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遠回り

 

 ♦︎♦︎♦︎♦︎



「ッ!」


 頭痛と共に過去の記憶が頭の中で思い浮かんだ。

 まだ5月の夕暮れ時だというのに嫌な汗が滴ってくる。


 あぁ……ダメだ。

 これは思い出したらいけない記憶だ。


 ボーっとする頭に心がそう伝えてくる。



「基山君? どうかしたんですか?」


 不意に後ろから声が掛けられた。

 俺はハッとしたように振り返ると、先行する俺の後ろを付いてきていた鷲尾が心配そうに立っていた。


 そうだったな。

 鷲尾のこと、今日のことを考えていて……自分の過去に結びつけてしまったんだったな。


「……なんでもない。 悪いな」


 今は俺のことは別にいいだろ。

 そんなことよりもやるべきことがある。

 そんな思考に戻った俺は一言そう言って答えた。


「そ、そうですか? ならいいんですけど……あの、公園の入り口通り過ぎましたよ?」

「あ?」


 俺は視線の先を鷲尾の奥に向けると、たしかに彼女の言うように公園の入り口をとっくの昔に通り過ぎていた。


「はぁ」


 んなことに気付かないほど自分の世界に入り込んでいたことにげんなりしてしまう。


「それも悪りぃな。 ついでだ、そこの自販機でなんか飲み物買ってこうぜ…………鷲尾はなにがいい?」


 俺はそう言いながら自販機でブラックの缶コーヒーを購入しながら鷲尾に問う。


「い、いえ私の分は自分で出します!」

「いいから。 お前もコーヒーでいいか?」


 俺は財布を取り出そうとする鷲尾を尻目に、すでに自販機にお金を入れて待つ。


「は、はい。 ありがとうございます」


 そんな俺の姿に鷲尾は申し訳なさそうに答えたので少し甘めの缶コーヒーを購入し、それを鷲尾に渡した。


「ほれ、んじゃ今度こそ行こうか」



 ちょっとした寄り道をすることになったが、公園自体は目と鼻の先にあったのですぐに着いた。

 とりあえず俺たちはそのままベンチに腰掛け、さっき買ったコーヒーを飲んで一息ついた。


「うぇ……まず」


 ブラックの缶コーヒー特有の苦味ばかりの水っぽさに思わず思ったことを口にしてしまったが、逆に頭の中がスッキリしたような気がする。


「……さて、まあそう身構えるなよ。 軽い気持ちで聞いてくれたらいいよ」


 そう言って思考を完全に切り替えることのできた俺は、変に身構え顔が強張っている鷲尾の方に姿勢を体ごと向け語り始めた。


「そうだな、なにから話したもんかな。 まあ俺の家族に関してからでいいか。 俺は昔になーー」


 俺の家族に起こった悲劇の話から始まり、それが原因で仮面を付けるようになったこと、自分から逃げていたこと、失敗したこと、救われたこと……奈美たちにも聞かせた()()()()()()()()()()()()俺の過去を鷲尾に語り尽くした。


「とまあ、俺についての話はこんなとこさ」

「…………」


 俺が語り終えた頃には辺りは日が落ちすっかり暗くなっていた。

 その所為もあってはっきりとは確認できないが、鷲尾の表情が明るいものではないことはわかる。


「はぁ……だからそんな身構えて聞くなって言ったのに。 疲れちまったか?」

「そ、そういうわけではないんですけど。 その、な、なんて言っていいのかわからなくて」


 歯切れの悪い鷲尾の返しに俺は内心「そりゃそうだわな」と思う。

 俺だって他人から自分の重い過去話をされて、どんな言葉で返せば正解なのかなんてわからん。

 だから、大事なのはここからだ。


「俺はな、今日までお前がかつての俺と重なって見えていた。 自分が嫌いで、そんな自分から逃げて、仮面を付けて生まれ変わろうとしているように」

「!!」


 別に俺は鷲尾に自分の過去話がしたかっただけではない。

 俺の伝えたかったものはここからが本番だった。


「かつての俺と同じように逃げ続けるだけの日々、だけどいずれ出てくる本当の自分によって日常が壊され絶望する。 そんな無限ループに入ろうとするお前を救いたいと思った」

