自覚
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私には気になっている男の人がいます。
その人とは2年連続で同じクラスになれたんですが、ほとんど会話をしたことがありません。
その人の名前は基山圭君。
この明郷高校では珍しく素行の悪い生徒ということで浮いている人。
臆病な私にはとてもじゃないけど、近づこうなんて思えない人。
だけどあの日、私の中で彼の印象は大きく変わりました。
そして、それと同時に私自身に対しての、ある自覚も芽生えました。
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私は高校に入学する時、地元である都会に残りたくなかった。
騒がしい環境はあまり好きではなかったから。
だから地方の高校で、寮のあるこの明郷高校に入学し、1人で暮らすようになった。
学校の人たちは一部の人を除いて、真面目な人が多かった。
そのおかげで臆病な私でものんびりと、快適と呼べる毎日を送れていました。
なんの刺激もない平凡な日常……だけど私にとっては望んでいた平和な日常を過ごすこと数ヶ月。
夏休みに入る前の期末試験を終え、私は珍しくどこか浮かれていました。
普段、私は休みの日でもどこかに遊びに行ったりなんかしないで家でのんびりとしていることが多かった。
それなのにテストからの開放感からなのか、どこか遊びに行きたいなんて思いました。
ひっそりと人の陰で生活している私の周りには、みんな私と同じようにひっそりとしているような似た人たちが多いです。
だから私は彼女たちを誘ってもついて来てくれないとわかっていました。
だから1人で駅前の賑わっている場所へ向かうことしました。
一旦、寮に戻って制服から私服に着替えて意気揚々と出発しました。
地方とはいえ、駅前の方まで来るとお店もたくさんあったりで、人もいっぱいいます。
駅前に来ることすら珍しいのに、今日は浮かれまくっている私はそこから新たな発見がないかなんて考えて、色々と歩き回りました。
しばらくして辺りを見回してみると人通りから外れ、駅の裏道に入っていました。
ーーこういう静かな雰囲気は嫌いじゃないけど、なんだか急に静かになるとこわいな。
賑わっていたところから急に物静かな場所に入り込んでしまったこともあり、なんだか不安になってしまった。
踵を返して賑わいをみせているであろう駅前に戻ろうとしました。
だけどそんな私の前に現れた男の人2人によって行く道をふさがれてしまった。
「あれ? 君スタイルいいね〜」
「ねね、僕らとこれから遊びに行かない?」
もう少しで人通りのあるところまで戻れるというところで、俗に言うチャラそうな男の人たちに声を掛けられた。
私はここにきて激しく後悔しました。
どうしてこんなに浮かれていたのか、どうして1人でこんな場所に来てしまったのか……。
「あ、あ、あの……」
後悔と恐怖で思ったように声が出ない。
ちゃんと断って早く人のいるところに戻りたい。
こんなことに巻き込まれなくていいように、いつもと同じように日陰でひっそりとしていたい。
そう思っても今日、私はこんな人の少ない裏道にまで来てしまった。
そしてその結果、絡まれてしまった。
「なに、なんて言ってるの? ちゃんと喋ってよ〜」
「君どこの学校なの?」
断ることができず固まっている私に、彼らがニヤニヤとしながら距離を詰めてくる。
そして男の人の1人が私の肩に手を伸ばしてきました。
その姿に本当に怖くなってしまい、私は思わず目を瞑ってしまう。
でも私の肩に男の人の手が触れられることはありませんでした。
「なんだよお前!」
代わりにそんな男の人の声が聞こえてきました。
私は恐る恐る目を開けると、私と同じ高校の制服を着た別の男の人が間に立っていました。
私からは後ろ姿しか見えないが、なんとなく見覚えがあります。
絶対に関わらないようにしようと、関わることなんてないだろうと思っていた人。
「…………」
私と絡んできた男の人たちの間に入った男の人……基山君はなぜかなにも言わずただ立ったままでいる。
「おい! なんとか言えよ!」
「ねえ? 邪魔なんだけど〜? 僕らの用がある子は後ろの子なんだけど〜」
邪魔されたことに対して、イライラを一切隠そうとしない男の人たちは今度は基山君に突っかかっていきます。
「………………はぁ」
それなのに基山君は全く動じることなく、長い沈黙の後に一つ溜息を吐いただけでした。
「てめぇ‼︎ 調子乗ってんなよ‼︎」
「そういう態度はイラッとくるな〜」
基山君の態度に怒りが頂点に達した彼らは殴りかかろうとする。
しかし彼らの拳が基山君を捉えることはなかった。
ーーすごい。
基山君は彼らの攻撃を全て避けるか受け流している。
左手でなにか小袋を大事そうに抱えている所為で、右手しか使っていないのに。
やり返すことはなく、ただひたすらに守りに徹して彼らをいなしている。
しばらくその攻防は続いたけれど、全く当てることのできないことに彼らは精神的に疲弊してしまったみたいです。
「ハァ……本当になんなんだよ……お前……」
「ウゥ……もういいよ。 マジになっちゃって、君ダサすぎ」
そう言って、彼らは基山君を睨みつけながら攻撃をやめた。
ーーそれはこ、こっちのセリフです!
なんて直接言葉にすることはできなかったですけど、彼らはそんな言葉を残してこの場所から去っていきました。
基山君は彼らが去った後、なぜか顔を空に向けながら1人静かに佇んでいました。
ーーお、お礼を言わなきゃ。
そう思って声を掛けようとしましたが、さっきの出来事で体が震え上がってしまっているのか声が出てこない。
「あー、やっちまったなぁ……まあいいか」
私は縮こまってしまい固まっていると、基山君が空を見上げ頭を掻きながら、ボソリと言いました。
なぜそんなことを言ったのかはわからなかったですけど、彼はその言葉を最後に残してこの場を後にしました。
突然現れて、私を助けてくれて、そして一度として私の方を見ることなくふらっと帰っていってしまった。
結局、お礼を伝えることができていなかったので、次の日学校で言わなくてはと思って緊張して待っていたけれど、彼は今日お休みみたいです。
しかし学校を休んだ基山君の代わりに、ある彼の噂話が学校内で歩いていました。
「基山圭が他校の生徒と喧嘩していた」
「あいつはやっぱりやばい奴だったんだ」
「むしろ基山が一方的に殴っていたらしいぞ」
そんな基山君の悪い噂話が……。
事実が捻じ曲げられ、噂がどんどんと学校内で拡散していました。
ーーそんな……違う。 そうじゃない!
そう思っても私がそれを伝えることのできる友人は限られている。
ーー基山君はそんな人じゃない! 私を助ける為に……。
しかし当然、私の小さい声など誰も聞いてくれませんでした。
日陰で生活している私のところにまでそんな噂が回ってくるほどに拡散している。
私が気づいた時には時すでに遅かった。
基山君の悪い噂は人から人に伝わる度に、脚色されていった。
……そして基山君のいない、たった今日1日で「基山圭は人に暴力を振るうほどの本物の不良」、これが学校内で浸透してしまった。
今まで私は臆病な性格だ。
だから、仕方ないと気づかないようにしていた。
けど今日……私は自覚した。
私のことを体を張って助けれてくれた人を庇うことすら、事実を周りにちゃんと伝えることすら、そんなことすらできないそんな自分自身の弱さを……。
そして……私は私を嫌いになった。
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