終わりへのカウントダウン3
「よし、基山! 一年のいる校舎にいくぞ!」
授業後、秋山は楽しそうに俺に話し掛けてくる。
どうやら噂の女の子の話を忘れていることはなかったらしい。
「チッ……アホのくせに忘れてなかったか」
俺はあえて秋山に聞こえるように舌打ちをしながら悪態を吐く。
「アホとはひどいなー。 それよりさ! その噂の女の子、入学してからまだ一週間なのにもう何人かに告白されてるみたいなんだよね」
秋山は俺の悪態を軽く流しながら噂の女の子の話をし始めた。
「俺が聞いただけでも3人が告白したらしいよ。 実際はもう何人かいるかもしれないんだけど……みんな振られてるって話なんだよね」
「そりゃこんな噂が校内に流れるほどの良い見た目をしてる子が、知り合って一週間程度の付き合いでOKする方が難しいだろ」
帰り支度をしながら秋山の話に付き合ってやる。
「まあそうなんだけどね。 彼氏はいないって本人が話をしたもんだからみんな変なスイッチ入っちゃってるのかもね」
「そりゃ可哀想に。 まぁそのうちみんなも諦めついて落ち着くだろ」
話を続けながら帰り支度を終えた俺たちは廊下に出る。
「基山? 一年の校舎はこっちだよ?」
廊下に出て迷わず下駄箱に向かおうとする俺に、秋山は不思議そうな顔で言ってくる。
「あのな、俺は行かないって言ってんだろ」
「えぇ⁉︎ まだ諦めてなかったの?」
……。
「……はぁ、諦めるってなんだよ。 むしろ俺が付いていくこ 「あれ? 圭、久しぶり! ……あと晴人も」 ……」
女子の声によって、俺の言葉は遮られた。
隣の教室から出てきたその女子生徒は真っ直ぐ俺らの方に向かってくる。
「あぁ……本田か、久しぶり」
「人のことをついでみたいに扱うのやめてもらえないかな……。 やほ、優子」
俺と秋山はその女子生徒に各々挨拶をする。
彼女の名前は本田優子。 見た目は黒髪ロングで綺麗な女子なのだが、男勝りで姉御肌な性格をしている。
実際、本田のカッコいい姿に男女問わずファンがいるとかいないとか。
そんな本田は俺や秋山と去年同じクラスで一年間過ごし、「この学校の生徒は刺激が足りない」とか言って、俺たちによく話し掛けにきていた。
俺も秋山も裏表なく接してくる本田にいつからか気を許し、俺たち三人はよく行動を共にした。
本田は俺が気を許せる二人のうちのもう一人だ。
「それで? 一体なんの話していたの?」
「秋山が今話題の女の子を一目見てみたいんだとよ。 一人じゃ寂しいから付いてきてくれってうるさいんだわ」
「なっ‼︎ 寂しいなんて言ってないわ‼︎」
廊下で騒いでいた俺たちの話の内容を聞いてきた本田に俺が答えると、本田はニヤニヤとした顔を秋山に向ける。
「晴人、あんたには高嶺の花すぎると思うわよ!」
「別に一目見に行くだけだよ‼︎ そのニヤニヤした顔でこっち見るな‼︎」
「へー……でも本音は?」
本田がニヤついた顔のまま秋山に問う。
「そりゃあ、 向こうが俺と仲良くしたいと言ってきた場合はこっちはいつでもウェルカムだね‼︎」
……。
「……うぜー」
「思ってたよりも図々しい発言に私もなんて返したらいいかわからないわ……」
俺は嫌なものでも見たように、本田もニヤついた顔をやめて心底困ったような顔をする。
「二人してなんだよ! 自分で言うのもなんだけど俺は顔はいい方なんだから、ノーチャンってことはないだろ‼︎」
俺も本田も本当に自分で言うのはどうなんだと思いながら、腹立つほどドヤ顔をしている秋山に残念な人を見る目を向け、
「「中身がなぁ(ねー)」」
と二人して思っていることを口に出す。
「そんな目で……二人してひどいよ……」
秋山は友人二人から残念な人を見る目を向けられ、人として中身に問題があると言われたことが悲しかったのか、泣きそうな顔をしながら少し落ち込む。
そんな秋山を放っておいて俺は本田に話し掛ける。
「そんなわけでこのアホと評判の悪い俺が一緒に下級生のとこ行っても、その噂の子だけじゃなく色んな子に迷惑かけそうだし、本田代わってくれよ」
