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眠たい朝

 

 奈美との再会から次の日。


 昨日はなかなか寝付けなかったにもかかわらず、今日は珍しく朝早くに目が覚めた。

 朝食代わりにコーヒーを一杯飲んだ後、家で特にすることもなかったので学校に向かう。

 ……というよりは今家にいると家族のことが頭をよぎってしまう為、なるべく家にはいたくなかった。


 朝早くと言ったが学校についてみれば、HRが始まる15分前くらいだった。

 それでも新学期始まって初の余裕を持った登校だ、教室に入るとクラスの奴らがこんな早い時間に登校してきた俺の方を見ながらヒソヒソとなにか話し始めた。


 ーーはぁ、んだよ俺が朝からいちゃわりーかよ。 眠くて体調悪いってのに、気分まで悪くなるっての……いや、もしかして。


 俺はここでふと気付いた。

 奈美と直接やり取りしている時に俺たちの付近には誰もいなかった。 とはいえ外を走っていたバスケ部のように部活中の人間が遠目に見ていた可能性はゼロではない。 もしそのことが噂になっているのなら面倒だぞ。 そう考えて耳をすませてみる。


(……鬼畜って)

(幼女を……)


 違った。 俺には全く身に覚えのない話をしていた。

 

 ーーなんだ? 別の奴の話だったか?


 それにしては俺の方を見ながら話す姿に疑問を感じたが、直接聞いたところで教えてくれるとは思えないし、とりあえず放置することにした。


 机の横に鞄を置き、一眠りしようと伏せて速攻ウトウトし始めたところで隣の席から鞄を置く音が聞こえた。


「おはー、朝からいるなんて珍しいね」


 声を掛けて来たのは当然、秋山だった。

 眠すぎて返事を返すのも怠い俺は右手を軽く上げることで挨拶する。


「なんだか眠そうだねー。 夜更かしでもしてたの?」


 眠さが極限だった俺は秋山の質問を無視してそのまま眠りにつこうとした。


「おーい! あっ、そういえば昨日は急にどうしたの? 一緒にゲーセン寄って帰ろうと思ってたのにさ!」

「……あっ」


 目が覚めた。 昨日は校門での奈美との一件が強烈だった為、奈美を最初に見たときに秋山がその場にいたことをすっかり忘れてた。


 ーーこいつ無駄に勘がいい時あるからなぁ。 適当にはぐらかしとかないとめんどくさくなりそう。 うーん、なんかそれっぽい理由……。



「……とんでもない便意が襲ってきてな。 一刻を争う事態だったんだ」


 眠すぎて頭が働いていないのか、パッと思いついたものは小学生が大喜びしそうな下品な理由だった。

 言った後におかしな話でもないし別にいいかなんて思っていたが、


「ダウト! その可能性も考えて学校中のトイレを探しまわったんだからな!」


 ーーアホだ。


 心の底からそう思った。 仮に俺の言った適当な理由が本当だったとして、普通学校中のトイレを探しまわるものか?

 こいつは本物のアホだと改めてわかったが、眠いとはいえパッと思いついた理由がこのアホと同じだったことに後で気づき、頭を抱えたくなった。


 ーー最悪だ。 っていうか秋山の中でその「ダウト!」が流行っているのだろうか……だとしたらウザすぎる。


 アホと同レベルなんて考え続けていると恥ずかしさで死にたくなりそうだったから、頭の中で無理やり思考を切り替える。


 そんなことよりも俺は他になにかいい理由がないか考える。 そして伏せるのをやめ、真剣な顔つきで秋山を見た。


「秋山、俺は大をする時は自分の家でしかできない人間なんだ」


 ダメだった。 他になにも思いつかなかった。


「えっ⁉︎ そうだったの?」

「あぁ。 お前は俺が大をしにいくところを見たことがあるか?」

「えっ、えーっと……言われてみればなかった? かもしれない」


 俺は別の理由を考えることを諦め、昨日はあくまで大をしたくて先に帰ったということで押し通すことにした。

 そして秋山は俺の適当な話を信じたのか、真面目に俺が大をしに行ったことがないかを思い出そうとしている。


 ーー実際はそんなこと気にせず行ってるけど、なんか勢いで押し切れそう。


 寝不足の変なテンションに任せて、俺はそのまま畳み掛けるように話を続けた。


「そうだ、ない! 全ての人間がお前と同じようにどこでも大ができると思うな。 俺は平気だが、それで傷つく奴がきっとどこかにいるはずだ」


 言ってて頭がおかしくなりそうだった。 しかし、それ以上に頭のおかしいアホが目の前にいた。


「そうか、ごめんな。 俺が軽率だったよ」

「……大丈夫だ。 だからそんな自分を責めることはない。 お前はただアホなだけなんだから」


 俺が過去に大をしに行っていたかどうか思い出すことをやめて、秋山は申し訳なさそうに謝ってきた。



「はぁ、あんたたち……朝っぱらからなんて会話してんのよ」


 いつの間に俺たちの側に来ていたのだろうか。 隣のクラスのはずの本田が、呆れた顔を俺たちに向けつつ俺たちの話を非難するように話し掛けてきた。


「なんだよ、優子! 俺たちは今大事な話をしているところなんだぞ!」

「なにが大事な話よ。 実際にそういう人がいるのは本当だとは思うけど、圭は去年そんなん気にせず普通に行ってたでしょうが!」

「えっ⁉︎ でもさっき基山は……あれ?」


 本田のネタバラシによってめんどくさいことになりそうと思ったが、秋山はなぜか逆に混乱し始めたみたいだ。

 俺はそんな一人混乱している秋山を尻目に本田に話し掛ける。


「人のトイレ事情を把握しているなんて変態か?」

「ちっっがうわよ! 馬鹿っ‼︎ 」


 昨日の鈴ちゃん先生と同じく怒っているのか、恥ずかしいのか知らないが顔を赤くしている本田をこれ以上刺激するのは得策ではないだろうと考え、この話題はやめることにした。

