始まりへのカウントダウン2
「とりあえず、場所変えませんか?」
先輩のことを知っているっぽいこの人と話すにしても、勘違いからの暴走で人前で酷い下ネタを大きな声で口走ったのだ……このままここで立ち話はやりにくい。
それは目の前の女の人も同じだったのだろう。
「……そ、そうね。 良い場所を知っているわ。 付いてきて……」
そう言われ、連れて来られた場所は屋上でした。
屋上が解放されている学校なんて、本とか漫画の世界だけだと思っていました!
「うわぁー! 屋上で昼ご飯とか憧れます!」
はしゃぐように思ったことが口から出てしまう。
今はもう日が沈みかけている夕方なので少し肌寒いですけど、お昼の暖かい時間に先輩とここでご飯を食べるシチュエーションを考えると、自然と笑みがこぼれてしまう。
そんな私を見て、女の人は微笑ましいものを見たような目をした後、少し悲しそうな顔をしました。
「喜んでくれているのは連れて来た甲斐があるんだけど、屋上は原則使用禁止なのよ」
……。
「……やっぱりそうですよねー」
さっきのテンションとは一転、一気に落ち込む私に、女の人は続ける。
「ごめんね……屋上を封鎖している鍵が古くなって壊れているって私も教えてもらっていただけで、屋上に来たのは私も今日が初めてなの」
「……そうなんですか」
感情の落差が激しすぎて、私の声に力がない。
「うーん、圭に許可もらえば使わせてもらえる可能性はあるけど、嫌がるだろうなぁ……あっ! そういえばあなた、圭のことを聞きたくて私に声をかけて来たのよね?」
ーーそうだった! 屋上のことで落ち込んでいる暇なんかないんでした!
女の人の言葉に私はハッとして、顔を上げる。
「そうです、そうです! 私、基山圭先輩を探しているんですけど、なかなか見当たらなくて……なにか知りませんか?」
本来の目的を思い出し、さっきは思わぬ展開で聞くことの出来なかったことを改めて聞いてみる。
「圭の知り合い? っと、その前に私は本田優子って言うの。 圭とは去年同じクラスで、友達なの。 自己紹介遅れちゃってごめんなさいね」
「いえいえ、こちらこそすみません。 原田奈美と言います!」
思い出したように自己紹介をしてくる本田先輩に、私も返します。
私の名前を聞いて、本田先輩は首を傾げました。
「原田……もしかして今、噂になっている新入生の子ってあなたのことかしら? ……って聞かれても本人じゃ答えにくいわよね」
「いえ、大丈夫です。 多分そうだと思います」
申し訳なさそうにする本田先輩に、気にしていませんと軽く笑顔を浮かべ答える。
「ありがと! それで、圭のことを聞きたいんだったわね。 実は私も二年生になってから、まだ圭とは一度も会ってないのよね」
「そうなんですか……先輩のクラスとかは?」
せめて今後会いに行った時に無駄に探し回らなくてもいいように、先輩の教室ぐらいは把握しておきたいですね。
「それなら5組よ。 ただ、二年生になってからまだほとんど学校に来てないみたいなの」
「えぇ⁉︎ なんでですか?」
「多分、長期休みボケが治ってないからかしらね。 去年も新学期が始まってすぐはこんな感じだったし」
そんな本田先輩の言葉に困惑し黙ってしまう。
私が黙っていることに疑問に感じたのか、本田先輩の方から話を続けてくれました。
「もしよかったらなんだけど、圭を探してる理由を教えてもらってもいいかしら? 原田さんの代わりになれるかもしれないし」
ーーあれ? この人やっぱりかっこいい?
