奇行
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奈美に鷲尾のことを助けたいと言い、そしてお人好しと呼ばれた日の夜。
今日も奈美から電話が掛かってきた。
ーーついさっきまで直接会っていたんだが……まあ、それを言ったら普段の学校のある日もそうか。
そう思い電話に出る。
『それで先輩、助けたいと言ってましたけど具体的にどうするつもりなんですか?』
いつもと同じようにしばらく何気ない会話をした後、奈美が鷲尾の件を切り出してきた。
そう、奈美の言うようにそれが問題だった。
鷲尾と俺はただのクラスメイトでしかない。
俺が急にあのマネージャーっぽい男は危険かもしれないとか、あの仕事を続けるのはやめた方がいいとか言うのはおかしな話だった。
「まあなんにしても、まずは鷲尾と接触するしかないわな」
『なんだかとてつもなく不安な気がしますが、私にできることがあれば言ってくださいね!』
「あぁ、必要そうなら頼ることにするわ」
奈美との電話を終え、月曜からどうしていくのか考えながら俺は眠りについた。
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そして月曜日。
俺は行動を起こす為に、いつもより早くに学校に登校した。
教室にたどり着き周りを見渡してみるが、俺が早く着きすぎた所為で、鷲尾はまだ来ていないらしい。
その代わりなぜか秋山がすでに登校していて、自分の席に座っている。
自分の額にデコピンしてみたり、頬をつねってみたりと、なにやら奇行を行なっているが……。
近寄り難い秋山の行動に俺はしばらく様子を伺っていると、秋山は今度は首を上下左右に振り始め、その拍子に目が合った。
「あれー? 基山、おはよー。 めちゃくちゃ早いね……どうかしたの?」
「むしろお前がどうした。 そんな死んだ魚みたいな顔しながらおかしな行動して。 ついに頭逝っちまったか?」
声を掛けてきた秋山の顔は、なぜかげっそりとしていて目に覇気が全くなかった。
「朝から失礼な奴だなぁ。 あー、昨日1人で一日中ゲームしてたんだけどさ……面白いくらい勝率がよくてね……」
「…………んで気づいたら朝だったと」
ーーやっぱりこいつはアホだ。
「みなまで言わないでよ、今回は自分でもそう思ってるんだからさ」
どうやら秋山のアホっぷりについ思っていたことが口に出ていたらしい。
「はぁ……そんな眠いんだったら学校休めばよかったんじゃねーの?」
こいつは俺と違って別になにも変わっていないのだから、休んだところで誰かになにか言われることもないはずだ。
しかし、秋山から返ってきた言葉は意外なものだった。
「いやー、俺も最近みんなと入れる学校が楽しいなって思えるようになってきてねー」
そんな風に笑顔で言う秋山に、俺は少しほっこりした気持ちになる。
ーーそうか。 もしかしたらこいつもこいつで変わっていっているのかもしれないな。
極限の眠気と戦いながらも、俺たちとの時間を大切にしようとしているこいつに優し気な目を向ける。
「……それに今日の体育は卓球だからねー」
俺が内心、秋山のことを見直していると、秋山は話を続けた。
「あん? お前卓球好きだったけか? 中学まで卓球やってたとか?」
運動神経がいいのは知っていたが、卓球が好きというのは初耳だった。
「ううん、やってないけどー? 生まれてこのかた部活なんて入ったことないよー」
秋山は気怠そうに机に伏せながら俺の質問に答えてくる。
「だろうな。 じゃあなんでまた……」
「わかってないな基山〜。 卓球の時は男女混合なんだよー。 いいとこ見せて女子からキャーキャー言われたいじゃん」
「…………」
