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突入

 


 ♦︎♦︎♦︎



 橘とやらが電話で言っていた日曜日を迎えた。

 俺は今日も毎回利用している喫茶店の窓際を朝一で確保して、ビルに役者が揃うのを待つ。


 いつもと同じように眠気覚ましにコーヒーを頼む際、店員さんに「最近よくいらっしゃいますね! いつもありがとうございます!」と顔を覚えられていた。

 まあどうでもいいけど。


 コーヒーを啜りながらしばらく外の様子を伺っていると、まずは橘と呼ばれる男が変わらずスーツ姿で現れた。


 ーー来たか。 あとは電話の相手と鷲尾が来たら俺も……。


「来ましたね。 あとはあの人が電話していた相手の人と鷲尾先輩が来たらですね」

「…………」


 俺の考えていたことが実際に耳に聞こえてくる。

 もちろん俺がたまにやってしまう、思っていることを口に出すを今やったわけではない。


 俺は溜息を吐きながらその声のした方、目の前の席に視線を向ける。


「奈美、お前なんでついて来てんだよ……」


 そう、この場には俺以外に奈美もいた。

 なにがあるかわからないから待っていろと言っておいたはずなのに、俺が喫茶店に入ったタイミングで急に後ろから現れて一緒の席についていた。


「だって危ないかもしれないところに先輩1人で行かせるわけにいかないじゃないですか!」


 そんな風に言ってくる奈美に、俺はもう一度溜息を吐く。


「はぁ……お荷物だ。 帰れ」

「いやです!」


 その後も俺たちはしばらく「帰れ」、「いや」を繰り返す。

 すると、ビルの前に1台の車が止まるのが目に入った。


「ったく、とりあえず大人しくしていろ」


 いつまでも奈美と押し問答をしていてもらちがあかないと思い、俺は奈美から視線を外して、ビルの前に止まった車の方に注意を向ける。

 車の後部座席から1人の男が出てくると、車はそのまま発進した。


 車から出てきた男は遠目だからはっきりとはわからないが、多分若い見た目をしていると思う。


「なかなかイケメンさんですね」


 男の観察をしていると、俺と同じく男を見ていた奈美がボソッとそう言った。


「あ? 奈美、結構な距離があるけど顔まで見えんのか?」

「えっ? はい、見えますよ。 逆に先輩は見えないんですか?」


 男の容姿が見えているような発言をする奈美に質問してみると、返答と共に質問を返された。


「若そうな男ってのはわかるけど、はっきりと顔までは見えねーな」

「まったく! ゲームのやり過ぎじゃないですか? 今度一緒に眼科行きましょうね」


 俺の返しに対して母親みたいなことを言ってくる奈美に、俺は呆れる。


「いかねーよ。 しかもなんで一緒になんだよ」

「そりゃあ先輩の眼鏡選ぶの私がやりたいですし」

「眼鏡掛けるの決定事項なのかよ……もういい、無駄に疲れる」


 俺の気をどんどん削いでいく、いつもと変わらない奈美とのやり取りに疲れてしまった俺は話を終わらせた。

 削がれた気を引き締め直す為にコーヒーを口に運びながら、静かにあともう1人の役者の到着を待った。


 静かに待つこと数十分経ったタイミングで鷲尾も現れた。


 俺はそれを確認して「さてと」と言いながら席を立った。


「いいか、奈美。 こっから先はまじでついてくんなよ。奢ってやるからここで大人しく待っていろ、いいな?」


 席を立つと共に財布を奈美に投げ渡し、改めて待っていろと念押ししておく。

 そして俺は奈美からの返事を聞く前に店を後にした。



 前と同じように一度外からビルの中の様子を見るが今日は受付の人はいないらしい。

 というより事務所自体が休みらしく、人の気配を全く感じない。

 それを確認した俺はある場所に電話を入れた後、ビルの中に入った。


 中に入ると外から感じた以上の静けさを肌に感じる。


 ーーさて、たしか5階まで上がって右手の部屋って言っていたな。


 盗み聞きしていた時に男が話していたことを思い出し、俺は再び階段でこっそりと5階に向かった。

 当然、階段を上がっている間に誰かと遭遇することもなく、難なく上り終える。


 右手の通路を進み扉の前に立つと僅かながらも中から声が聞こえてくる。


「よし。 んじゃまあ、いっちょいきますか」

「そうですね。 なんだか緊張します」


 俺の自分を鼓舞する為に呟いた一言になぜか答えが返ってきた。


「……………………は?」


 俺はその声のしてきた背後に振り返ると、言葉通りどこか緊張した面持ちの奈美がいた。


「ちょっ、おま……つ、ついてきてたのか!」

「さあ覚悟決めていきますよ、先輩!」

「おい待て、人の話を聞け……ッ! このアホ!」


 俺の前に出て扉に手を掛けようとしている奈美を制止しようと、俺は手を伸ばしたがギリギリのところで空振った。

 奈美は俺の制止を躱して目の前の扉を大きな音を立てながら、思い切り開けてしまった。


「そこまでです!」


 そんな風に言いながら堂々と中に入っていく奈美の後ろ姿を見て、俺はげんなりとしてしまう。



 奈美の突入によりほんのしばらく部屋の中に静寂が生まれた。

 全員、突然の奈美の登場に困惑し固まってしまっていた……俺もだけど。


「……はぁ」


 とはいえいつまでもこうしているわけにはいかない為、俺は溜息を吐いて気持ちを切り替える。

 俺も奈美に続く形で、撮影スタジオとなっている部屋の中に入って辺りを見回す。


 ベッドに横になっている鷲尾、そのベッド付近にワイシャツ姿でいる3、40代くらいの男、その2人から少しだけ離れた位置でカメラに手を掛けている20代くらいの男……3人が俺たちの方を見て動きを止めている。


