威厳を感じない元不良
友達になってくれと鷲尾の元を訪ね、そして断られてしまった日の授業後。
今日も今日とて奈美が俺のことを迎えに来て、そして共に帰宅する。
その帰り道で俺は今朝の話を奈美に聞かせた。
全部話し終わり奈美の顔を見ると、すごく呆れた顔をして俺を見ていた。
「先輩……なにやってるんですか」
ーーうん、なにも言い返せないな。
「中学時代の先輩とはえらい違いですね。 今の先輩では少し不安だとは思ってましたけど、まったく!」
「あの時と比べるのはやめてくれ」
奈美が中学時代の周りに人が多くいた時の俺を引き合いに出しながら言ってくる。
俺は苦虫を潰したような顔をしてやめてくれと返す。
しかし、奈美の攻撃……もとい口撃は続いた。
「ストレートにいくにしても、もう少しやり方ってのがありませんかね? 先輩、学校での自分の立場をちゃんと理解しているんですか?」
「……はい、そうでした」
ごもっともな話だった。
俺はまだ不良というレッテルが貼られたままだというのにもかかわらず、クラスの奴らがいる前で直球でいってしまったのだ。
「先輩も本当に大概アホですね。 よくもまあ、中学時代はあんなにも周りに人を侍らせたものですよ!」
「……もうやめてくれ。 それに侍らせてなんかねーよ」
体育の時間で秋山を圧倒したことで回復した俺の気力が、奈美によって再びごりごりと削られていく。
ーーん? そもそもとして、よく考えたら俺ってどうやって友人を作ってきたんだっけ?
ふと疑問に思った。
"優等生"だった時は俺がなにもしなくても勝手に周りから寄ってきていた。
"不良"になってからは秋山も本田も気づいたら常に一緒にいる存在になっていた。
ーーあれ? 俺って自分から誰かに仲良くなりにいったことなくね?
俺はようやく今日のアドリブ力の無さの原因に気づいた。
ーーそりゃそうだ。 自分から歩み寄った経験なんかないのに、ぶっつけ本番でなんとかなるわけねーわ。
自分の無鉄砲なアホさ加減にげんなりとしてしまう。
「なあ、奈美……」
「なんですか?」
「どうやって友達って作れるんだ?」
気分の落ち込んだ俺は思わず、そんなことを奈美に聞いていた。
俺のアホみたいな質問を受けて、奈美は再び呆れたような顔になってしまった。
「頼むからそんな目で見るな。 お前の言いたいことは十分理解している」
「はぁ、ほんとこの先輩は……まったく!」
奈美はやれやれと首を振った後、手を伸ばして細い指で俺の頬をグリグリしてくる。
「わかりました。 ダメダメな先輩に代わって私がなんとかしてみることにします!」
呆れ顔をやめて、笑顔で頼もしくそう言ってくれる。
そんな奈美の姿に俺も思わず頬を緩ませる。
「あぁ、任せたよ。ただその前に……爪が刺さってて痛い」
「……お構いなく!」
「いや、そこは構えよ」
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次の日、奈美はさっそく行動に移すらしく「今日は1人で帰ってください」と言われた。
別に俺の方から一緒に帰ってくれと頼んでいるわけではないが、いざそう言われるとくるものがある。
奈美と一緒に登下校をするようになってから、まだそんなに経っていない。
それなのにこうして1人で下校していると少し寂しいなんて思ってしまう辺り、俺の中で奈美という存在は大きいんだなと改めて実感する。
しかし1人寂しく家に帰った後は、いつもと変わらない。
最低限の家事を終わらせ、そして寝る準備もあらかた済ませてベッドに入る。
そう、普段と変わらない。
トゥルルン トゥントゥントゥントゥン
それなのにライン電話の通知音が普段以上に嬉しく感じてしまう。
ーーはぁ、女々しすぎんだろ俺。
自分で自分にツッコミを入れながら、スマホに表示されているボタンを押す。
「もしもし、どうだった?」
俺は奈美からの電話にテンションが上がってしまっていることを隠すように、少し低い声で電話に出る。