「だから最近、話しかけてくれたり、友達になって欲しいって言ってきたんですか?」

「そういうことだ。 まあ断られたがな」

「あ……」


 俺は笑いながら冗談っぽそうにそう言うと、鷲尾は気まずそうに小さく声を上げた。


「気にするな、あれは俺がアホなだけだったし仕方ねーよ。 それにどっちにしても余計なお世話、俺のエゴでしかなかったわけだしな」


 鷲尾に友達申請をしたあの日の苦い思い出を思い出し、たまらず苦笑してしまう。


「そ、そんなことないです! あの時は断っちゃいましたけど、本当に嬉しかったんです。 あの日のことも、それに今日も」

「!」


 だけど鷲尾にとってはそうではなかったらしい。

 その事実に今度は俺が驚く番だった。


「嬉しかったんです。 私を助けてくれた人が、私の憧れの人が友達になってくれって近づいてきてくれたことが本当に嬉しかったんです」


 すでに確信に近い予想はできていた。

 しかし改めて一つは俺の気まぐれが、一つは俺のエゴが一人の人間の心を動かしてしまったことに責任を感じてしまう。

 そしてそんな俺を他所に、これまで溜めていたものを吐き出すように、目の前の彼女は口を開き続ける。


「だけど……私にはまだ基山君の手を掴むことはできなかった。 あなたの名前を、評判を奪ってしまった今の私ではダメなんだって」


 つまりはこういうことなんだろう。

 俺はこいつを気まぐれで助け、その後のフォローをせず、むしろその状況を利用した所為でこいつに罪の意識だけ背負わせてしまった。

 にも関わらず罪の意識を取り除いてやろうともせず、ただ一方的にかつての俺に似ていると、重なって見えるから救いたいと。

 鷲尾楓という一人の人間をちゃんと見ようとせず、知ろうともしないで。


「そしてそれは今も同じです。 基山君の昔話を聞かせてもらって嬉しく、けど悲しく、辛くもなりました。 今、基山君の手を取らなきゃ私もいつか後悔することになるかなって」


 今回の俺は……いや、俺が彼女にこれまでやってきたこと全てが最低だった。

 俺が救いたいと思っていたのは彼女ではなく、かつての俺でしかなかった。


「……だけど、ごめんなさい。 どうしても今の私にはあなたの手を掴むことはできないです。 私は弱い人間だからーー」


 ーーだから、せめて今からでもお前の為に……俺にお前を救わせてくれ。


「違う!!」

「っ!?」


 俺の急な大声に鷲尾は怯んだように声を上げた。


「違う……違うんだよ、鷲尾」

「き、基山君?」


 俺は戸惑った様子の鷲尾の顔を正面から見据える。


「お前が罪の意識を抱える必要は全くないんだよ。 あれは俺が仮面を付ける為に利用しただけなんだ」

「!……だとしても、私がなにもできなかったことは事実です。 それにきっかけがどうであれ、私はいずれ弱い自分が嫌いになってーー」


 俺から顔を逸らそうとしながら弱々しく話す鷲尾の肩を掴み、強引に引き止める。


「それも違う! お前は決して弱い人間なんかじゃなかった!」

「え?」


 俺の言葉に逸らしかけていた目が再び俺の目と重なった。


「俺も始めはお前を弱い人間と決めつけ、勝手にかつての自分と重ねて俺と同じようにいずれ失敗すると思っていた。 けど違ったんだよ」

「…………」


「俺とお前は同じでも、ましてや似てもいなかった。 お前は俺なんかとは違って弱い人間なんかじゃなかった、確実に前を向いて進めている強い人間だった」

「わ、私が強い人間……ですか?」


 俺の言っている意味がわからないという風に鷲尾は困惑したように俺の言った言葉を口にする。


「そうだ。 確かに部分部分では弱い一面はあるだろう。 けどそんなの誰でも当たり前の話だろ? お前の芯の部分はちゃんと強い人間だったんだよ」

「そ、そんなことないです!」

「いや、そんなことある!」


 俺の意見を否定しようとする彼女の言葉をそれ以上に否定する。


「現にお前は変わろうとしている。 弱い一面を認めて、前に進もうと努力している」

「っ……でもそれは基山君も同じじゃないですか! 基山君が弱い人間で、私が強い人間だっていうのは納得できません」

「…………」


 ヒートアップするこの場を一旦落ち着ける為に、俺は自分の手を鷲尾の肩から下ろし少し距離を取る。

 そして軽く首を横に振りながら静かに話を続けた。


「違う。 違うんだよ、鷲尾」

「な、なにが違うと言うんですか?」


 冷静になった俺の態度に鷲尾も声のボリュームが下がった。


「さっきも言ったろ? 全部だよ。 性格も環境も過去も……俺たちは何一つ似てなんかすらいなかった。 ただ自分のことが嫌いで、そんな自分から逃げたいと思っただけだった」

「……その逃げたいって気持ちが弱さの象徴なんじゃないんですか?」


 そんな言葉に俺は「ふっ」と息が漏れたように軽く笑ってしまう。


「あぁそうだな。 全てを捨てて、なにもかもから逃げ出すような人間は弱い人間なんだろう……俺のようにな。 けどお前はなにも捨ててない、ただやり方が逃げだっただけでしかない」