先ほどの校舎での一面とは一転、頼れるお姉さん感に驚く。
「えーっと……あっ! いえ、前に先輩に助けていただいたことがあって。 そのお礼を改めてしたいなと思っているので、できれば自分で直接がいいなと」
先輩と私の関係を一から説明しても長くなってしまうし、自分を先輩の友人と言う本田先輩に、私が勝手に先輩の過去を話すわけにもいかないだろう。
強ち間違いでもないし、不審に思われることのない理由を話す。
まあ始めの「えーっと……あっ!」の部分は不審だったかもしれませんが、本田先輩は気にしないでくれました。
「ふーん……なるほどね、それなら私が言うより自分の口で言った方が良いわね! それにしても圭のやつが人助けねぇ……やっぱ思った通り根は良い奴ねぇ、あいつ」
ーーさっきの廊下での反応は一体なんだったんだろうか。
と言いたくなるようなことを言う本田先輩は私の説明に納得したような反応をした後、一人で何か満足そうにウンウンと頷いている。
そんな本田先輩の言動、行動に嫌な予感にも似たモヤっとした感情が生まれました。
ーーまただ……。
先輩のことを尋ねた時の男の人達の反応といい、廊下での暴走の件といい、そして屋上に来てからの本田先輩の発言といい……中学時代の先輩に対する周りの反応とは全然違う、そんな反応に不安を抱いてしまう。
「……あの! 基山圭先輩ってどんな人なんですか?」
気になった私は思い切って聞いてみることにしました。
そんな私の質問に本田先輩は少し考え込むように「うーん」と唸っている。
「どんな人か……簡単に言っちゃうなら、周りからは不良なんて呼ばれる男かしら? 学校に来ないことなんてざらにあるし、愛想だって悪いしね」
しかし、返ってきた答えは中学時代の先輩とは全然違うものでした。
そんな答えになにも言えず黙っている私に、本田先輩は話を続ける。
「真面目な生徒が多いこの学校では珍しく、素行の悪い生徒ってことで最初は浮いた存在なだけだったんだけどね……他校の生徒と喧嘩していたなんて噂が出ちゃったもんだから、いつからか不良なんて呼ばれ始めちゃって」
その話を聞いた私は、あの日の先輩を思い浮かべ、そしてとても酷い顔をしているのだろう。
ーーっ! やっぱり先輩はもう……。
そんな私を見て、本田先輩は微笑みながら「でもね」と話を続けた。
「私はその喧嘩だってきっと何か事情があってやったことだと思うの。 付き合いは一年しかない関係だけど、圭が意味もなくそんなことをしたとはどうしても思えないのよね」
本田先輩が話を進める度、私の顔がどんどん険しいものになっていくのが自分でもわかる。
「だからね、原田さんが圭に助けてもらったって話を聞いて、私の見る目はやっぱり間違っていなかったって改めて思えたの!」
一旦そこで話を切り、さっきとは違う優しい手つきで私の肩に両手を置いた本田先輩は笑顔になり、
「無愛想で、周りからの評判も最悪だけど、圭は良い奴よ! だから原田さんもあいつの良い部分をしっかり見てあげてくれると嬉しいかな」
そんな本田先輩の話を聞いた私は、怒りの感情でいっぱいになってしまいました。
無責任なことを言う本田先輩にじゃない。 変わってしまった先輩にでもない。
……他でもない私自身に。
本田先輩の話してくれた先輩についての話は誰よりも私が理解していて、そんな先輩を今度は私が助けると意気込んでこの学校に入学したというのに。
あの日の先輩を彷彿とさせるような上部だけの話を聞いて、一瞬でもその決意が揺らいでしまった……そんな私自身に怒りが収まらない。
本田先輩は先輩の本質を見抜き、周りに流されず先輩の側にいてあげることができているのだ。
酷く負けた気がした。
本田先輩は私の肩から手を離すと、
「さて、辺りも暗くなってきてそろそろ本格的に肌寒くなってきちゃったし今日はもう帰りましょうか! 圭のことは私からも何かできることがあればやっておくわ!」
私の態度に内心、不思議に感じているだろうと思うのに、それを顔や口に出さない本田先輩のそんな言葉を最後に私たちは屋上を後にしました。
本田先輩との別れ際、
「本田優子のお悩み相談所はいつでも開店中よ、いつでも来なさい!」
というセリフを残し、本田先輩は自分の校舎に戻って行きました。