『どうだった? じゃないですよ、先輩!』
低い声の俺とは逆に、奈美の声はやけに高い。
電話越しでも奈美のテンションが高いことがわかる。
ただ、俺とは違う理由っぽいけど。
『先輩、前に鷲尾先輩に一体なにしたんですか?』
「あ? 別になんもしてねーけど」
たしかに鷲尾とは去年も同じクラスだった気もするが、まともに会話なんてしたことがなかったはずだ。
鷲尾と直接絡んだのは奈美や俺がぶつかった時と、昨日の恥ずかしい場面しかないはずだった。
『いーや、絶対になにかありますよ! してますよ!』
俺にはまったく心当たりがないのだが、奈美はなぜかなにかあると断言してくる。
「待て待て、一旦落ち着け。 今日なにがあったんだ?」
興奮している奈美をなだめる。
そして改めて事情を確認する。
『……ふぅ、すみません。 少し取り乱しました』
「おう、冷静になってくれてよかったよ」
奈美が攫われた時に秋山と本田は取り乱し、しばらく話にならなかったことを思い出し、早い段階で冷静になってくれた奈美にホッとする。
『今日あったことなんですけど……鷲尾先輩に逃げられました』
「はぁ?」
ーー逃げた? なぜ?
ほんの一か月ほど前に奈美の前から全力で逃げた俺自身のことを棚に上げて、鷲尾の行動に疑問を抱く。
『なぜ私の方から近づこうとすると、みなさん逃げるんですかね?』
「うっ……」
棚に上げさせてもらえなかった。
『まあいいですけどねー。 逃げられたのなら追い続ければ捕まえられることは実証済みなので』
「…………」
楽しそうにそう言ってくる奈美に対して、俺はぐうの音も出ない。
ーーなんかここ最近で俺の先輩としての威厳ってのがなくなってきている気がする。
「……それよりも鷲尾が逃げた理由だよな」
俺の立場の弱くなり始めているような感じがしたので、逸れた話を戻す。
『はい。 それが先輩の名前を出したら逃げられたんですよね』
「あー、なるほど。 だから俺がなにかしたのかって話になるのか」
『そういうことです!』
合点はいった。
しかし、相変わらず心当たりはないままだったが。
「わかんねーな。 なんも言わず逃げられたのか?」
『いえ、一言だけ残していきましたよ?』
しれっとそう言う奈美に、俺は思わず溜息が出てしまう。
「はぁ、それ先に言えよ」
『あはは、ごめんなさい』
奈美は誤魔化すように笑っている。
『えっと、鷲尾先輩は自分の所為で先輩が不良って呼ばれるようになった。 だから私はまだ仲良くできない……みたいなことを残していきました』
「まじでなんでそれを先に言わねーんだよ」
『あはは』
奈美はもう一度笑って誤魔化した。
ーーとはいえ、俺が不良と呼ばれるようになった原因っていうと、きっとあれだよな。
去年の夏、期末試験を終えた日にあった出来事の記憶を呼び起こす。
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長かったテスト期間を終え、俺は前から気になっていた新作のゲームを買いに駅前の方まで出向いた。
そして新作のゲームを買った帰り道、俺はかなり浮かれていた。
その帰り道で偶然ナンパの現場に居合わせてしまった。
浮かれていた俺はその勢いのまま、なにも考えずなんとなくでナンパ男2人を撃退した。
そう、本当にただの気まぐれだった。
だからナンパ男たちを撃退した後に我に返り「こういうのはもうしないと決めたのにな」って激しく後悔して帰った。
家に帰り着いた後は、さっき感じた後悔を払拭する意味も込めて、新しく買ったゲームにのめり込んだ。
結果、次の日の学校はサボった。
次に学校に登校すると、これまで以上に周りからの目は厳しいものになっていた。
どうやらあの現場を見ていた明郷生がいたらしく、俺は"不良"と学校内で浸透していた。
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