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演技

 


 ーーあぁ、そうだそうだ。 それで俺は都合がいいと、あの事を誰にも言わず"不良"のレッテルを受け入れたんだ。


 それ以前も浮いた存在であったことは間違いなかったが、俺が明確に"不良"と呼ばれるようになったのはそれが原因だったことを思い出す。


 ーー鷲尾が自分の所為だと思っているということは、あの時の関係者。 つまりあの場を見ていて学校に広めた人間、もしくはナンパされてた人間……。


 候補は2人に絞れたが、正直考えるまでもないだろう。


『急に黙って、どうしたんですか?』

「奈美、多分だけど鷲尾が自分の所為だと言った意味わかったぞ」

『えっ⁈』



 俺はその後、俺の思い当たる節を奈美に伝えた。

 そして今後の方針として、奈美は俺から聞いたことを踏まえて、もう一度鷲尾の元を訪れてみるということになった。


 そうして俺たちは今日の通話を終えた。


 ーー鷲尾のことは一旦奈美に任せるとして、俺は俺のできることをするか。



 ####



 次の日、俺は久しぶりに学校をサボった。

 普段の登校時間の前、奈美に『今日は1人で登校してくれ』とメッセージだけ送った後、スマホの電源を落として私服に着替え出掛ける。


 いつもは寝癖でボサボサになっている髪も整えて、俺は1人で以前奈美と一緒に観察した、駅付近の喫茶店に朝一で入る。


 鷲尾のことを奈美に任せたのなら、俺はもう一つの気になる件、つまりマネージャーと思われる男の方をどうにかしようと思っていた。


 前回と同じように外の様子が見えるように窓際に座り、男が出勤してくるのを待つ。



 運ばれてきたコーヒーを飲むことで、必死に眠気と戦いながらしばらく待っていると、例の男がスーツ姿で現れた。

 男がビルの中に入っていくのを確認した俺は、さらに小一時間ほど様子を見てから喫茶店を後にした。


 外から少しビルの中の様子を伺うと、どうやら入ってすぐに受付があるっぽい。


 ーーここからは俺の演技力が試されるな。 ふっ、得意分野だな。


 普段の気怠そうな顔をやめて、顔を引き締める。

 そして堂々とビルの中に入っていく。


「あの、少しいいですか?」

「はい、本日はどのようなご用件ですか?」


 ビルの中に入った俺は微笑を浮かべながら受付の女性に声を掛けると、最高の営業スマイルとマニュアル対応を返された。


「実は先ほど私が大学に向かっている時に、モデルをやってみないかと声を掛けて頂いて……」


 素直に高校生というわけにもいかないので大学生と偽る。

 大学生らしくなんてよくわからないが、俺がボロを出さない限りは変に疑われることもないだろう。


「そうなんですね! その声を掛けたという者の名前を教えてもらってもよろしいですか?」


 実際、その通りなのだろう。

 この時間に高校生が訪れるという発想に行き着かなかった受付の人のマニュアル対応は続いた。


「それなんですけど、その人の名前はわからない……というより忘れてしまって」


 俺のその言葉に受付の人が少し訝しげな目になったが、俺は畳み掛けるように話を続ける。


「この後出勤するってスーツを着た男性の方だったんですけど、その場では断ってしまい……ただ、少し考えてやっぱり興味あるなーって」


 笑顔は崩さず言葉を繋げていく。


「御社の名前だけは覚えていたので、スマホで調べてここに来たんですよね」

「……うーん、なるほど。 少し前に出勤したスーツを着た男の人ってなると橘さんですかね」

「あぁ! そうです、そうです! たしか橘って名乗っていたような気がします!」


 ーーまぁ、知らんけど。 とはいえ直近でスーツ姿でこのビルに入った人間はあの男しかいなかったし、多分合ってんだろ。


 一発勝負の完全行き当たりばったりな試みだったが、今のところはなんとかなっている気がする。

 しかし、俺としては順調だと思っていたが、受付の人の表情はあまりよろしくない。


()()橘さんが男の子に声を掛ける……ですか。 あの人、これまで女の子にしか声掛けたことがなかったんですけど」


 ーーあぁ? んなこと知るかっての。


 とはいえ、内心で思っていることを口に出すわけにもいかないので、俺は笑顔を続ける。


「はは、それは嬉しいですね! そんな方に声を掛けて頂けるほど、私はかっこいいんですかね!」


 冗談めいた感じで俺は返す。


 ーーここで動揺するのは悪手だ。 あくまで堂々としていろ、俺!


