第4話 命の恩人
突如異世界に召喚された俺は、取りあえず、一望できる丘を後にした。
遠くには山脈が連なり、その先に例の巨大樹が雲を突き抜けて聳え立っていた。まじで来てしまったんだ、と思う自分。ワクワクするような期待に、胸を膨らませていた。
その時だった。聞いたこともない高音で異質な鳴き声が聞こえてくる。耳にキーンとくる。例えば、黒板を爪でひっかいた時に出る様な本能的に不快な音だ。「キュイ――」という独特な鳴き声とともに、何かが遠くの方から来た。
「ん?何だあれは!ドラゴンか?」
よく見ればあれは・・・上空を迂回していたドラゴンは、神話やラノベから連想すれば想像してたより小さいな。とは言っても、十メートルは軽くあろうかという感じだった。全身を赤い鱗で覆われ、獰猛な牙がついている。翼を広げれば軽く15メートルはありそうだ。そう思った瞬間、背筋が凍りつく。
「あれ?なんかこっち来てね。ってえええええええ!」
そのドラゴンと思しき生物は、完全にこっちに向かっているではないか。俺は全力で逃げようとしたが、完全に間に合わなかった。怖くて、足が動かない。もう終わりだ・・・そう確信した。今にも奴が俺を食らい尽くしてもおかしくない。
威嚇するように唸り声を上げる。呼吸をするたびに口から蒸気を上げ、口には、ギッシリと鋭い歯が並んでいた。筋肉が爛れ、口が裂け骨が見えている。
「テュマルジュ(清純なる風よ)ヴァルガマニヲ(狂乱なる疾風となりて、)ニスエ!(刃となれ!)」
その人は何か唱えると、手をクイっと動かした。突然ものすごい速さで、風の刃が放たれた。それは波動を帯びて歪む。スピードを増し、恐ろしい生き物の目を容赦なくえぐり取った。
「グギャ―――ッ!!!!!!」
そんな鳴き声とともに、奴の目からは血しぶきが上がる。血と言っていいのだろうか、吹き出した血は赤ではない。青い血が流れていた。
「グギャガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーー」
驚いたのか逃げていったが、ただただ何もすることができなかった。
「え?一体なっなにが...」
俺は、その場に恐怖で、崩れ落ちていた。後で思い返してみれば、襲われたのにパニックにならなかった事が『不幸中の幸い』だったと言えよう。
その場には、一人の美少女がいた。シミひとつない白い肌、内側から光り輝くような美貌。腰まで届く綺麗な金髪はサラサラと風に靡いている。青藍の瞳はまるで宝石のようだった。茶色のローブを羽織りその下には、緑と白と紫を象徴とした服装はとても彼女に似合っていた。彼女はまさに天使。いや、女神の様なその美貌に俺はじっと固まっていた。
少女は、俺に話しかけてくる。
「ウラディス、カラメヌアダフゥ?アフェエイルスク?エレサムクエス!」
なんだ?この言語は聞いたことなんてない。何も理解はできない。
「あっええっと?っぐ――――ッ!!!」
『ドンっ』と体に直接響くような衝撃が響く。急に頭が重くなる。何かは分からないが、電気が脳内に流れるような感覚を覚えた。『キーン』とした耳鳴りのような音と共に声が聞こえる。
「あなた大丈夫?不思議な恰好ね。あれ、前にもあったことあったかしら?」
日本語?聞き覚えのある言語が聞こえる。さっきまでの意味不明な言葉とは違って、一語一句正確に認識できる。やっと、意味を理解した。
俺は今、ジャージか。無理もないか?
彼女はどこか顔が強張っている。自分でも驚くほど冷静だ。怪物に襲われたのに。ちゃんと言葉が理解できる事に違和感はあるが、意味は通じるのである。
「は・・・その、ごっごめん。君の顔に見とれて」
やべえ、俺何してんだ。生まれて初めて、まともに自分から女の子に話しかけたかもしれない。今まで、女子から話しかけられたのって、《キモ》しかないことに泣けてくる。ああ。同じクラスの山田君が、彼女出来たとか言ったから、バカにしてすみませんでした。
「見とれて?」
「ああ。いい!気にしないで」
自分が言い放った一言に自分でも恥ずかしくなる、
「え!どうゆうこと?」
「俺を、助けてくれたの君だよな」
「え?えぇ」
一瞬びっくりしていたが、彼女は頷いた。何か重そうな革製のバックを背負っている。
「凄いな!どうやったんだ?」
そう言うとまた我に返ったようになる。
「私・・・エルフなのに、偏見もなく話しかけてくる人初めて見た」
よく見れば長い耳がピクピクと動いている。そうか、エルフか・・・エルフといえば長い耳に長寿で美人か。この世界には、そんなものもいるのか。
確かにファンタジーの概念。だとしたら偏見や差別も、元いた世界と同じように、あるのかもしれない。でも今は、彼女に助けてもらったのである。それだけは揺るぎない事実だ。
「俺は、差別や偏見はしない主義だ」
「みんなエルフを、嫌ってるのに?」
「そうかなー俺は君がエルフだからって嫌いにはならない。俺の、命の恩人だから」
そう言うと、彼女の唇が、少し緩んだ気がした。
「ところで、此処はどこなんだ?」
話を切り替え、今自分が何処にいるのか分からない状況を伝えると、彼女は
「え?そんなことも知らないでこの国に・・・?此処はウェアント王国の王都のすぐ近くだけど、どうやってこの国に?もしかして不法侵入者か何か?」
やばい。何かと、絶対怪しまれるはずだ。なんとか誤魔化せ俺!!
「は!それよりさっきのドラゴンはどうなったんだ?」
「ドラゴン?さっきのワイバーンのこと?」
「ワイバーン?」
「小型種だと思う。ドラゴンよりも小さいけど凶暴種だと思う。貴方、運がいいわ。まさに、『ゴルエニウスの強運』ね」
この謎の慣用句っぽいものは、後で分かった事であるがこれは幸運の女神に加護を受けたと言われ、戦場で無敗と恐れられた軍神ゴルエニウスに由来するらしい。
そして大事なのは、此処がどこなのかだ。現在どこに位置するのかもわからない。
「ところでさっき、追い払ってくれた奴はなんなんだ?」
「ああ、魔法のこと?私、風の適正だから」
そう言って彼女は笑ったが、まさかこの世界に魔法という、ファンタジーの中だけの概念が存在するということに、謎が残るばかりだ。地球の伝説にも残っている通りならば、何か因果関係があるのか。
俺は何のためにこの世界に来たのか。そして何よりもあの裂け目が脳裏を過ったが、取りあえず彼女についていけば文明に行き着くかもしれないと考えた。
「あ。まだ君の名前を、聞いてなかった」
「そっか。私の名前は、シルフィ―よ。」
「俺はユートだ、宜しく」
そう言って、彼女は初めて笑みを浮かべた。やっぱ笑った方が可愛い。と思う自分は頭の傍らに置いといて、俺は彼女の手を取った。
「宜しく、ユート」
俺の冒険は、ここから始まった。