 秋山も静かになったし結果オーライというやつだろう。


 HRが始まるまでもう少し時間があったので、俺は本田にさっき気になったことを聞いてみることにした。


「そういやさ、さっき俺に向かってなんだろうけど鬼畜だの幼女がどうだのって周りが話してた気がするんだが、なんか知らねーか?」

「幼女なんて言ってないわよ‼︎」

「は?」


 俺の知らないところで変な噂話が一人歩きしてる気がしたので、交友関係が広い本田ならなにか知っているかと思い聞いてみたのだが、よくわからない返しをされた。


「いや、幼女がどうだのって話をしていたのは本田なんて言ってないぞ? 教室入った時にヒソヒソとそんな話をしている奴がいただけで」

「あ、あぁ! そ、そういうことね! さぁ?私は聞いたことないわねー」


 なぜか酷く白々しい返事だったが、聞いたことないと言うならこれ以上聞いたところでなにも答えてもくれないだろう。


「そうか、なんなんだろうな。 悪評が広がる分には構わんが単語的にとんで……」

「そ、そんなことよりも! 原田さんとは会えた?」


 強引に話を変えられた。

 そんなことよりもって割と大事なことなんだがと思ったが、本田が出してきた名前のほうが気になる。


「原田さんとは会えた? ね。やっぱり本田も一枚噛んでいたか」


 昨日、1年の校舎に向かう前に本田は俺の為にもなるなんてことも言ってたし、なにかしら関わっている気はしていた。


「まあね、お礼がしたいって圭のことを探していたから少し話を聞いたくらいよ」

「そうか。 それにしてもお礼ね」

「? 違ったの? 圭に助けられたからそのお礼をしたいって言ってたんだけど」

「いや、間違ってないよ。 ちゃんとそういう思いは伝わってきたから」


 少し怪訝そうな顔をする本田にその認識で間違っていないと肯定する。

 そのお礼とやらを受け取ったかどうかは別の話だけどな。


「なになに? もしかして基山ってあの子と知り合いだったの?」


 秋山はいつの間にか混乱から復活していたらしい。

 期待した目を俺に向けながら、俺が奈美と知り合いかどうか聞いてくる。


「別に知り合いなんかじゃねーよ。 俺は覚えないけど、なにかあの子の助けになることを知らんうちにしてたんだろうよ」


 そう、それで間違っていない。 奈美を助けになっていたのは俺じゃない。 だから俺は知らない。


「なんだー……仲良くなれるきっかけになるかもって思ったのに」

「残念だったな。 あの子とは同じ高校に通う先輩と後輩でしかねーよ。 お前となんも変わんない」


 ズキッ


 寝不足の所為だろうか、話していて軽い頭痛がした。

 秋山は俺のそんな様子に気づくことなく、俺の言葉に納得し少し残念そうな顔をしていた。

 しかし、本田はなにか腑に落ちないのか怪訝そうな顔を続けていた。


「圭、あなた本当に……」

「はーい、そろそろHRの時間よ! みんなそろそろ自分の席に着いてね」


 悩んだ末に本田は俺になにか言おうとしたタイミングで鈴ちゃん先生が教室に入ってきた。

 時計を見ると、HR開始のチャイムがなる直前だった。


「だってさ、優子も早く自分の教室に戻った方がいいよ」


 秋山も自分の身につけている腕時計を本田に見せ「もう時間だぞ」と、自分の教室に戻るよう言った。


「……そうね。 あんたたち真面目に授業受けるのよ」

「……」


 お節介者の本田のことだ、きっと俺と奈美のことでなにか思うことがあるのだろう。


 そんなこと考えていたら、俺は無意識に近い形で廊下に出ようとする本田の後を追うように席を離れ、声を掛けていた。


「本田、待ってくれ」

「ん? どうかしたの?」

「あっ、えっと……」


 自分の行動に一瞬戸惑う。でもなぜだか言わなきゃいけないことがあるような気がした。

 俺は誰にも聞かれないよう本田に顔を近づけ話し始めた。


「俺とあの子のことはなにもしなくていい。 ただ、あの子が楽しい高校生活を送れるように助けてやってくれないか? 」


 昨日、奈美の様子や1年生たちの様子を見て、奈美は満足に高校生活を謳歌出来ていないと感じた。


 ーーだけど俺にはもうそんなこのは関係のないことだ。 なのになんで俺はこんなことを本田に頼んだ? わからない。


 そんな心と体がチグハグな俺の顔を、本田は見定めるかのように真顔で見てきた。


「ふーん、わかったわ。 正直私としても今の彼女の持ち上げられっぷりはどうかと思ってたし頼まれてあげる」


 本田のその言葉に俺はなぜだかどこかホッとした。

 そして言いたいことは終わったと顔を離した途端、本田は昨日と同じように"ビシッ"と指を指してきた。


「でも、圭と彼女のことをどうするかは私が決める! やっぱりあなたたちにはなにかあると思うし、それを放っておいていい気もしないしね」


 俺は本田のその言葉になんで返したらいいかわからず、黙ってしまった。

 本田は黙ったままでいる俺に少し微笑み「じゃあね!」と残して、今度こそ自分の教室に戻っていった。


 ーーほんと、なんであんなこと本田に頼んだんだろうな。




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