「ふふ、そういう返しができるのならたしかにこの業界は向いてるかもしれませんね! 橘さんもようやくいい目を身につけたのかもしれませんね」


 受付の人はそう言って、顔の緊張を解いてくれた。


 ーーふぅ、なんとか凌ぎきれたか……。


 俺は心の中でホッと一息吐く。


「ところで、()()橘さんっておっしゃってましたけど、私に声を掛けてくれた人ってなにかあるんですか?」


 なるべく情報が欲しかった俺は、受付の人に聞いてみる。

 すると受付の人は辺りをキョロキョロと見た後、顔を近づけてくる。


「あの人、ここの社長の一人息子なんだけどね……その立場を利用して色々してるって噂なのよ」

「色々……ですか?」

「そうなのよ! 私たち下の者には威張るばっかりで、馬鹿息子なんて周りから言われてるのよ」


 この人もあの男に相当ストレスを抱えるているのか、これからそいつのところに出向く相手にあの男の悪評を教えてくれる。

 俺があの男のところに出向く理由は嘘だから別に問題もなければ、むしろ情報が手に入ってラッキーなんだが……。


 ーー俺から聞いたこととはいえ、受付としてそれはどうなんだ?


「だから仕事だっていつも適当で、連れてくる子も自分好みの女の子ばっかりで」

「あはは、大変ですね」


 俺は頬を軽く掻きながら同情するように苦笑する……いや、そんな演技をする。


「まあだから、あなたが橘さんに声を掛けられたって聞いて驚いたわ! あの人のこと、少し見直してあげなきゃいけないかしら」


 受付の人は近づけていた顔を離し、そう言った。


 ーーすみません。 騙してしまって。


 この人の顔を見て俺はものすごく申し訳ない気持ちになった。


「それじゃあ私はそろそろ橘さんのところに行きますね。 橘さんのいる場所ってどこですか?」

「これからって時に変なこと言っちゃってごめんなさいね。 一応、橘さんに連絡入れるからちょっと待っててね」


 ーーッ⁉︎ 連絡入れられるのはまずい。 だがここで焦るな……あと少しだ。


「いえいえ大丈夫ですよ! それに連絡の方も大丈夫だと思います。 その気になれば受付に言って部屋に通してもらいなさいって言われているので」


 俺がそう言うと、女性は顔を渋らせた。

 正直、言ってて自分でも苦しい言い訳だとは思う。


「本当にあの人は……またですか」


 だが返ってきた言葉はなぜか呆れたようなものだった。


「毎回毎回ほんとにもう……自分の立場ってのを理解しているんでしょうか。 そもそもちゃんと仕事してらっしゃるのかしら」


 目の前の女性の言っている内容を察するに、どうやら俺は大当たりを引き当てたらしい。

 あの男は俺が適当に思いついた苦しい言い訳と同じことを普段からしているみたいだ。


「わかりました。 橘さんは5階全てを自分のオフィスにしていますので、5階まで上がっていただくといらっしゃると思いますよ。 そこの奥の通路を進んでもらうとエレベーターがあるので」


 受付の人はここから奥にある通路を、指を指しながら親切に教えてくれる。


「ありがとうございます! それでは頑張ってきますね!」

「はい、頑張ってくださいね!」


 ーーあぁ、頑張るよ。 橘さんとやらとの直接対決。


 個人的に応援の言葉を言ってくれるほど心優しい受付の人に感謝を伝えて、俺は教えられた5階に向けて足を運んだ。



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