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蘇る記憶

 

「……場所を変えるか。 少し話長くなるぞ」

「はい」


 俺はいつ誰が来てもおかしくないこんな路上で話を続けるよりは、どこか落ち着いて話ができる場所に移動したかったのでそう提案する。


 鷲尾も先ほどまでの自分の発言が人目につくただの路上であったことを思い出し急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめる。

 鷲尾曰く、この場所からそう遠くない場所に公園があるというので俺たちはそこに向かうことにした。


 公園に向かう最中、俺たちの間に会話は一切なかった。

 二人とも別に意図して無言の空間を生み出しているわけじゃないが、自然とこの移動時間が俺たちにとってクールタイムとなっていた。


 だからだろうか……俺は色々と考えていた。

 いや、考えてしまっていた。


 今日のこと、この数週間のこと、鷲尾の言葉、その想い……そして俺自身のことを。


 俺と鷲尾は違う。

 そんなのは当たり前だった。

 俺たちは環境も違えば、これまで歩んできた人生、それによる考え方、感じ方、全てが違う。

 例え似ているところがあって、そこに俺がなにかを感じたのだとしても、それはあくまで似ているだけだった。

 勝手に彼女の未来が失敗すると決めつけて、俺の考えを押し付けていいはずがなかった。

 自分と全く同じ人間なんてのは存在しないのだから。


 ーーはは、そんな当たり前のことに俺はようやく気づいたってのかよ。 まあでも、そんな些細なことを学べたってことは俺も今回で少しだけ前に進んだってことなのか……ね……?