「な、なんなんだお前たち‼︎」


 俺と目の合ったワイシャツ姿の男がハッとしたように動きだし、声を荒げながら急に現れた俺たちが何者か聞いてきた。

 その質問に答える為に口を開こうとする俺の横から、「ふっふっふっ」とよくわからない笑い声が聞こえてくる。


 俺は不敵な笑い声を掛けあげる奈美を見ると、なぜかめちゃくちゃドヤ顔をして胸を張っていた。


「な、なんなんだお前たち……と聞かれたら!」


 …………。


 再びこの部屋に静寂が生まれた。

 一体なにを言い出すのだろうかと様子見したが、それは失敗だったらしい。


 ロケッ◯団登場の真似をして、盛大にスベってしまった奈美は顔を真っ赤にし、プルプルとしながら俺を睨んできた。


「なに黙っているんですか、先輩! 次は男性パートですよ、答えてあげるが世の情けって‼︎」

「言うかよ! 俺にスベった責任押し付けようとしてきてんじゃねーよ」


 奈美のおかげというか、所為というか、この部屋の雰囲気はぶち壊しだった。


 ーーこいつほんとになにしに来たんだよ。


 俺は睨みつけてくる奈美に呆れたような目を向ける。

 そんな俺たちの様子に向こうも少しだけ冷静になったようだ。


「……なあ? ロ◯ット団ごっこがしたいんだったら他所でやってくれないか?」


 とはいえ、この状況に呆れてるのは俺だけじゃなかった。

 ワイシャツの男も呆れたようにそんなこと言ってくる始末だ。


「誰がロケ◯ト団だっつーの! んなことしたくてこんなとこまで来るわけねーだろうが!」


 奈美のおふざけに俺まで巻き込まれてるわけにいかないと、俺は男の言い分を強く否定する。

 だが、男はそんな俺の態度にイラッとしたような顔になった。


「はぁ〜〜? 現にそこの小娘は完全に成りきってただろうが、坊主!」

「んなこと知るかよ! 俺までアホの仲間に入れてんじゃねーぞ、おっさん!」

「おっさんだと……ざけんなボケ‼︎ てめーも小娘と同類だ!」


 おかげなんかじゃなく、やはり奈美の所為で雰囲気はぶち壊しだった。

 本題に進むことなくおっさんと俺が語気を強めながら言い合う。

 言い合いをしながら、内心「どうするんだ、これ」と思っていると、この状況を生み出した張本人である奈美が口を開いた。


「誰が小娘ですか!」

「食いつくとこそこかよ!」


 奈美は小娘呼ばわりされたことが気に食わなかったらしく、怒ったようにそう言った。


「は、毛の生えた程度の小娘に小娘と言ってなにがおかしいんだよ」


 おっさんは小馬鹿にするように鼻で笑いながらそう言う。

 俺たちの突然の出現による混乱から一度冷静になった男だが、逆に冷静になったことで自分たちの邪魔をされたことに対して苛立っているのか、言葉がやたら攻撃的だった。


「私が毛の生えた程度の小娘だと言うのなら、あなたは毛の抜け始めたおっさんというのがやっぱりお似合いですね!」

「ッ〜〜〜〜⁉︎ こんのクソガキィィィィ‼︎」


 おっさんの態度にカチンときてしまったらしい奈美は煽るようなことを言ってしまい、案の定おっさんの怒りを頂点にまで上げてしまったみたいだった。


 大声でクソガキと怒鳴るおっさんの迫力に奈美は思わず「ひぃぃぃ」と情けない声を出しながら俺の後ろに隠れた。


「……お前、ほんとになにしに来たんだよ」


 今のところ碌なことをしていない奈美に思わず思ったことが口から出てしまう。

 とはいえ、今の奈美とおっさんのやりとりで俺も冷静になれた。


 冷静になった頭で、この最悪の状況を本当にどうしようかと考えていると、もう1人の若そうなイケメン男がようやく動きだした。


「まあまあ和久、一旦落ち着いて」


 ベッドの側にいるおっさんに近づき、肩に手を置きながら宥めるようにそう言った。


「でもよ、優一…………はぁぁぁ、わかったよ」

「うん、ありがとう」


 そしてでかい溜息を吐きながらもおっさんが落ち着いたことを確認した後、俺たちの方に顔を向けた。


「君たちも冷静にお願いね。 さて、改めて君たちは誰かな?」


 爽やかな表情で場を仕切り直してくれた男に心の中でお礼を伝え、顔を引き締める。

 そして未だにベッドの上で固まっている鷲尾に向かって顎を指して、男の質問に答える。


「俺たちはそいつの友達……は断られちまったんだったな。 あー、鷲尾楓の知り合いだ!」


 なんとも関係の薄そうな回答となってしまった。


 ーーあーあ、なんか色々と締まんねーな。


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