ーーあぁ、秋山は秋山だったわ。 こいつのことで真面目に考えること自体アホらしかったわ。
俺は秋山のことを見直すことを一瞬でやめた。
いつもよりもアホが極まっている秋山の相手をこれ以上していると、俺にもアホが移りそうと思った。
だから俺は秋山相手をすることをやめて、鷲尾が来るのをおとなしく待つことにした。
鷲尾も普段から登校は早いみたいで、しばらく待っているとすぐに現れた。
それを確認した俺は席を立ち、鷲尾のところに向かおうとする。
「どーしたのー?」
「お前はそこでおとなしく寝とけアホ」
「そうするけどさ、アホは余計でしょ……」
俺の急な行動に秋山が眠そうに声を掛けてきたが適当に遇らって、俺は自分の席をあとにする。
ーーさて、なんて声を掛けるべきか。
結局、この土日でどうやって鷲尾をアプローチをかけていくか、俺はなにも思いついていなかった。
というより、途中で考えるのが怠くなってしまいやめてしまった。
ーーまあ、なるようになんだろ。
俺はほぼノープランで鷲尾の席の前に行く。
「なあ、少しいいか」
「えっ?」
鷲尾の前に立ち、声を掛ける。
そんな俺の様子に教室で周りが少しざわついている気もするがどうでもいい。
「え、えっと……き、基山君な、なにかな?」
俺が急に目の前に立ち、声を掛けたことで、鷲尾はおどおどとしたようにしている。
ーー改めてこうも違うと、あれが本当に鷲尾だったのか疑うわ。
ビルに入っていったあの時の雰囲気と、今の雰囲気の違いに思わずそう思ってしまう。
しかし、奈美も確認したわけだし、あれが鷲尾なのは多分間違いないだろう。
ーーいや、今考えるべきはそんなことよりも。
ここに立っている本来の目的を思い出し、口を開く。
「鷲尾……俺と友達にならないか?」
自分のアドリブ力に任せた結果、あまりにもあんまりなストレートすぎる言葉が出た。
「……えっ?……えっ?」
俺のストレートな誘いに鷲尾は本気で困ったようにしている。
ーーそりゃそうだわな。 俺も今困ってるんだから。
自分のアドリブ力の無さにこの後どう収拾つけるかわからなくなってしまい、俺も思わず続きの言葉が思いつかず固まってしまう。
しかし、しばらくお互いに固まっていると、鷲尾が先に冷静になったのかハッとして先に動いてくれた。
「ご、ごめんなさい!」
机に頭をぶつけるんじゃないかと思うほど、勢いよく頭を下げながら断りの言葉を言ってくる。
そして俺はその言葉にもうなにも言えなくなる。
今の俺の立場が、状況があまりにも恥ずかしすぎて。
俺たちの一連の流れに、様子を伺っていた周りの奴らもさっきとは違う意味でざわついている。
「…………ふぅ」
とはいえ、いつまでも黙っているわけにもいかないので俺は一息吐いて、強引に気持ちを切り替えようとする。
「そ、そうか……い、いきなり悪かったな」
ーーうん、切り替えきることなんてできるわけねーよ。
気まずい感じで謝りの言葉を伝えて、俺はそのまま自分の席に戻った。
「……ほんと、どうしたのさ基山」
「……うるせーよ」
自分の席に戻ると、俺のことを残念そうに見ながら秋山が話し掛けてきた。
「俺まで恥ずかしい気持ちになったよ……思わず目が覚めるくらい」
「……だからうるせーっての」
「ほら見てよ! 俺の腕、鳥肌が立ちまくってるよ!」
「…………」
立場が入れ変わったように、今度は俺が机に突っ伏した。
突っ伏した後も秋山は俺のことを馬鹿にしたように色々と言ってきたが、返す言葉も見つからないので黙り続けた。
ちなみにこの後の体育では恥ずかしさを誤魔化すかのように、馬鹿にされたことで溜まった鬱憤を晴らすかのように、いつになく全力で取り組んだ。
手の怪我のことなんか忘れて、容赦なく秋山を倒すことで俺は少しだけ満足した。