嵐の後
「それにしてもとんでもない一日だったわね」
「ほんとにねー、疲れたよ」
「私も疲れました。 肉体的にも精神的にも……」
「奈美ちゃんは特にそうでしょうね」
帰り道、そんな会話をする3人を俺は後ろから眺める。
今後、俺はどうなっていくんだろうか。
仮面を外し"本物の基山圭"として生きていく。
それは一体どんな毎日になるのか。
そんなことを考えながら3人の後ろを付いていく。
しかし、俺の前を歩くあいつらの後ろ姿を見て、改めて思う。
ーーこいつらとなら、どんな未来が待っていようがきっと乗り越えられるだろうな。
なんてクサイことを考え、思わず苦笑してしまう。
なんだが恥ずかしくなった俺は3人から目をそらし、怪我をし、事情を話している時に応急手当をしてもらった右手に目を向ける。
ーーこれも逃げれなかった罰ってやつなのかもな。
「せ……い」
ーーまあでも、こんな罰を受ける必要はもうねーか。 なるべく早いうちに一応病院に……。
「聞いてますか、先輩!」
「ん?」
自分の世界に入り込んでいた俺の隣に、いつの間にか奈美がやって来ていた。
「すまん、聞いてなかった。 なんだ?」
「もー! 今日は怖い思いをしたので、慰めてください!」
あざとく頬を膨らませながら、そんなこと言ってくる奈美に、俺は思わず頬を緩ませ軽く遇らおうとする。
「そんなこと言えるだけの元気があるなら大丈夫だ」
「そんなことないですよ! ほらっ! お願いします!」
奈美が頭を少し下げて突き出してきた。
多分、撫でろということなんだろう。
「……ったく、今日だけな」
「えへへ!」
突き出してきた頭に手を置き、優しく撫でてやると、奈美は嬉しそうな声をあげた。
そんな奈美の様子になんだかホッとする。
「……なぁ、奈美」
「なんですかー?」
撫でられていることがそんなに嬉しいのか、返事の声が若干高くなっている気がする。
「明日の朝、少し早く家を出れるか?」
「? はい、大丈夫ですよ?」
今日は遅い時間という理由で返された為、俺たちは明日もう一度説明をしに学校へ来いと言われていた。
「俺ん家の場所教えるから、学校に向かう前に少し寄ってもらっていいか? 奈美を会わせたい人たちがいるんだ」
「あっ……はい、わかりました」
奈美は俺が会わせたいと思っている人たちが誰か察したのだろう。
その上で来てくれるという奈美の頭を、さらに優しく撫で続けてやる。
「ねーねー優子。 あの2人すごく良い雰囲気だよ……なんだか胸焼けしそうだよ」
「シーーー‼︎ あんな圭を見る機会なんてそうそうないんだから、あんたは空気を読むってことを覚えなさい!」
俺たちの少し前を歩き、俺と奈美をチラチラと見てくる2人のそんな声が聞こえてくる。
「聞こえてるぞ。 2人にもそのうち家に来てもらうつもりだから予定空けといてくれよ」
そんな俺の声に2人は顔を見合わせた後、笑顔で俺の方を向き、
「わかったよー」
「わかったわ! 楽しみに待ってるわ」
そう言ってくれる。
「あぁ、よろしくな」
その後、奈美に俺ん家の場所を教え、俺たちはそれぞれ帰路についた。
「ただいま」
言ってから気付いた、家に帰った時に「ただいま」なんて言ったのはいつぶりだろうか。
本当の意味で基山家の一員として、この家に帰って来たんだと実感し、俺はそのまま和室に向かった。
「改めてみんなただいま」
仏壇の前でもう一度言う。
「詳しい話は明日の朝話すけど、とりあえず俺さ、少しずつだけど前向いて生きていこうと思うよ。 だから……俺がまた道を間違えないように見守っててくれよな。 今日はそれだけ言いたかった」
今はそれだけ家族のみんなに伝え、俺は仏壇の前を後にした。
次の日の朝、奈美は普段の登校時間よりも早くに俺ん家に来てくれた。
「先輩、おはようございます!」