 ……なぜだろう、ひどく違和感を感じた。


 些細なことだろうと俺は学び、一歩前に進んだはず……それなのに全く前進できている気がしなかった。


 俺は本当にそんな当たり前を知らなかったのだろうか、気づかなかったのだろうか、学んでこなかったのだろうか……。

 俺と全く同じ人間、同じ環境で、同じ感性で生きる人間…………。


 ズキッ


「ッ!」


 突如酷い頭痛がした。

 まるでなにかを思い出させるかのように、誰かを思い出させるかのように。


 違う。

 俺はきっと……もう……。




 ♦︎♦︎♦︎♦︎



「どうした、圭?」


 オレは家に帰った瞬間、不機嫌なのを隠そうともしないで部屋の隅っこで体操座りをしてふて腐れていた。

 そんなオレの姿を見て、お父さんがオレの前にしゃがみ込み、どうしたのかと話し掛けてきた。


 だけどオレはそんな心配そうに掛けてきた言葉を無視して、俯き続けた。

 どれくらいそうしていたのかわからないけど、しばらくして不意にオレの頭に優しく手が置かれた。


「圭がそんなに不機嫌になるなんて珍しいな。 怒ったりなんかしないから、お父さんに話してみな?」


 オレの頭を優しく撫で続けてくれるお父さんのそんな言葉に、オレは少し泣きそうになりながら口を開いた。


「今日……オレ、浩太と喧嘩した」

「! 圭と浩太君が喧嘩?」


 珍しいというように少し驚いたように言ってくるお父さんに、オレは首を縦に一度振ることで肯定した。


「さっきの試合ではいつも通り、息ぴったりで二人とも大活躍してたじゃないか」


 オレと浩太の二人は地域のサッカークラブチームに1年生の頃から所属していていわゆる幼馴染というやつだ。

 家も隣同士でチームでも学校でも、遊ぶ時も常に一緒で、お互いのことで知らないことなんか一つもなかった。

 オレはあいつで、あいつはオレで、まるで自分の分身のように感じていた。


 だからお父さんの言うように、今日の試合でも浩太が次のプレーでどこに動くのか、どんな動きをして欲しいのか……そして浩太もオレのことを理解して、息はぴったりだった。


 ぴったりいくはずだった……だったはずなのに。


「オレが浩太ならあの位置にパスが欲しいって思うから出したのに、あんな前に出されちゃ取れないって……浩太が」


 あの時オレはボールを持った瞬間、浩太がサイドを駆け上がっていくのがわかっていた。

 オレが浩太の立場ならそうするから。


 だから敵の裏のスペースにパスを出した。

 オレならあそこにパスが欲しいから。


 だけどオレから出たボールが浩太に渡ることはなかった。

 浩太はオレの予想通りサイドを駆け上がってきていたが、パスに間に合わずボールそのままラインを割ってしまった。


 他の奴とだったらいくらでも起こり得るただのミスでしかない。

 けど、お互いを理解し合っている浩太とのこんなミスは今日これが初めてだった。


 オレも浩太もその事実に悲しくなり、悔しくなり、腹が立った。

 試合自体には勝ったが、そんなことはどうでもよくなるくらい、オレ達にはあのワンプレーが衝撃的だった。



「なるほどね。 圭も浩太君も自分の思っていたプレーと違いが出てしまって、少し違うかもしれないけど裏切られた気分になってしまったわけか」


 お父さんはオレの話を聞いて、考えながら話すようにゆっくりとオレと浩太が喧嘩した理由を口にした。


「うん」


 そう、まさにお父さんの言う通りだった。

 本来あの程度のミスは試合中に何度も起こるもの。

 だけどそれが浩太との間に生まれてしまったことにオレは浩太に、浩太はオレに……どこか裏切られたような気持ちになってしまったんだ。


「そうかそうか。 圭と浩太君がそれだけ仲良くしているっていうのはお父さんとしては嬉しいよ」

「仲良いって……喧嘩したんだよ?」


 それなのに微笑ましいというようににこやかな表情で言ってくるお父さんに対して、オレは口を尖らせながら反論する。


「! それもそうだな。 でもね、仲が良すぎだからこその喧嘩っていうのはやっぱり仲が良いってことなんだと思うよ」

「……うん? お、お父さん、それよくわからないよ」

「はは、難しい言い回しだったかな?」


 オレが困ったようにしていると、お父さんは笑いながらそう言った。

 なんだがお父さん一人だけで納得してるみたいで不満だ。


「それで、圭?」

「ん?」


 不貞腐れ口を尖らせたままでいるオレの頭から手を離したお父さんは、オレの正面に「よいしょ」と声に出しながら、しゃがんだ状態から完全に座り込んだ。

 そして優しさも込めつつ真剣な目でオレの目を覗き込んでくる。


「圭はこの後、浩太君とどうしたいんだ?」

「どうしたいってそれは……」

「このまま喧嘩したままでいるのかい? それとも仲直りしたいのかい?」


 お父さんからの質問にオレは少し考え込む。

 いや、本当は考えるまでもなかった。

 答えは一つだった。


 だけど、浩太と喧嘩なんて初めての出来事に素直にその答えが口から出て来ず、オレはただ目をキョロキョロとさせるだけだった。


「……ふぅ、まったく。 その素直になりきれない性格は一体誰に似たのやら」


 お父さんはオレの素直になれない態度にやれやれと言った感じで首を軽く振ったが、直後隣の部屋から聞こえてきた「パパでしょ〜!」というお母さんの声にどこか気まずそうな顔になった。


「えぇ……ちょっとお母さん? …………うぅ、僕か? 僕に似てしまったのか?」

「……あの、お父さん?」


 お母さんの声が聞こえた瞬間、オレを放って急に自分の世界に入って独り言を言い出したお父さんに、オレは半目を向けながら呼び掛ける。


「おーい?」

「はっ! ……こほん、とにかくだ! お父さんから圭に一つアドバイスをしよう」

「…………」


 落ち込むお父さんに何度か呼び掛け続けると、しばらくしてようやく反応があった……と思ったらわざとらしく咳払いをしながら、まるでなにかを誤魔化すように話し出すお父さんにオレは半目を向け続ける。


「ッ! そ、そういう態度はお母さんそっくりなのがなんとも……じゃなくて!! この前学校であった50m走では圭と浩太君、どっちの方が早かったんだい?」

「えっ? 50m? な、なんで急にそんなことを」


 アドバイスと言っていたのに急にまったく関係のない質問に、オレは思わず半目を解いて困惑したように聞き返したが、「いいから、いいから」と答えを催促してくるので先日あった体力測定の時のことを思い返す。