「あっ……」


 もしかしたら俺の今の笑顔は自虐めいたものなのかもしれない。

 今さっき俺の過去を聞いたばかりだ、鷲尾も俺が言わんとしてることに気づいたみたいだ。


 本気でなにかから逃げ出したいなら、これまでの全てを捨てるつもりじゃなきゃ逃げることなんて出来やしない。

 中途半端に甘さが残れば必ずどこかで綻びが生まれ、失敗する。


 俺の一度目の仮面の崩壊は親子の繋がりを捨てきれなかったから、二度目の崩壊では捨てたつもりでいた奈美との関係を再開によって再び拾ってしまったから。

 自分自身から逃げるというのは言葉で言うほど簡単なんかじゃない。

 だけどこいつは……。


「俺も今日ようやく気づいた。 お前は逃げていたんじゃない。 ただ努力し、成長しようとしていただけだ」

「そ、それは……そんなことは……」


 俺の核心をつくような言葉に再び目を泳がせる始める鷲尾に俺は畳み掛け続ける。


「だから"まだ"なんて言葉が出てきた。 思い描く"理想の自分"との間に差を感じているから」


 鷲尾は俺なんかを高く評価し、そんな俺と対等になろうと自らの理想を高く設定した。

 たったそれだけの話でしかなかった。


「大丈夫だ、お前は変わってきている。 自分の弱さと向き合い着実に成長してきている。 鷲尾……お前は強い人間だ」

「私が……強い、人間……」


 鷲尾の目の色が少し変わったような気がした。

 鷲尾の理想とする基山圭ではなく今この場にいる俺という一人の人間の声が、かつての自分にではなく鷲尾楓という一人の人間にようやく届いたのかもしれない。



『もっと相手のことをちゃんと見て、もっと理解してあげるだけでいいんだよ』



 こういうことなんだよな、父さん。

 今ここにいる俺たちが向き合う……ただそれだけでよかった。


 けどもし、それでも足りないというのなら。


「なあ、鷲尾」

「……なんですか?」


 向き合っていけるだけの距離に近づくだけだ。


「俺と友だちになってくれねーか?」

「えっ?」


 いつかの教室でのことと同じように俺は片手を鷲尾に出しながら、少し微笑んで友だちになってくれないか問う。


「で、でも……私はまだーー」

「お前の為にじゃない。 俺がお前と友だちになりてーんだよ」

「!! 基山君が……?」


 以前とは違ってちゃんと鷲尾楓に向けた俺の本気の友だち申請に、再び動揺したように体を震わせている。


「そうだ、俺がだ! 俺は一人じゃなにもできない。 誰かに助けてもらって、ようやく一人前の人間になれる」


 今日のことに関してもそうだ。

 俺がきちんと本田に頼っていれば鷲尾がやっていたことが本当にバイトでしかなったことに事前に気づいていたかもしれない。

 秋山に頼っていれば一人暴走する俺を止めてくれて、警察沙汰にまで発展することはなかったかもしれない。


 俺は結局どこかあいつらに遠慮して、本当の意味で助けを求めきれなかった。

 そして色々な人に迷惑をかける失敗をしてしまった。


 もう同じミスは踏まない。

 俺が逆の立場なら友人としてこういう時に遠慮される方が嫌だと思うから。

 でも俺はまだ狭い世界に生きる人間だから、もっと繋がりが欲しい。

 もっと頼っても許させる人間が欲しい……だから。


「俺と友だちになってくれ! んで俺が困ってたら手を差し伸べてくれ。 代わりにお前が困ってる時はいくらでも手を貸してやる」

「っ!……だけど、いいんでしょうか? 本当に……私が……基山君と……そんな……」


 鷲尾はそう言いながら膝の上に置いていた手を浮かせた。

 俺の思いを乗せた言葉が少しずつ彼女に届き始めている。


 だがあと一歩届かない。

 俺の手に触れるか触れないかのギリギリのところで「でも私なんかが……」なんて呟きながら止まってしまう。


「はぁぁ…………」


 でもでもだってを繰り返す鷲尾になんか少しイラッときた。


「だぁぁぁ!! じれってぇな、お前!! 俺と友だちになるのに資格だのなんだの、んなもんいらねーての!!」


 突然の俺の大声に鷲尾はビクッとした後、その勢いで手を引っ込めようとするから俺は再び大きなため息を吐きながら、引っ込めようとする手を強引に握りしめた。


「自分で決めれねーなら俺から言ってやる。 俺と友だちになれ! 俺がお前の助けになるから、お前も俺の助けになれ! そんで一緒に成長していく! それじゃあダメか?!」


 鷲尾はしばし繋がれた手と俺の顔を行ったり来たりと視線を彷徨わせた後、


「ダメ……じゃないです。 お、お願いします」


 呟くように小さな声でそう口にした。


 結果だけ見れば俺と鷲尾が友だちになっただけのこの騒動。

 なんだが、とてつもなく遠回りをした気がする。


※ブラック缶コーヒーの味に関しては作者の独断と偏見的な意見です。

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