正体
奈美に電話で相談した次の日も学校で鷲尾の様子を伺っていると、なんとなくだが違和感の正体がわかってきた気がする。
ーーなぜそうなったのかの理由はわからない。 だけどこのままだとまずいな。
これが俺が鷲尾を観察して思ったことだ。
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そしてあっという間に土曜日を迎えた。
前と同じ駅前の場所で合流した俺たちは朝早くからこの前見た、あの女子高生とマネージャーっぽい男が出てきたビルの付近にある喫茶店で待機していた。
「ここからは長期戦になりそうですね」
「そうだな。 時間までは言ってなかったし、そもそも今日もここに現れるかもわからんしな」
外の様子が見えるように窓際に座り、女子高生が現れるのを信じて2人で待つ。
「あぁ……めちゃくちゃ眠い」
学校が休みだというのに朝早くに起きて、しかも現状なにもせずただ待っているしかできないので、睡魔が俺を襲ってくる。
注文したコーヒーでカフェインを摂取してなんとか耐えている状態だ。
「だらしがないですね。 昨日、私との電話の後にすぐ寝なかったですか?」
俺が目をこすっていると、向かいに座っている奈美が呆れたように言ってくる。
「たしかに電話の後、少しゲームしてたけど……俺はそもそも朝は弱いんだよ」
「そういえばそうでしたね。 中学の時も朝から部活がある時はすっごい不機嫌そうでしたもんね〜」
奈美はそんな昔の話を思い出し、楽しそうにしている。
「別に不機嫌ではなかったと思うけど、お前はなんでそんな朝から元気なんだよ」
俺の知っている限り、奈美はいつも朝から元気だった。
「ふふふ、先輩といるからですね! 先輩成分を補充しまくってますし!」
ーー先輩成分ってなんだよ……。
朝の弱さも加わり、今の俺はいつも以上に気の抜けた顔をしているのだろう。
「なるほどね……俺が今とんでもなく怠くて眠いのは、お前が先輩成分とやらを俺から吸い取ってる所為なのね」
「……眠いからって適当に返さないでくださいよ!」
俺の気の抜けっぷりに、奈美が少し不満そうに頬を膨らませている。
そんな感じで睡魔と戦いながら2人で待ち続けていると、窓の外に女子高生らしき人影が現れた。
「先輩! あの人じゃないですか?」
「ん? あぁ、間違いない。 前見たのはあいつだ」
俺は重い瞼を再びこすりながら、奈美が指差した窓の外に目を向けて、確信したように言う。
「間違いないんですか?」
「服が前と一緒だしな」
「なるほど、それならほぼ確定ですね」
妙に確信的なことを言う俺に奈美は本当に合っているのか確認してきたが、理由を聞いて納得したらしい。
「それにしても私の服装に関しては全然コメントくれない癖に、あの人の服は覚えていたんですね」
「コメントがないのは仕方ないだろ。 ファッションとかをよく知らないから、なんて言っていいのかわからないんだよ」
ぷりぷりとしている奈美に、俺は仕方ないと返す。
しかし、そんな俺の返しに奈美はますます不満そうな顔になってしまう。
…………。
「ったく、今日も似合ってるぞ」
「そういうことです! わからなくてもいいので、ちゃんと言葉にして褒めて欲しいです!」
なんとなく奈美の求めているものがわかったので、最低限の言葉だったが褒めてみると、どうやら正解だったらしい。
奈美は一瞬で不満そうな顔をやめ、嬉しそうになった。
そんな奈美の様子を見て、俺はつい、
「奈美もそういうことを気にする年になったんだな」
と口にしてしまった。
「まったく。 誰の……とお…………ですか」
「あ? なんか言ったか?」
俺のつい漏れてしまった発言に奈美がなにか言ったようだったが、小声だった為よく聞こえなかった。
