二十九踏 西スエード
リックが手紙を運ぶ西スエード。そこに住むドワフ族に良からぬ噂があるとニーナは言う。
「実は、五年前のザハートの復活にはドワフ族……というより西スエードに関係があるという噂です。西スエードのことは、どれくらいお知りですか、皆様?」
「私もほとんど知らないわね。ドワフ族という種族が住むくらいかしら?」
エルの意見に皆は同意する。隣の国とは言え、レバティン王国からは、ここ東スエードの更に先。それほど皆も詳しくはなかった。
「西スエードに住むのはドワフ族だけでは、ありません。人間も住んでおります。ただ主権はドワフ族に。そういう認識をお持ち頂ければいいと思いますわ」
ニーナは西スエードの事情を続けて話す。
「五年前。ドワフ族は、戦争に積極的でした。しかし、戦争となればこの東スエードが最も激しい戦場になるとして、当時から我々魔族は反対したのです。
そこで、ドワフ族が立てた策が魔神復活によるレバティン王国の戦力低下です。幸い西スエードには、それをやってのける事が可能だったのです」
「西スエードに住む人間……か」
「そうですわ。同じ人間なら怪しまれる事も少ないですから。
しかし魔神の力が想像以上に凄まじく、そしてレバティン王国によって倒されたこともあり、西スエードの態度は急遽休戦に変わったそうです。
とはいえ、噂は噂。当時は復活をさせた人間の人相書きもあったそうですが、今は手に入りませんし」
ニーナの言う噂が真実だとすれば、タイヤーの父親やエルの母親が命を落とした原因。タイヤーの頭の中には、チラリと魔人ゼピュロスの顔が浮かぶ。
魔神を復活させたドワフ族。ゼピュロスに命を狙われかねない上に、リックを果たしてそんな場所へ向かわせていいものだろうか、と。
「俺っちは行くぜ。少しきな臭ぇしな。ミユウちゃんを行かすには危険かもしれねぇ」
「わかった、リック。ついでにドワフ族の動きも探れたら探って欲しい。でも、絶対無理するなよ」
少し躊躇う仕草を見せたタイヤーに気付いたリックは自ら申し出た。
リックもゼピュロスのことを考えていたのだが、タイヤーとは少し視点が違う。
タイヤーはゼピュロスがもしドワフ族を襲ったら……と、ドワフ族と同じ土地に住む人間のことを心配していた。
しかし、リックはゼピュロスが関わることで、タイヤーを初め、仲間がまた窮地な立場に立たされる事を警戒していたのだ。
「それじゃ、馬車の用意……あ、そうだ。あの豪華な馬車だと目立つから、ニーナちゃんとこの馬車借りれるかい?」
「はい、構いませんわ。カルト、用意してあげて」
「はい、お嬢──ご主人様」
カルトの後をリックがついて行き、応接間を後にする。
「ねぇ、ねぇ。アチキが行く北スエードは大丈夫よ?」
「北スエードの種族はエルフだったな。好戦的といってもあくまでレバティン王国に対してだろ? なぁ、ニーナ」
「そうですわね。あえて言いますとキザな男ばかりでニーナは嫌いですが」
ニーナ曰く、エルフ族は長い耳に白い髪が最大の外見的特徴で、美形が多いが女の子の出生率が非常に低いため男が九割ほど。
故に、多種族の女性との間に生まれるハーフエルフもいるという。
純粋なエルフは、今は居ないとまで言われていた。
「アチキは、獣人の男にしか興味ないよ。だから、大丈夫よ」
「しつこいですから、それだけは気をつけてくださいね」
ニーナはミユウに笑顔で手紙を託す。
「変化!」
ミユウはトンビの姿になると手紙を咥えて、窓際に。目でタイヤーに開けろと命令する。
窓を開けてやると、ミユウは澄んだ青空へ飛んでいくのであった。
◇◇◇
「嬢ちゃん、そっちに行ったぞ!」
「あとは任せて、皆さんは下がって!!」
エルに向かって来るイノシシタイプの魔物。その巨体からベアボアと名付けられている。エルの背丈の一.五倍はあるベアボアは、今まさにエルにぶつかるくらいまで突撃してきていた。
「ふんっっ!!」
《破壊剣神》で出した大剣を盾にして両足で目一杯踏ん張る。
「おお、止めた!」
魔物退治に同行していた村の男が、信じられないと驚きの表情をする。
「フローラ、今よ!!」
「うん! 任せて」
ベアボアの動きが止まった一瞬を見逃さずエルはフローラを呼ぶと草むらに隠れて待機していたフローラが、ベアボアの真横から飛び出す。
「ハッシュ流武道拳気、浸透追撃!!」
イノシシ同様脂肪の多いベアボア。フローラは、脇腹目掛けて拳を叩きつける。その瞬間、フローラの全身の筋肉が殴りつけた拳めがけて引き締まっていく。
「ブゴオオオッッ!」
ベアボアの巨体が弾けるように飛んでいく。それでも脂肪の厚さからか立ち上がろうとするが、足がふらつき上手く立てないでいる。
ゆっくりとエルが近付くと、「ごめんなさいね」と一言謝り大剣を横薙ぎで振るった。
太い二本の牙は折れて鼻の付け根辺りを大きく切り裂かれ、ベアボアは絶命して倒れた。
「おお、本当に倒しちまいやがった!」
同行していた村の男どもがワラワラとエルとフローラに群がる。
二人を褒めてたり感心している内はいいが、中には口説いてくる者も。
挙げ句には、どさくさに紛れて体に触ろうとする者まで。
エルとフローラは、はたいて叩き落とすが、ここに来るまでの間も口説いたり過剰にスキンシップをしてきたりと、鬱陶しくなってきていた。
(なんなのよ、こいつら……ニーナの紹介じゃなきゃぶっ飛ばすのに……あっ!)
腹立たしく苦々しい表情のエルは我慢していたが、ふとフローラを見ると一人の魔族の男が空を舞っていた。
◇◇◇
一方タイヤーは、ミユウとリックを見送ったあと、村の中で声をかけまくる。
《何かやってもらいたい時は、何でも屋 フマレ隊にご用命を》というキャッチフレーズで。
「タイヤーがリーダーなのだから、フマレ隊ってどうかしら?」と、タイヤーを除く多数決で決まった屋号。
さすがにタイヤーでも、これはちょっと恥ずかしい。
それでも、子守りや皿洗い、草むしりや庭掃除等々数をこなしながら、一人でも多くの魔族に知ってもらおうと声をかけ続けた。
中には「なんだ、おめさん。そんな趣味でもあんのかい? 仕方ねぇなぁ」と《踏まれたい》と勘違いした乗り気なオッサンもおり、タイヤーは全力で逃げ出す場面もあった。