「えっと、50mはオレの方が早かったよ?」


 去年まではほとんど同じタイムだったのに、今年の測定ではそれなりに差をつけて勝つことができて、今年の測定後に喜んだことを思い出す。


「うんうん、ほら! さっそく圭と浩太君に違いがあることがわかった!」

「ど、どういうこと?」


 なぜかドヤ顔で得意げに話すお父さんの言葉にイマイチ要領が得ず、オレは疑問を浮かべる。


「つまり圭と浩太君は全く一緒ではないということだよ」

「うん? うーん……?」


 いきなりそう言われてもイマイチピンと来ないし、納得もしきれない。

 そんなオレの態度がお父さんにも伝わったのか、オレと同じように「うーん」と唸り声を出すと、なにか閃いたのか人差し指をピッと立てた。


「じゃあ幅跳びはどうだったんだい?」


 今度は幅跳び……本当になんでこんな質問をしてくるんだろうかと疑問に感じつつも、体力測定の日のことをもう一度思い返す。


「……幅跳びは浩太の方が跳んでた」


 これも去年まではほとんど同じ記録だったのに、今年の測定では逆に差をつけられて負けたので、悔しくて印象によく残ってる。


「これでまた一つ、2人の違いがわかったね」

「?? ねえ! 一体どういうことなの?」

「圭も浩太君も別の人間で、全く同じなんてことはないんだよってことだよ」

「!!……?」


 オレがなにを言っているのか意味がわからないといった感じで聞くと、お父さんは笑いながらそう答え、そのまま話を続けた。


「普段からずっと一緒にいるから考え方とか色々似て育ったのかもしれない。 けど二人とももう3年生だ、体の成長には違いが出てくる」

「そ、そうかもしれないけど」

「だから同じ考えをしていても、圭が自分の足の速さに合わせたパスは浩太君には通らなかった」

「!!」


 ここまで聞いて、ようやくお父さんが言おうとしていることの意味がわかってきた。


「逆に浩太君が自分の跳んだ時の高さに合わせてセンタリングを上げることがあれば、きっと圭は届かない。 例え二人の見てるものが同じだったとしても……それはなぜかわかるかい?」

「……浩太の方がオレよりも高く跳べるから」


 お父さんはオレの答えに「正解」というように、再び手をオレの頭の上に優しく置いた。


「相手が自分と重なって見えるほど仲良しなのはいいことだが、それだけじゃダメだ。 もっと強くなりたいのなら、もっと仲良くなりたいのなら」

「じゃあどうすればいいの?」


 お父さんの言っていることの意味は理解できる。

 当たり前の常識でしかない話なのだ、理解できないわけがなかった。

 だけどオレにとって浩太はオレ自身で、浩太にとってオレは浩太自身で……そんな感覚が当たり前になっていて、どうしたらいいのかわからない。


「ふふ、簡単なことさ! もっと相手のことをちゃんと見て、もっと理解してあげるだけでいいんだよ」

「? でもそれじゃあ今までとなにも変わらないよ?」


 これは逆に理解できない。

 浩太のことは誰よりも近くで見てきて、誰よりも深く理解してきたつもりだ。

 いまさら「もっと」なんて言われてもピンと来ない。

 だけどお父さんは首を横に振って否定する。


「ううん、だいぶ違うよ。 今までの圭と浩太君はお互いに自分を押し付けていた。 それが奇跡的にはまっていたから違和感がなかっただけ」

「自分を押し付ける……?」

「そう、自分ならこうするのにって相手に求めていたんだよ。 だからね、ちゃんと浩太君がどうして欲しいのか、どう考えているのかをちゃんと見るんだ」

「ちゃんと浩太を見る……」


 自分の中でどこまで今の話を落とし込めているのかはわからない。

 だけど、お父さんの言っていることは間違っていない気がする。


「二人ならそれができるはずってお父さんは信じてるよ! そして二人がもっと親しくなれるとも」

「うーん……うん。 まだはっきりとはピンと来てないけど、まずはちゃんと浩太と話してくる!」


 お父さんと話し合ったことで、なんだか少しモヤモヤが晴れたような気がした。

 自分を押し付けるとか相手をちゃんと見るとかイマイチわかってないこともあるけど、それでもなにか自分の中で変わったような気もした。


 一人で考えてわからないのなら、浩太と一緒に考えればいい。

 オレ達二人ならきっと今の話をちゃんと理解できて、二人で成長できるはずだ。


「あぁ、まずは話し合うこともいいね! ただその前に……喧嘩してしまったのなら、ごめんなさいと謝らなきゃいけないよ?」

「わかってるよ!」

「ならよし! 行ってきなさい!」

「うん!」


 お父さんとの話し合いが終わり、オレは自分の部屋からでるとそのまま玄関に向かった。


「オレちょっと浩太んとこ行ってくる!」


 靴を履き替えながら大きな声でそう言って、リビングの方から聞こえてくる、


「パパのクサイセリフ癖が圭にも感染らなきゃいいけど」

「あははは!! パパくさーい!」

「柚子!? それってセリフがだよね!? パパがじゃないよね!?」


 という騒がしい家族の会話を背に、オレは勢いよく家から飛び出した。


 ♦︎♦︎♦︎♦︎


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