初デート……?
早いものでゴールデンウィークに入ってもう3日目を迎えた。
初日に寝過ごした所為もあり、家の掃除には結局2日間使う羽目になった。
そして3日目の今日、奈美との遊びに行く予定のある日だ。
駅前待ち合わせとのことなので、俺は駅前を目指して1人で歩いているところである。
ーー明日、墓参りに行くとして。 このゴールデンウィーク、ゲームする時間ほとんどねーじゃん。
残りのゴールデンウィーク期間をどう使うか考えながら向かっていたら、いつの間にか待ち合わせ場所に着いていた。
スマホを取り出し、時間を確認する。
【09:45】
ーー時間は15分前か……俺にしては上出来じゃないか。
10分前行動よりもさらに5分も早く行動できた自分を褒めてやる。
そんな自分でもアホだと思うことを考えていたら、周りが少しざわついた……ような気がする。
「せーんぱーい!」
その声に俺はスマホから顔を上げる。
奈美が小走りをし、手を振りながら俺の方にやってきた。
「お待たせしてすみません!」
「……あぁ、随分と待たされたよ。 正直、待ちすぎて帰ろうか悩んでいたところだ」
「えぇ⁉︎ まだ待ち合わせ時間より10分以上も前ですよ?」
俺の適当な冗談に、奈美はつけてきた腕時計を確認しながら言う。
「じょ……」
俺は冗談だったことを言おうとしたがその前に奈美が言葉を続けた。
「そんなに私と遊ぶの楽しみにしてたんですか〜? もうしょうがない先輩ですね! でも、こういう時は微笑みながら待ってないよって言うもんですよ」
…………。
「微笑む必要はないだろ」
「いやいや、必要ですよ!」
つくづくアホな会話だなと思う。
しかし、こんなやり取りが幸せだと感じるくらいには俺は変われているのだろう。
「そんなことよりもどうですか、先輩?」
奈美はそう言いながら、その場でくるっと一回転した。
服装がどうか聞きたいということくらいはわかる……が。
「うん、まあ似合ってるんじゃないか?」
「……それだけですか」
「それだけだ」
「…………」
俺は服装というか、ファッションや流行に関して全くの無知だった。
似合っているという言葉に嘘偽りはないが、オシャレしてきたのであろう奈美にとって、俺の回答は不満みたいだ。
しかし、俺からそれ以上の感想が出てこないことがわかった奈美はやれやれと首を振りながら、
「まあ、そういう回答になることはわかってましたけど。 褒めてくれただけましとしますか!」
上から目線でそう言ってくる。
しかし、事実なので言い返せない。
「……それよりも、結局どこに行くんだ?」
これ以上は分が悪くなるだけな気がしたから話を変える。
待ち合わせ場所と時間だけ伝えられていて、内容に関しては一切聞かされなかったから、どこに行くのか俺は知らなかった。
「それなんですけどね……先輩と行きたいところが多すぎて、結局決めれませんでした!」
「は?」
俺も大概適当人間だが、奈美の適当すぎる返しに呆れてしまう。
「そんなわけでどうしましょうね?」
「知るかよ……あっ」
俺はここで2日間に渡って行った掃除で、古くなり色々と物を処分したことを思い出した。
「ちょうどいいわ。 奈美、買い物に付き合え」
「ウィンドウショッピングってやつですね! 了解です!」
ーーそれはなんか違う気がするけど。
買いたいものは普通に今日買うつもりだから、ウィンドウショッピングとは言わない気もしたが……楽しそうにしている奈美を見て口に出すのはやめておいた。
「なんですか? その子どもを見るような優しげな眼差し」
「いや、なんでもねーよ。 早くいくぞ」
「ちょっと! いつもいつも置いていこうとしないでくださいよ!」
####
一通り買い物を終えた俺たちは、朝の待ち合わせ場所付近の裏道を歩いていた。
「今日は色々買っちゃいましたね」
「そうだな。 絶対余計なもんまで買っちまった気がするよ」
両手にぶら下げている大量の荷物を見て、帰ったらこれらの整理が待っていることに気が滅入る。
すると、駅が近くなってきたタイミングで奈美が足を止めた。
「どうした?」
「先輩、少しお化粧直しに行ってきてもいいですか?」
奈美は持っている荷物を俺に押し付けようとしながら、そう言ってくる。
「ん? それは構わんが、化粧してたのか?」
「……してないですけど。 普通わかりますよね!」
「はは、冗談だ」
奈美は「もう!」とぷりぷりと怒りながら強引に荷物を渡してきた。
「ここで待ってるから、もう連れ去られるなよ?」
「あんな経験は二度としたくないです!」
そう言い残して、奈美は駅の方へ行ってしまった。
ーーっていうか、表通り出てからでよくね?
