始まりへのカウントダウン3
私は屋上の一件から先輩に対し、なにも行動できずにいました。
周りから聞く先輩の評判、そんな第三者の評判如きで揺らいでしまった私の弱さ、先輩のことを理解している本田先輩という存在、それら全てが私に重くのし掛かり、私は歩みを止めてしまっていた。
こんな今の状態で先輩と会って、一体なにを話せばいいのかわからなくなってしまった。
あれから数日が経ち、高校生活も始まって二週間目に突入してしまいました。
相変わらず先輩に対してなんの行動もできずにいて、またそれが原因で勉強にも身が入らない、部活にも委員会にも入らないと学生生活の方も中途半端で、とてもじゃないが楽しい高校生活とは言えない毎日を過ごしています。
ーー変わってしまったかもしれない先輩に一体なにができる? 先輩のことは本田先輩に任せておけば大丈夫じゃない。 先輩のことはもう……いや、そんなのはダメだ! 私が先輩を助けると決めたんだ!でも……
グルグルと思考がループし、なかなか意見が纏まらない。
先輩を助けたい、先輩と再び仲良くしたい、その気持ちは確かに残っている。 しかし自信が少しなくなってしまった。
先週に引き続き、今日も授業中にそのことだけを考えていたら、いつの間にか本日最後の授業が終わっていました。
周りを見渡してみると、クラスのみんなが帰宅の準備や部活体験に行く準備を始めていました。
高校ではとりあえず部活に入るつもりはなかったので、私はのんびりと帰宅の準備を始めます。
「あっ! 原田さん!」
「待って! 待って!」
帰宅準備を終え、席を立とうとする私のところにクラスの男子4人が寄ってきました。
彼らは入学してからこうして何度も、各々の入部しようとしている部活に私を勧誘しようとやってきます。
ーーこの人たちほんとに懲りないですね。 名前は確か……お、思い出せない。 ごめんなさい! はぁ、先輩の所為ですからね。
彼らからの勧誘はすでに何度も断っているはずなのですが、授業後になる度に同じやり取りを繰り返しています。 じゃあ名前くらい覚えておいてあげなよって話なのはわかってるんですが、先輩のことで頭がいっぱいの私には彼らを気にしている暇なんてないです。
今日も懲りずに部活勧誘をしてくる彼らの話を受け流しながら廊下に出ました。
この校舎には階段が一つしかない為、彼らも勧誘を続ける為に私と同じタイミング廊下に出てきて、私の進行方向に壁のように並んで階段の方に向かい始めました。
ーー正直邪魔すぎる。
彼らが移動の邪魔となっている所為で、ゆっくりとしか進んでいかないです。
そんな彼らにげんなりとしていると、階段の方から何人かのヒソヒソとした声が聞こえてきました。
私の前に立ちはだかる壁が邪魔で前の様子がよく見えない為、耳を澄ませてみました。
ーー私は耳が良い方なので、意識して聞こうと思えばこれくらいの距離なら聞こえるはずです。 もし面倒事が起こっているなら一旦教室に戻るのもありかな。
そんなことを考え、意識を耳に集中させます。
(そんなことより、お前のお望みの子は多分あそこだろ? パッパッと横でも通り過ぎて、 さっさと帰って来い)
(やっぱあの集団だよなー。 わかったよ……それじゃ、行ってくる!)
(いってら)
そんな二人の男の人の会話が聞こえてきました。
この時点でなんとなく私の噂を聞きつけた人がやってきたのだろうということを察しました。
ーーうーん、どうしようかな?
教室に戻る方がいいのかどうか悩んでいると、他にも声が聞こえてきました。
(あの人たち上級生だよね?)
(1人奥に向かって歩き出したぞ)
(またあの子にお近づきに来たんだろ)
どうやら上級生の人が私のところにきていると思って間違いないのかな?
それと、こっちに向かってきているのは1人だけっぽい……それなら教室に戻るよりも、どうせならこの壁を利用した方が相手の人も話し掛けづらいでしょうし、最悪なにかあってもどうにかしてくれる……かな? と考え、そこまま階段の方へゆっくりと向かい続けることにしました。
廊下に出てからも続く彼らの部活勧誘を適当に受け流し続けていると、2人組みの上級生の片方と思われる男の人が私たちの横を通りすぎて行きました。
横を通りすぎる時にチラッと私の姿を確認だけする男の人の様子にホッとしていると、その男の人は急に踵を返し小走りで階段の方へと戻っていきました。
ーー私は動物園のパンダかなにかですか‼︎
まるで私を見世物のように扱ってくる失礼な男の人にイラッとし、そんな風にツッコミを入れたくなります。
「基山、ただいま! 噂通りめちゃくちゃ可愛かった!」
「はいはい、そりゃ良かったね」
先ほどの失礼な男の人は階段の方で待機していたと思われるもう1人の男の人のところに戻ったのか、そんな2人の声がはっきり聞こえてきました。
ーーだから、なにその動物園での子どもと父親の会話みた……えっ?
「えっ?」
思わず声に出てしまった。
ーーちょっと待ってください……今なんて言った? もう1人の男の人をなんて呼んだ?
心臓が高鳴り始めているのが自分でもわかる。
「なんだよ、冷めてんなー。 ここまで来たんだから基山も見ればいいのに」
「あまり人を見世物みたいに扱ってやるなよ。 ほら、用も済んだしさっさと帰るぞ」
「おう!」
再び聞こえてきた2人の会話に、私の心臓はさらに高まっていきます。
ーー間違いない、もう1人の男の人のことを「基山」と呼びました‼︎
基山という苗字が同じ学校に何人もいるとは思えません。 気がつくと私の体は動き出していました。
「すみません! ちょっとそこどいてください!」
なんて声を掛けたらいいのかなんてわからない。 決意が揺らいでしまっている今、どんな顔して会っていいのかもわからない。
ーーそんなことはどうでもいいです‼︎ 今、目の前に、先輩がいるかもしれないんです! 考えるのなんて後でいい!
本田先輩と話してからずっと抱えていたモヤモヤとした気分が晴れていくのがわかります。
そんなことよりも先輩と会いたい、先輩と話したい!
「えっ⁈ 急にどうしたの?」
ーーええい、あなたたちなんか今はどうでもいいんです‼︎
「いいから早くどいてください‼︎」
私の勢いに蹴落とされたのか、彼らの鉄壁の壁に隙間が生じました。
私はその隙間から前に出ました。
階段を降りようとしている2人の男の人の後ろ姿が見えました。
先ほどの失礼な男の人と一緒にいるもう1人の人。
ーー後ろ姿だけでも十分わかる。 私がずっと追い掛け続きてきた背中だ‼︎
「先輩っ‼︎」
気づいた時にはすでに、私はその後ろ姿に呼び掛けていました。
そんな私の呼び掛けに、目の前の男の人2人が同時に振り返りました。
私を見世物扱いしてきた失礼な男の人には目もくれず、もう1人の人から目が離せない。
ぼさぼさに伸びた髪、どこか気怠そうな顔……中学時代とは全然違う雰囲気でしたが、そこに居たのは間違いなく私が探していた先輩その人でした。
ーーとにかくなにか話さなきゃ!
そう思い口を開こうとした私の前で、
先輩は私に背を向け、逃げるように走り出してしまいました。