愛すべき後輩
秋山が連れ去られてしまったので、俺と奈美の2人だけで昼飯を食べ始める。
「明日からゴールデンウイークですね!」
奈美の中でさっきの怒涛の展開は過去のものになったらしい。
別の話題を持ち出してくる。
「あぁ、そうだな」
俺もさっきのことはどうでもよくなっていたので、普通に返す。
「ゴールデンウイークですよ? ゴールデンウイーク!」
「そんな連呼しなくてもわかってるよ。 そのゴールデンウイークがなんだってんだよ」
奈美がやけにハイテンションなのことも相まって、俺がものすごく冷めた感じにみえる。
「なんでそんな冷めてるですか! 長期休暇ですよ?」
「なんでと言われてもな。 つい先日まで学校に来るのがめんどくさい時は平気で休んでたしな……俺は奈美ほど休みという恩恵を感じない」
あの一件からはちゃんの学校に来るようになったが、それでもまだ数日だ。
数日前の俺は休むことに抵抗が全くなかった所為で、どうにも休みに対してのリアクションは薄くなってしまう。
「もう! ちゃんと学校に来なきゃダメですよ?」
「わかってるよ。 今は学校に来るのも楽しいしな」
やれやれと説教をしてくる奈美に、俺は微笑んで答える。
「まあそれは置いといてですね。 先輩、私とゴールデンウイーク遊びに行きましょ?」
どうやらそれが本題だったらしい。
「別にいいけどさ。 どこいくんだ?」
「5日間もありますしねー。 色々行ける分、悩みますね」
「…………ん?」
ーー5日間? たしかに休み自体は5日あるけども。
奈美の言い方に違和感を感じるので聞いてみる。
「なあ、まさかとは思うが毎日どこか遊びに行くつもりなのか?」
「えっ?」
驚いたように目を見開き、俺の方を見てくる。
まるで当たり前じゃないですか、なに言っているんだこの先輩と言わんばかりに。
「当たり前じゃないですか! なに言ってるんですか、先輩」
どうやら正解だったらしい。
「はぁ……悪いけど5日間毎日とか嫌だ」
「嫌ってなんですか……」
ーーなんかこんなやり取り前にしたな。
奈美と再会した日に秋山と似たようなやり取りをしていたことを思い出す。
ーーあれからまだ1ヶ月も経っていないってのがやばいよな。
新学年に上がってからあまりに濃い1ヶ月を過ごしたことを改めて感じ、思わず苦笑いしてしまう。
「先輩、なに1人で笑ってるんですか……。 私の話聞いてます?」
俺が物思いにふけっていると、奈美がジト目になり俺の方を見ていた。
「悪い、悪い」
「ふーん、どうせさっきのおっぱいのことでも考えていたんですよね」
「……もうそのネタはいいっての」
しつこく胸の話を引きずってくる奈美に、今度は俺がジト目を向ける。
「あはは、冗談ですよ! というか冗談であって欲しいです」
「あぁ、そうだな。 俺もそうであって欲しいよ」
なにが楽しいのか笑いながらそんなことを言ってくる奈美に、俺は呆れたように返す。
奈美は一通り楽しそうにした後、今度は頬を膨らませ少し不機嫌そうになった。
ーーほんと、表情がコロコロとよく変わるもんだ。
「それで? 休み中毎日、私と遊ぶのが嫌ってなんでですか!」
「普通に考えて、なんで毎日遊ばなきゃいけないんだよ」
俺はジト目のまま答える。
「えぇ? なんでって私が毎日、先輩と一緒にいたいから……?」
「最後なんで疑問形なんだよ」
「じゃあ、一緒にいたいからです!」
「……はぁ」
言い切ればいいという話ではない。
俺はここで奈美と再会してからしまくってる溜息が再びでてしまう。
溜息が軽く癖になり始めている気がする。
「心機一転、家の片付けがしたいんだよ。 それにきちんと墓参りにも行きたいしな……かなり放置しっぱなしだったしな」