めんどくさいからという理由ではなく、不良と呼ばれている俺が一緒に行くのは一年生の子たちが不安になるだろという建前を使い、秋山に付いて行くのを本田に代わってもらおうと持ち掛ける。
しかし、俺の考えなんかお見通しというように、本田は呆れたような顔をしていた。
「嫌よ。 新入生の子たちにこのアホと同類なんて思われたくないわ」
「まあたしかに。 けどなーー」
食い下がろうとする俺に、本田は"ビシッ"と指を指してくる。
「それに! 圭が不良なんて呼ばれるような人間じゃないことは私が知ってる! だからいちいち細かいこと気にせずあんたは堂々としてなさい!」
「あ? 本田が俺のことをどう思っていようが周りには関係ないだろう」
「なら周りにも分かってもらえるように生活態度を改めることね!」
指を指すことをやめて笑顔でそんなことを言ってくる本田に「敵わんな」というように両手を軽く上げて降参のポーズをとる。
ーー別に周りからどんな風に思われてても気にしねーし、そもそもどうでもいいんだがな。
内心とは別に、そんな降参ポーズをする俺を見て、満足そうしている本田が話を戻してくれる。
「ふふ! ほんとは私も付いて行ってあげてもいいんだけど、この後いつものやつがあるのよ」
「いつもの……あぁ、お悩み相談ね」
頼れる姉御である本田は周りの生徒から悩み相談を持ち掛けられることがよくあるのだ。
「そういうこと! 特に今回は相手の子が少し深刻そうな雰囲気で、すぐ終わるとも思えないのよね」
「そか、じゃあしょうがないな」
去年、俺は色々な生徒から相談を受けている本田の姿は何度も見ている。そんな本田が今回の相談は大変そうだと感じているのに、秋山のお守りなんてくだらないお願いを無理強はできない。
「もし力仕事が必要だったり、一人ではしんどいことがあるなら言ってくれ。 そこのアホを手伝わさせるから」
「そこは自分がって言って欲しかったわね……アホが来たって大して力にならないし」
「冗談だ。 本田が本気で困ってる時にアホを応援になんか向かわせたりなんてしねーよ」
無言でいる秋山をネタに話を続ける。
「黙って聞いていれば……人のことアホ、 アホと失礼じゃないんですかね‼︎」
さすがに我慢できなかったのか秋山が復活した。
しかし、俺たちは秋山を無視し続け話を続ける。
「ありがとう、圭! もしもの時は頼りにさせてもらうわ!」
「へいへい」
「はぁ……もういいよ。 そうやって毎回毎回二人して俺を……」
復活した秋山が再び落ち込んだ。
去年も三人でいる時はこんな感じだった為、俺たちにとってはこれがよくある普通の光景だった。
「冗談よ、晴人! 晴人がアホなのは本当だけど、いざという時はあなたのことも頼りにしてるわよ!」
最後にはこうしてフォローもこなす本田は、やはり良い奴なんだろう。
「アホだと思われてるのは冗談じゃないんだね。 もういいよ! さっさと行くよ基山!」
頼りにしていると言われ、満更でもない顔をしながら再び復活した秋山は本来の目的を思い出したのか、一年の校舎に向かおうとする。
そんな秋山を見て俺はどうしたものかと考えていると、本田が顔を近づけてきた。
「圭、晴人に付いて行ってあげてくれないかしら。 これは圭自身の為にもなると思うし、なにより晴人一人で行かせてなにかある方がよっぽど不安だわ」
「俺の為っていうのはよくわからんが……わかったよ。 アホのお守りは任せろ」
「そのアホネタそろそろやめてもらえない?」
「んな細かいこと気にしてないで、さっさと行ってさっさと帰るぞ」
去年、色々と世話になった本田からの頼みだ。 仕方ない……真っ直ぐ帰ることを諦めて、早く終わらせることに考えを切り替えた。
「よし、行くぞー! じゃあね、優子!」
「またな、本田」
秋山と俺は本田に別れの挨拶を告げ、一年の校舎に向かって歩き始めた。
「じゃね、圭! ……あと晴人」
「だから人をついでみたいに扱うなー!」