焦り
♦︎♦︎♦︎
「圭‼︎」
「ここか! 基山‼︎」
そんな勢いよく開いた扉の音と共に、俺が唯一この場所のことを話した2人が焦ったように声を荒げながら駆け込んできた。
駆け込んできた2人に俺は訝しげな目を向ける。
「んだよ、2人して。 そんな大きな音出して扉開かれちゃ、他の奴に屋上の存在がバレるかもしれねーだろうが」
屋上は俺の一番のお気に入りの場所なので、屋上の鍵のことを話したこの2人以外には気付かれないたくなかった。
先生にバレるようなことがあれば即、鍵が変えられてしまう可能性もある。
そうした理由から2人の焦っている様子よりも、屋上の存在がバレてないかの方が気になった。
しかし、今の2人には屋上のことは二の次らしい。
「屋上なんてどうでもいいわよ! なんで今日に限って教室にいなかったのよ!」
「とにかく急いで探さなきゃ‼︎」
ーー2人してなんだよ一体……。
いまいち事態の読み込めない2人の反応に困惑する。
「落ち着けよ、なにがあったのかちゃんと一から話してくれ。 よくわかんねーよ」
「「落ち着いてなんていられないよ(わよ)」」
「あぁ?」
なにをそんなに焦っているのか。
焦りの所為でなかなかその内容を話さない2人にイラッとくる。
「はぁ……ったく、早く話せっての」
しかし、ここで俺まで冷静でなくなっては話が進まないと思い、一息ついてから改めて聞いてみる。
「いい、圭? 落ち着いて聞きなさいよ?」
ーーいちいちまわりくどいな……まずはお前が落ち着けよ。
内心そんな風に呆れ、黙っている俺の態度を肯定と捉えたのか、本田はようやく話をし始める。
ーーどうせいつもどおり、くだら……。
「奈美ちゃんが攫われちゃったのよ‼︎」
……。
「………………は?」
本田の言った内容がよくわからない。
ーー奈美が攫われた? 学校で? 一体誰に……ッ⁉︎
俺はここで、月曜に昼飯を食べている時に感じた、殺気を放っていた人物を思い出した。
あの殺気は間違いなく俺に向けられていたものだ。 だからなにかあるとしても俺だろうなんて思い、深くは考えていなかった。
ーーもしあいつの狙いは最初から奈美で、俺が奈美に近づく邪魔者だと感じたからこそのあの殺気なんだとしたら……。
軽い冗談のつもりで悪質なストーカーなんじゃないかなんて言ったが、もし本当にそうだとしたら……辻褄は合い、これ以上ないほど簡単な推理だった。
ーー馬鹿か俺は! なんでこんな簡単なことが考えられず、あの時の人間を放置していたんだ!
ズキッ
「ッ⁈ ……おい‼︎ なにがあったのかちゃんと話せ‼︎」
酷い頭痛がした。 しかしそんなことは今はどうでもよく、俺は2人に無意識に近い感覚で問い詰めるように事の事情を聞いた。
2人の話では、俺の迎えに来た奈美は俺が教室にいないことを知り、ここにいる2人と共に俺のサボり場所を回ろうとしていたらしい。
しかし、その前にトイレに行くと言った奈美がなかなか戻って来なかった為、本田が様子を見に行ったがその場に奈美はいなかった。
代わりに奈美が手を拭くのに使ったと思われる少し湿った女物のハンカチが落ちていた。
それを不審に思った本田はトイレに一番近いところにある教室に向かい、残っていた人に尋ねてみると、少し前に小さかったが呻き声みたいなのが聞こえた気がしたと言われたらしい……。
"バンッ"
そこまで聞いた段階で、俺は扉の前にいる2人を押し退け走り出していた。
ズキッズキッ
「……ッ!」
2人の話を聞いてから頭痛が止まらない。
そしてその所為かなかなか思考も定まらない。
ーーそんなこと……どうでもいい。 どこだ、考えろ……俺ならわかるはずだ。
金曜の授業後で学校に残っている人間がいつもより少ない。 だからこそ犯行だろう。
しかし人が少ないとはいえ、人が来る可能性のあるところにいることはないだろうと考えられる。
ーーだとしたら人通りの少ないところ……つまり、俺のサボり場所にしているどこかか……?
しかし秋山と本田がまず俺のところに来たことを思い出す。 俺を探していた雰囲気から察するに俺のサボり場所はいくつかまわったと考えられる。
ーーいや、だとしたら……あの2人がすでに見つけているか? 冷静になれ、俺……。 いくら奈美が小柄とはいえ、人1人抱えて、誰にも見つからず遠くに行くことは不可能なはずだ……なら2年の校舎か? あの校舎にそんなとこあったか………?
2年の校舎に向かいながら考え続ける。
ーーいや、1箇所あるな……俺も使っていない、2人に教えていなくて知らない場所が。
この校舎は元々あまり使われていなかった校舎らしいのだが、数年前に在学していた勉強熱心な先輩方が、もっと静かな教室で勉強がしたいとのことで、この校舎を再び使用することにしたらしい。
それ以降、2年生はこの校舎の二階を教室にするという流れになったと、前に本田が話していた。
つまり、この校舎の三階は空き教室だらけなのだ。 昼飯の時に、その空き教室に集まって食べるグループがいたりして、人が全く来ないというわけではないが、人通りの少ないことは確かだった。
俺は去年、この話を本田に聞いた時にこの校舎の三階に訪れてみた。 人通りは少なかったが、確かにチラホラと三階を訪れる生徒はいた。
しかし、そんな中で一箇所だけ絶好のサボり場所が存在していた。
階段から一番奥の教室で、かつては音楽室だと思われる場所があった。
さらにその中からしか入ることのできない準備室のような小部屋が存在する。
三階を訪れる生徒たちも、その小部屋にまでわざわざ入ることはなかったし、その小部屋には防音設備まであって、絶好のサボり場所だと考えたのを思い出す。
しかし、物置部屋のように扱われていたのか物が溢れかえり、埃塗れの状況に掃除をする気が起こらなかった俺は、サボり場所の候補からその小部屋を外していた。
だからこそ2人にはその小部屋の話はしていなかったし、俺も今まで忘れていた。
ーーでも可能性があるのはそこしかない……俺が相手の立場ならそこを選ぶ……。
ズキン
「ッ……」
酷い頭痛の所為で意識が朦朧とし始めている中、俺はその小部屋に向かって急いだ。
ーー頼む、間に合ってくれ……もう嫌なんだ……。