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番外編 優子と晴人の時間

1話だけ優子視点でのお話です。

 


 ♦︎♦︎♦︎



 人づてに聞いた話だけど、隣のクラスで朝HR前になにやら面白そうなことが起こっていたらしい。


 圭が楓ちゃんに友達にならないか聞いた結果、断られたとかなんとか。


 ーーうん、やっぱりあいつらといると飽きないわね〜。


 別に不真面目な生徒が好きというわけではないけど、真面目ちゃんの多いこの学校では少し物足りないと思っていた。

 だから毎日自由気ままで自分勝手に過ごしている圭と晴人は、私からは楽しそうに見えた。

 もちろんあいつらがなにも抱えず、ただ呑気に生きているなんてことは思っていないけども。


 実際、圭には壮絶な過去があったことを最近、打ち明けられた。

 だけど、そんな圭は奈美ちゃんの登場によって良い方向に大きく変わっていっている。

 見ている側としては、これまで以上に面白い。


 だってあの圭がクラスで新しく友達を作ろうとして失敗した、なんて恥ずかしい噂が流れるくらいなんだもの。

 面白くて仕方ない。


 そのことに関して事実確認と、それをネタに弄り倒しに行ってやろうと思っていたのに、今日はなぜか先生やクラスメイトからの相談事が多くてなかなかあいつらの元に行けなかった。


 なんだかんだで解放された時にはすでに、今日最後の授業が終わってからしばらく経ってからだった。


 一応、あいつらがまだ残っていないか隣のクラスに足を運んでみる。

 中の様子を伺うと案の定、圭はすでに奈美ちゃんの迎えがあったらしくいなかった。


 しかしほとんどの生徒が各々帰るなり、部活に行くなりしている中、晴人は自分の席で眠っているのか伏せた格好で残っていた。


「はぁ……まったく!」


 授業が終わってから幾らか時間が経っているというのに、そのことに気づかず未だに眠りこけている晴人を起こしてあげる為に、私は呆れながら近づく。


 晴人の横まで距離を詰めたけれど、一向に目を覚ます気配がない。


「晴人、起きなさい」


 仕方ないと耳元で声を掛けてみる。

 すると、むず痒かったのか少し反応があった。


「ぅん〜〜あと少し。 もうちょ……だけ……あす(ねえ)……るから…………」


 徐々に声が小さくなりながらそんなことを言って、晴人は再び眠りつこうとし始めた。

 そんな晴人の姿に私は再度、呆れてしまう。


 ーーこんなテンプレみたいなことをしてくれるのはさすがね。 それにしてもあす(ねえ)って誰のことかしら?


 呆れると同時に、晴人の口から出てきた謎の人物に興味が湧いた。

 晴人も私と同じで一人っ子だと前に言っていた。

 だから実際にお姉さんはいないはずだった。


 ーーまあでも弟か……。 私に実際弟がいたら、きっと晴人みたいな感じなのかしらね。


 同級生を弟扱いするのはどうかと自分でも思う。

 でもアホで、やんちゃで、どこかほっとけない晴人には弟みたいな存在っていうのがしっくりきてしまう。

 そんなことを考えると、思わず苦笑いが出てしまう。


 ーーさて、この不出来な弟をいい加減起こさないとね。


 私は本当に夢の世界に旅立ってしまった晴人の髪の毛を1本だけ摘むと、勢いよく引き抜いた。


「イッッッダァァ‼︎」


 晴人は髪を引き抜かれた痛みで飛び起きた。

 そして抜かれた箇所を掻き毟りながら、辺りをキョロキョロと見渡し、側にいる私とバッチリ目が合った。


「おはよ! 随分と素敵な夢を見ていたようね」

「いやいや、おはよ! ……じゃないよ! 急になにするんだよ!」


 晴人は大きな声で私にそう言ってくるが、怒っているわけではないことはわかる。

 だから私は笑顔になって答える。


「急じゃないわよ、ちゃん声を掛けてからやったわよ」


 髪の毛を抜く宣言はしていないが、一度起こす為に声を掛けたのは事実だし問題ないでしょ。


「う、うーん? ほんとに?」

「ほんと、ほんと! 起きないなら髪抜くわよーって」

「そっか、そうなんだ……じゃあしょうがないか」


 ーーチョロいわね。


 晴人は自分が寝ぼけていた所為で、記憶が曖昧なだけということで納得したみたいだった。

 そして、改めて状況を把握する為に辺りを見渡し始めた。


「あれ、誰もいない」


 まだ眠いのか寝ぼけたような目で一通り辺りを確認した後、ボソリと言った。


「そりゃそうよ。 最後の授業が終わってからけっこう時間経ってるんですもの」

「えっ、まじで?」


 私が状況を教えてあげると、晴人はようやく頭が働き始めたのか現状を把握したみたいだ。


「あんた、一体いつから寝てたのよ?」

「うーん、1限の体育の後からの記憶がない……」

「それ、ほぼ今日1日中寝てるってことじゃない!」



 話を聞くと、どうやら昨日……というより今日の朝までゲームをしていたらしく、徹夜で学校に来た所為で睡眠欲が限界を迎えていたみたいだ。

 ついでに圭のことを聞いてみると、本当にいきなり楓ちゃんに友達になってくれないか聞きに行って、撃沈したらしい。


「あんたら2人揃って、ほんとにアホばかりね」


 そんな私の思わず漏れた言葉に、晴人はこの件ですでにアホと言われ慣れてしまったのか全く気にした様子はなく、一度ノビをしてから帰宅準備に取り掛かり始めた。


「それにしても圭の奴、一体なにに顔を突っ込んでいるのかしらね」


 前に廊下で圭から楓ちゃんがなにかバイトしているのか聞かれたり、そして今日のHR前の謎の行動。

 良い方向に変わっていっているとはいえ、今の圭の行動は普通なら不可解だった。


「奈美ちゃんが圭の変化に気づかないはずがないし、2人して私たちになにも言わずに本当なにしてるのやら」

「あー、うん。 そうだねー」


 帰宅の準備をしている晴人に、ちゃんと話してくれない圭と奈美ちゃんに対しての愚痴のような同意を求めたが、晴人から返ってきたものは存外冷めたような反応だった。


「……? 晴人は気にならないの?」

「はは……」


 私の質問に晴人は手を一瞬止め、薄く笑った。


「俺は……優子が思っているほど良い奴じゃないよ。 優子や原田ちゃん、それに今の基山みたいに自分と関係のない人間の為になんてできない……」


 鞄に物をしまいながら、そんな風に静かに話す晴人の横顔は、どこか寂しそうな顔をしていた。


「俺は俺自身のことで手一杯なんだよ……」


 鞄のチャックを閉めながら、最後にそんなことをボソッと言った。


「っ! 晴人、あんたは……」


「さて! そろそろ帰ろ、優子? 正直まだ全然寝足りないや、早く帰ってちゃんと布団で寝たい!」


 そう言いながら鞄を肩に掛けて、顔を上げた晴人の表情はいつもと変わらないものだった。


 晴人は本当に時々ではあるが、あんな風に寂しそうな顔をすることがある。

 だけど、その理由を聞いても答えてなんてくれないことは知っていた。

 圭と同じように……いや、圭以上に晴人は自分のことを全然話してくれないのだから。


 ーーでもいつか、あなたのこともちゃんと……。


「ねえ、優子? 帰ろーよー」

「……ええ。 そうね、帰りましょうか!」


 だから今は笑顔でそう答えてあげる。


 今だけは不出来な弟を見守る姉のように、ただあなたの側にいてあげるからね。



 ♦︎♦︎♦︎



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