終わりへのカウントダウン2
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「基山君?何かいうことはありませんか?」
この授業を担当する俺の担任の先生は、俺の不真面目な授業態度を許してはくれなかった。
俺は伏せるのをやめ、先生の方を見る。
背が低く、大人の女性とは縁遠い「可愛い」という言葉がお似合いな戸田鈴子先生が俺の目の前に立っていた。
先生としての威厳を全く感じさせない姿、雰囲気から生徒には「鈴ちゃん先生」と呼ばれる始末だ。
そんな鈴ちゃん先生は頬を膨らませ「私怒っていますよ!」アピールをしながら俺を見ていた。
ーーあざとい。 毎回思うが、この人ほんとに年上か?
決して馬鹿にしているつもりはない。
まだ教師になって2年目という新任教師にもかかわらず授業自体はわかりやすく、そして生徒の思いの良い先生だ。
この学校では珍しい不良と呼ばれる俺をなんとかして正しい道を歩ませようと、去年からこうして俺に構ってくる。
ーーそういうところは今時の先生にしてはすげーなと感心するけど、見た目がな……いや、可愛いとは思うけど。
人として、先生としての中身は立派だと思っているが、見た目だけが本当に24歳なのか疑問に思ってしまうほど残念なのだ。
「……基山君? 声に出ていますよ? あのですね、私はちゃんと大学を出ていてあなた達よりも……(クドクド)」
思ったことが声に出ていたみたいだ。
俺の失礼な発言にさらに怒ってしまったのか、それとも可愛いと言われ恥ずかしくなっているのか、顔を赤らめながらクドクドとお説教タイムに入ろうとしていた。
ーーあぁ、この感じは長くなりそう。
去年からの経験でこういう時の鈴ちゃん先生の話は長くなることを感じた俺は素直に謝ることにした。
「悪かったよ、先生。 この後はちゃんと起きて授業受けるから許してくれよ」
普段素行の悪い不良生徒が雨の中で猫を助けている姿にギャップを感じるというのは、物語とはいえよく聞く話だ。
俺が意外にも素直に謝り、授業態度を正すと言ったのを聞き、鈴ちゃん先生は一瞬間抜けな顔をした。
そして、純粋な子どものように満面の笑みを浮かべ、
「はい! それじゃあ真面目に授業受けてくださいね!」
そんな言葉を残し、教卓に戻って授業を再開させた。
ーーちょろい……ほんと単純で子どもっぽい先生だな。
なんて失礼なことを考えてしまう。
俺はあんな悪夢を見た後で、もう一度寝ようなんて気には全くならず、鞄から教科書とノートを取り出す。
授業を真面目に受ける気なんてこれっぽっちもなかったが、先程イエローカードをもらったばかりの状態でやる気のない姿を見せてもいいことはないだろうと考え、せめてこの授業中くらいは形だけでも真面目な生徒を演じることに決めた。
「おー、珍しく授業をまともに受けるの? 基山」
隣の席の男がそんな俺の姿を見て話し掛けてきた。
「秋山……そんなわけないだろ。 これ以上注意を受けて、授業の妨害しても俺に得はないと思っただけだ」
話し掛けてきたこの男の名前は秋山晴人。短く揃えられた髪は茶色に染められている。
秋山と知り合ったのは高校生からだが、俺が学校内で気を許すことのできる2人のうちの1人だ。
秋山も俺と同じく素行があまり良くない為、周りから浮いた存在となっている。
--まあ俺がこいつに気を許しているのはお互い素行が悪く、浮いた存在だからってだけじゃないんだがな。
「やっぱりね! 基山がまともに授業受けるとか似合わないよなー」
「あぁ?……少なくともお前よりは全然ましだ」
持ってきている鞄の中身が空っぽの秋山にだけは言われたくない。
お互いに軽口を叩き合っていると、秋山がふと何かを思い出したかのように話を振ってくる。
「そういえばさ、なんか今年の1年にめちゃくちゃ可愛い子が入ってきたらしいよ」
「あー、そうらしいな」
まだ始業式から1週間と間もないにも関わらず、 新入生に可愛い子がいるという噂が学校内で広まっていた。 俺も休み時間中などに教室や廊下で他の生徒がそんな話をしているところを耳にしているが、俺には関係のないことだと聞き流していた。
「あれー? 基山はあんま興味ない感じ?」
「そうだな、特に興味はねーな」
「つまんない男だねー。 まあいいや、今日の授業後に一緒に見に行こうよー」
「行かねーよ。 行くならお前一人で行ってこいよ」
興味がないと言っているのに、そんなことどうでもいいと言わんばかりにマイペースに誘ってくる秋山に俺は冷たく返す。
「そんなこと言わずにさ、一緒に行こうよー。 基山が授業後まで残ってる日が来るまで見にいくの我慢してたのに!」
俺は春休み気分が抜けず、2年生になってから1週間、早退や欠席を繰り返していた。
今日が2年生になって初めての午後の授業だった。
「忙しい。 興味ない。 嫌」
帰宅部だから授業後にやることなんか特に何もなかったが、秋山について行って噂の1年生を見に行ったところで何かあるわけでもなし、それなら家に早く帰りたい俺は誘いを断る。
「えぇ……忙しいってなにか用事でもあるの?」
……。
「……昨日やってたRPGのゲームがいいところだから続きが気になる」
別に間違ってはいない。 実際、昨日はRPGのゲームをやっていたし、物語の続きは気になっていた。
「ダウト! ここ最近オンラインになってないことはわかってるんだからな!」
まるで「論破した!」と言わんばかりにドヤ顔を決めてくる秋山にイラッとくる。
しかも指摘するところが忙しいの中身のことではなく、俺が実際にゲームをやっていたかどうかというズレた指摘をしてくるあたり、アホなんだろう。
そんな秋山に対し、溜息を吐きながら俺は返す。
「はぁ……最近はオフライン表示にしてゲームしているからな」
「えぇ! なんで?」
完全に論破したと思っていたことに返されるとは思わなかったのだろう。 秋山の顔がドヤ顔から驚いた表情に変わる。
「そりゃ誰かさんが人がRPGのゲームやってる最中に通話用のパーティとか、ゲーム内スクワッドへの招待の通知を送ってきて鬱陶しいからな」
「えぇ……その誰かって俺のことじゃん」
「そうだよ。 参加するまで何度も通知送ってきやがって。 しかも都合良くムービーの最中ばっかりに」
秋山とゲームをやること自体は嫌じゃない。 しかしこの男は俺がオンラインになる度に通知連打してくる。 そういうところは鬱陶しくて仕方ない。
「だってせっかくなら一緒にゲームしたいじゃん!」
「春休みに飽きるほどやったじゃねーか」
「俺はもっと上のランクに行きたいの!」
別に意図して話題を変えたつもりはなかったが、噂の1年生の話からゲームの話にすり替わったので、俺は話を合わせることにした。
「エンジョイ勢の俺たちじゃこれ以上は厳しいっての」
「じゃあもっとガチになって上手くなろうぜー」
「無理だな。 俺もお前もそういうのキャラじゃない」
「んー、まあそうだけどさ」
この後、話が盛り上がるにつれて大きくなる俺たちの声に、とうとう我慢できなくなった鈴ちゃん先生に再び注意を受けるまで俺たちはゲームの話を続けた。