そう思ったが、勝手に1人で移動するわけにも行かず、大量の荷物が2人分になったこともあり、俺は裏道で奈美の帰りを待つ。
やることもなくぼんやりと待っていると、どこからか話し声が聞こえてきた。
「いやー今日もよかったよ。 それじゃあ次の撮影は土曜日だからまたよろしくね!」
「は、はい。 こ、こちらこそまた……よ、よろしくお願いします」
ーー撮影? モデルかなにかか?
少し気になり、その声のした方に目を向ける。
目を向けた先には近くのビルから出てきた、30代後半くらいのスーツを着た男と、俺と同い年くらいの女子がいた。
ーー多分あれ、女子高生だよな? この年でお金稼ぎとは……ん?
生のモデルなんて見たことがなかったから少し興味を持ち、その女子をよく見てみる。
なんだか違和感を感じた。
というより、どこか見覚えがあった。
ーーあれ、鷲尾じゃね?
前髪も分けているし、眼鏡も外しているから確信は持てないが、なんとなくそう思った。
俺の視線の先にいる2人は二言、三言会話をすると、その鷲尾と思われる女子は俺のいる方とは逆の方向に歩き始めた。
本人かどうか確認に行くほどの仲でもないので、俺はそのまま見送ることにする。
俺が女子を見送っていると、しばらくして同じく見送っていたスーツの男がどこかに電話をし始めた。
普段ならそこで興味をなくし、スマホアプリでも始めるのだろうが、今は両手に大量の荷物を持っている為それも出来ない。
本当にやることもないので、なんとなく興味本位で男の会話に耳を傾けてみる。
「はい。 ……えぇ、大丈夫ですよ。 本人も女優業に興味があるみたいで……えぇ、えぇ、ククク……上玉ですよ。 楽しみにしててくださいよ」
…………。
ーーあんな怪し過ぎる会話って存在するんだなぁ。
もはやテンプレとさえ思えるほどの怪しい会話をしている男にげんなりとしてしまう。
ちょんちょん
男の方を見て固まっていると脇腹を突かれた。
「先輩、どこ見てるんですか?」
俺が男の観察をしている間に、奈美がいつの間にか戻ってきていた。
「あの男の人がどうかしたんですか?」
奈美が視線を俺が見ていた方向に向けながら聞いてくる。
そんな奈美の声に電話していた男が俺たちの存在にようやく気づき、ビルの中に帰っていった。
「いや、なんでもない。 おかえり」
「? はい、ただいまです!」
男がビルに戻ったこともあり、なにより奈美をあんな怪しいことに巻き込むことは避けたかったのではぐらかすことにした。
「んじゃ、とっとと帰るぞ」
「? はい!」
奈美は俺の様子に少し不思議そうにしていたが、自分の分の荷物を俺から受け取り、俺たちは帰路についた。
ーーもしあの女子高生が本当に鷲尾なら……厄介なもん見ちまったなあ。
「はぁ」
「?」
この後に面倒ごとが起こりそうな雰囲気に堪らず溜息を吐いてしまう。