そう。 俺はこのゴールデンウィークで、今まで逃げていた家族のことに時間を使おうと思っていた。
「うーん。 そういうことなら仕方がないですね」
少し不満そうだが、納得してくれたみたいだ。
ーーうん、それ以外にゲームがしたいと言うのはやめといた方がいいな。
家中の片付けも墓参りも本当だったが、ここ最近ドタバタが続いた所為で全く触れることのできなかったゲームがしたいというのも本音だった。
これからサボらず学校に来ることを考えると、こういう時に溜まっているゲームを消化したかった。
俺の本音に気づいていない奈美はうんうんと頷いた後、なぜかQRコードが表示されたスマホを俺に見せてきた。
「はい、先輩」
「?」
「なんでそこで不思議そうな顔するんですか」
ーーなんでと言われても、いきなりQRコードを見せられてもな……。
奈美は俺が本気で困惑しているのを察したのか説明してくれる。
「連絡先ですよ、連絡先! 先輩もしかしてラインを知らないんですか⁉︎」
「……」
ライン自体は聞いたことあるけども、これまでの俺は学校以外で基本的に誰かと関わるのは嫌だった為、誰とも連絡先は交換していなかった。
唯一、秋山とはゲーム機内でフレンドになっているが、それくらいだった。
「まさかこんな旧人類が身近にいたとは……ふぅ、とりあえずアプリ入れてください」
酷い言われようだった。
奈美が催促してくるので、俺は渋々この場でアプリをインストールする。
「はい、それじゃあスマホを少し貸してください」
インストールして適当にプロフィールを作ったら、奈美に俺のスマホを取られた。
そして奈美は俺のと自分のスマホを一通り操作し終えると返してくれた。
「登録しておきましたので、これで連絡取れるようになりましたよ……おじいちゃん」
「誰がおじいちゃんだ。 まあ、ありがとさん」
「いえいえ! どこに遊びに行くのか考えるんで、また連絡しますね……先輩からしてくれてもいいんですからね?」
「はいはい」
そんな感じで奈美との昼の時間は過ぎていった。
昼飯の時間が終わる頃に秋山が教室に戻ってきた。
なぜか怯えた仔犬のように、プルプルと体を震わせながら。
ーーなにされたんだよ……。
巻き込まれたくない俺はなにも声を掛けなかった。
奈美と連絡先を交換した夜。
俺は晩飯と風呂を済ませ、明日どこから掃除するか悩んでいた。
大掛かりな掃除は久しぶりだった。
ーー明日のことは明日の俺に任せよう。
考えるのが怠くなり、そんなことを思いながらベッドに入る。
ーー明日の俺、がんばれよ。 おやすみ。
トゥルルン トゥントゥントゥントゥン
寝ようとする俺の耳の側で、スマホから音が鳴りだした。
ーーうるせえ、なんだよ急に。
トゥルルン トゥントゥントゥントゥン
なかなか鳴り止まないスマホを手に取ると、画面には「愛すべき後輩 奈美」と表示されていた。
その画面に俺は色々とげんなりしてしまう。
「なんだよ、こんな時間に。 俺はもう寝るとこなんだ、愛すべき後輩の奈美さんや」
『そんな! 愛すべきだなんて〜〜』
トン
俺は通話終了のボタンを押してスマホを手放す。
そして再び眠りにつこうとする。
トゥルルン トゥントゥントゥントゥン
「……はぁ。 何の用だよ」
『いきなり切るって酷くないですか⁉︎』
「そんなこと言う為にまた掛け直してきたのか?」
明日は朝から本気出して掃除するつもりだったので、俺は早く寝たくて仕方なかった。
『違いますよ! 先輩、寝る前に少しお話ししましょ!』
「……しゃーねーな。 少しだけな」
この時、断っておけば良かったと、後で激しく後悔することになった。
次の日は盛大に寝坊し、目が覚めたら夕方になっていた。