「おう、おはよう」
玄関の前にいる奈美に「入れよ」と手招きする。
「お、お邪魔します!」
「飯は食ってきたか?」
「あっ、はい! 食べてきましたよ」
「そうか、んじゃコーヒーかなんか飲むか?」
「そうですね。 じゃあコーヒーいただきましょうかね……ただ、その前にご挨拶してもいいですか?」
昨日の時点で察してくれていたであろう奈美は、まず挨拶がしたいと言ってくる。
「それもそうだな。 お湯を沸かしてる間に挨拶済ますか。 こっちの部屋だ」
「はい」
和室に向かう俺の後ろから奈美が付いてくる。
和室に入った後、「あっ」と口にした奈美は俺の前に出て、仏壇の前に正座した。
「やっぱりそうだったんですね」
「俺が小学6年生の時だった。 交通事故だったんだ」
「そうなんですか。 その後、先輩はこの家でずっと1人で……?」
「あぁ、親戚に無理矢理頼みこんでな」
奈美は仏壇の方を真っ直ぐ向いている為、俺からは横顔しか見えないが、奈美の目には薄っすらと涙が溜まっていた。
俺は微笑を浮かべ、そんな奈美の横に座る。
「父さん、母さん、柚子。 紹介するよ、こいつは俺の後輩の原田奈美だ」
「は、はじめまして! 原田奈美と申します! 圭先輩とは中学時代からの付き合いでーー」
俺たちは奈美の紹介から始まり、昨日のことを含めてこれまでの話をした。
お湯が沸くまでの短い時間だったけども父さんも母さんも柚子もきっと楽しんでくれただろう。
「さて、このコーヒー飲み終わったら学校行くか」
「はい、そうですね! ……先輩? 先輩のご家族とお話ししに、またお邪魔しに来てもいいですか?」
もじもじとしながら奈美がまた来てもいいか聞いてきた。
「ん? それは構わんが」
「私の勝手な妄想なのかもしれないですけど、先輩のご家族とはなんだか気が合うような感じがするんですよね。 あはは、変ですかね?」
少し困ったように、恥ずかしそうにそう言う奈美に、俺はもう一度微笑みかける。
「そんなことねーよ。 奈美は柚子と雰囲気が似てるからな。 父さんも母さんも自分の子どものように、柚子は姉のように感じてくれてるのかもな」
「えへへ、そうだと嬉しいです」
そこで話は一旦終わり、俺はコーヒーを一気に飲み切る。
しばらくしてチビチビとコップに口を付けていた奈美の動きが止まった。
「……ん? あれ? 私と柚子ちゃんの雰囲気が似てる? 先輩……もしかして私のこと妹としてみてませんか?」
……。
「……さぁ? どうだろうな。 ほら、そろそろ行かないと先生たちを待たしちまうぞ」
「ああ〜〜‼︎ なんでそこで誤魔化すんですか⁉︎」
俺は財布とスマホだけ持って、玄関に向かう。
「急がないと先行くぞ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! まだ飲み切れてないんですから⁉︎ 先輩? 嘘でしょ、せんぱーーい‼︎」
靴を履き替える俺の後ろから、奈美の叫ぶような声が聞こえた。
奈美を妹としてみているか……どうなんだろうな。
でも今までのように兄として奈美を守るだけというのは終わった。
これからは奈美も俺を助けてくれる。
頼られるだけでなく頼りながら前へ進んでいく。
そんなお互いが支え合っていく関係……それはまるで…………。
「はは、なんてな」
これからは俺と奈美の関係だけじゃない、大きく変わり始めるであろう未来に対して少しだけ前向きに、俺はその一歩を踏み出した。
第1章書き終えれました!
ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
詳しいことは活動報告でさせていただくとして、この作品をまだ終わらせる気はないことだけはこの場で伝えておきます!
本当にありがとうございました!