興弥の黒炎
忠興の言葉に、怒っただけのはずだった。
「……ほぅ、なかなかの執念じゃのう」
さすがは我が子孫、と、忠興は不敵に笑う。見た目は、俺と変わらない年頃の、少しだけタレた目の生意気な高校生といった風貌だ。しかし、服は大河ドラマで見るような軽そうな和服で、髪は何故か男にしては長めの茶髪だった。好きだという烏帽子をかぶっている。
「忠興! これは一体何なんだよ!」
何かしたのであろう、原因であるはずの忠興に向かって怒鳴る。忠興は、愉快そうに笑う。
「ほっほっほ。何とは、何がじゃ?」
分かっているのにはぐらかす態度に、怒りはさらに増す。
「決まってるだろ! この火の玉だよ!」
俺の自室には、十数の黒い火玉が飛んでいた。ベッドがあり、学習机があり、本棚や衣装棚がある一般的な男子中学生の部屋で、和服の男と火の玉だけが、二つの意味で浮いている。黒い火玉は、忠興の周りを飛び回っている。忠興の体にも触れているようだが、霊体だという忠興には、何の影響もないようだ。
ーーこんなわけのわからないヤツに絡まれた上、そいつの出した火で火事になるなんて、ゴメンだ。
「っどうにかしろよ! ウチが燃えるだろうが!!」
俺の怒りなんてどうでもいいというように、忠興は笑い続けている。
「安心せい。何度か部屋の壁や物に触れておるが、燃えてはおらんじゃろう」
言われて、よく見てみる。確かに飛び回る火の玉は、時々物に当たっているが、忠興と同様にすり抜けている。しかし、だからといって、心は落ち着かない。
「何でもいい! とりあえずこの黒い火を消せよ!!」
忠興は、左側の口角だけを上げて、口も開かずにニヤニヤと笑う。いつものことだが、このややタレ目のニヤケ面は人を馬鹿にしているようで、心底腹が立つ。
「阿呆よのぅ、興弥」
尚も忠興は、挑発を続ける。何がだーーと言うよりも早く、続けた。
「この黒炎を出しておるのは、お前じゃというのに」
ーーは?
今月何度目かの衝撃に、気を失いそうになる。自分で自身を確認する。
俺の名前は細川興弥。市立豊国中学校の二年生。父は学者の細川高藤。特技は保育園から続けている空手、趣味は中学から始めたバスケ(もう退部した)。好きな人、は顔が浮かんだのでよし。コンプレックスは目付きが悪いと言われること。好物は魚の煮付け、得意教科は国語。悩みは、三週間前から霊らしきものが見えるようになったこと。
ーーそして、目の前にふわふわと浮かぶ、戦国時代のヤンデレ代表『細川忠興』を名乗る男の子孫、らしい。