「もういいです、なんでもないです。 それよりもあの人ですよね」
奈美はそう言って視線の先を窓の外に向けなおした。
それを追って俺も目線を変える。
「先輩、よくあの人が鷲尾先輩だと思いましたね。 普段の雰囲気と全然違いますよ」
奈美も昼飯の時間に俺の教室を訪れた際に普段の鷲尾を観察していたらしく、そう言ってくる。
「いうても前髪分けて、眼鏡外してるだけじゃん。 気づく奴は気づくだろ」
「はぁ……先輩のノーファッションセンスが逆に輝きましたね」
「うるせーよ」
めちゃくちゃ馬鹿にされてる気もするが、深くつっこんだら怒涛の反論がきそうな気がするからやめておく。
「まあつまり先輩の感じている違和感というのは、オシャレとか雰囲気の話ではないということですね」
「そうだな。 そういうことではない」
俺は奈美の言葉に肯定して、俺たちのいる喫茶店の横をちょうど通り過ぎていく鷲尾の顔をよく見る。
ーーやっぱり間違いなさそうだな。
今日の鷲尾の顔を見て、ここ最近で最も違和感を感じた。
そして親近感のようなものも……。
「多分だけど、俺に似てる……そう思ったからだろうな」
「あの、なに1人で納得したような顔しているんですか?」
俺たちのいる喫茶店の横を通り過ぎ、ビルの中に入っていく鷲尾の後ろ姿を見ながら独り言のようにボソッと思っていることを口に出したが、奈美は意味がわからないのか訝しげな目で俺を見てくる。
「悪い悪い、ただなんとなくそう感じたんだよ」
「いやいや、意味がわからないですよ!」
ーーわかってるよ。 ここまで付き合わせて除け者はなしだよな。
「……いいか、奈美。 これから言うことは全部俺の憶測でしかない」
そう前振りをすると奈美は首を縦に二度振った。
俺はそれを確認して、自分の感じたものを話し始めた。
「あいつは……鷲尾は多分、自分のことが嫌いなんだと思う」
「えっ、どうしてですか?」
「あいつの過去になにがあったのかは知らない。 だから憶測でしかない」
念押しでもう一度、あくまでも俺の憶測だということを伝え、言葉を続ける。
「だけど俺はあいつを学校で観察していて、そして今日雰囲気の違うあいつの顔を見て、なにか自分を偽ろうとしているように思えた」
「あっ」
奈美はハッとしたように目を大きく見開いた。
「先輩と似ているってつまり……」
「あぁ、そういうことだ」
奈美は俺の言いたいことがわかったようだ。
似ていると思ったのはあくまでも俺の感覚的なものだ。
けっして確信を持って言っているわけではなかった。
ーーけど、俺も少し前まで同じだったんだ。 自分のことが嫌いでしょうがなかった。
類は友を呼ぶと言うが、鷲尾の顔を見て感覚的に俺に……いや、少し前の俺に近いものを感じた。
鷲尾とはいままで全然絡みなんてなかった。
だけど鷲尾の顔を見てどこか偽物のように思えた。
ーー違うな。 自分とは違う、偽物になろうとしているように思えた。
多分それが俺の感じた鷲尾に対する違和感の正体なんだと思う。
ーーだとするなら、マネージャーっぽい男の件も含めて、自分に偽りの仮面をつけようとしている鷲尾のことはやっぱり放ってはおけない。
自分自身から逃げる為に偽りの仮面をつけていた者として、そんなものに逃げたところで本当の自分からは逃げきれないことを知っている者として……。
まだ間に合ううちに、鷲尾のことを連れ戻してやりたい。
「なぁ、奈美……俺は鷲尾のことを助けてやりたい」
視線の先を奈美に戻し、俺は真剣な顔でそう伝える。
「…………」
「…………はぁ」
奈美はそんな俺の言葉と視線に一つ溜息を吐いた後、柔らかく微笑んだ。
「先輩はやっぱりお人好しですね」