい。お嬢様が動き出す前に」
「ニーナが?」
理由を聞いても答えずに、カルトは早く早くと急かす。カルトを疑っていない訳ではない。
しかし罠だとしても、わざわざ起こす必要もないだろう。
タイヤーは、ひとまず荷物をまとめてカルトと共に部屋を出る。
フローラの部屋の前に到着したタイヤーは、扉をノックする。何度かノックしてようやくエルが扉を開けた。
「ん~、タイヤー? 一体どうした……まさか、夜這いかぁぁぁ!」
「ち、違う……エル、下、下を見ろ」
「下?」
胸元を引き寄せ首を掴みタイヤーを持ち上げたエルだが、足元にいたカルトに気付くと手を離す。
「本当にどうしたの? 二人して」
「話はあとだ。取り敢えず荷物を纏めてここを出るぞ。それから、着替えてくれ、目のやり場に困る……」
エルは自分の身体を確認すると、上下お揃いの淡い青色の下着姿に、顔はひきつり表情は固まってしまう。
プルプルと震わせながら作った握り拳を、タイヤーへと振り抜いた。
「この……ぉ、変態野郎!!」
「ふがっ!」
流石にこれは理不尽だと、廊下の壁に身体をめり込ませながらタイヤーは心の中で叫ぶのであった。




