揺れる心
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先輩と再会し、自分の思いを伝え、そして先輩に拒絶されたその次の日。
私は再び悩んでいた。
中高時代の恋愛からそのまま上手くいく人間なんてそう多くはいない。 その時の一時の感情の昂りで恋愛感情なんて大きく変わってしまう。
実際、私もそうなのだろうなんて考えてしまう。
先輩がいじめから助けてくれた時の昂ぶった感情が、憧れから恋愛感情に変えたのだろう。
その勢いのままあの日まで私は先輩にアプローチを続け、あの日以降の後悔から今は同じ高校にまで入学した……先輩への行動は全て助けられた日の昂ぶった感情の延長でしかないようにさえ思えてしまう。
そして昨日、先輩は私を助けてくれた人間はもういないと、後悔もする必要はないと、基山圭という人間を忘れろと言ってきた。
私はこの学校に入学してから先輩のことばかり考えていて、他の生徒のように充実した学生生活を送れていないことは事実です。
先輩の言うように先輩のことは忘れてしまって、私たちはお互いに別々の道を歩むほうがいいのかな。
考えれば考えるほどマイナスなことばかり出てきてしまう。
だけど先輩への熱が冷めることは一切なかった。
だから私は悩み続けるしかない。
今日も結局、自分の中で意見が固まることなく授業後を迎えてしまった。
帰り支度をする私の前に誰か来た。
ーーまた彼らだろうか……毎日毎日ほんとにしつこいな。
行き場のない自分の感情にイライラしていた私は心の中で悪態を吐いてしまう。
いい加減キツく断ろうと思った私は顔を上げると、
「原田さんを借りていくわね」
懲りずに今日も部活勧誘に来ようとする男子たちに、断りを入れている本田先輩がいました。
その後本田先輩に少し話をしないかと言われ、私たちは再び屋上に来ました。
「それで、お話ってなんですか?」
心に余裕がない所為だろう、語気が強くなってしまっているのが自分でもわかる。
「そんな怖い顔をしなくても大丈夫よ。 肩の力を抜いてリラックスしなさい?」
「そんなこと言いに来たんでしたら帰らせていただいてもいいですか?」
そんな風に言ってしまう自分の弱さに、醜さに本当に嫌気がさしてしまう。
「ふぅ、まったく……昨日、圭となにがあったの?」
本田先輩は軽く溜息を吐いた後、本題をぶつけてきました。
「原田さんが圭と無事会えたことは圭から聞いたわ。 お礼も言われたと。 でも圭の様子からも、なにより今のあなたの様子からもただお礼を伝えただけとは思えないのよね」
本田先輩は私の様子を伺いながら話を続ける。
「圭と原田さんが実際はどんな関係なのかは私は知らない。 でも昨日2人になにかがあって、2人ともが傷ついていることはわかる。 私はそんなあなたたちを助けたいと思っている。 もう一度聞くわ、昨日なにがあったの?」
まだ話すのだって二回目だというのに、なんでこの人はこんなに私の心に踏み込んで来ようとするのだろうか。
なぜだか無性にイライラしてしまう。
「ほんとお節介な人ですね。 本田先輩にはなにも関係ないことじゃないですか。 私と先輩の問題に首を突っ込んで、それで簡単に助けたいなんて口にして……自分を過信し過ぎてるんじゃないですか?」
行き場を失っていたものが言葉に出てきてしまう。
なにかスイッチが入ってしまったのかそれは止まらない。
「私は昨日、先輩に伝えたいことを話して……その上で私と先輩の関係はなくなり、それぞれ別々の道を進もうってなったんですよ‼︎ 今の先輩と私はもう無関係な人間なんです! ただ同じ高校に通ってるだけの先輩と後輩でしかないんです‼︎」
今日一日考えていたマイナスなことが口から溢れでてきてしまう。
ーーそうだ。 先輩はもう変わってしまった。 今の先輩に必要なのは、助けれてあげられるのは私じゃない……。
「あんな風になってしまった先輩なのに、ちゃんとその先輩の本質を理解してあげられてて……今の先輩を助けてあげられるのはあなたじゃないですか! 私のことなんか気にしてる暇があるなら先輩の助けになってあげてくださいよ!」
ーー先輩に必要なのは私じゃない。 目の前の本田先輩のような人なんだ……。
「先輩を過去から、現実から、そんな苦しみから救ってあげてくださいよ……私じゃあもうダメなんですよ」
最後は絞り出すように、自分の思っていることすべてを話していた。
ーーこれで先輩とは終わりですね。 でも、これで……。
先輩のことは本田先輩に任せる。 そして私はこれで終わりなんだと思い、本田先輩からなんて言葉が返ってくるのかと顔を上げる。
顔を上げた先にいる本田先輩はなぜかものすごく呆れた顔をしていました。 「任せなさい」と堂々としているわけでもなく、私の言葉や言い方に怒っているわけでもなく……呆れた顔をしている。
「2人してほんと素直じゃないというか、なんというか……原田さん、あなた自分で気づいてる? 最後の方なんか、圭を助けてやってくれとしか言ってなかったわよ」
「……」
ーー先輩のことは本田先輩に任せる。 これはそのけじめみたいなものなんです。 だからなにも間違ってなんか……。
「お互いに別々の道を進むでしたっけ? もし本当にそれが望みなら私に助けてやってくれなんて頼まずに、圭のことなんか放っておけばいいじゃない」
本田先輩の言うことはごもっともだ。 私が本気で先輩のことを諦めるならあんなことを頼む必要なんかはない。 ただ先輩との関係は終わりましたって話も終わらせたらいいはずだった。
「たしかにそうですけど。 でも……」
「本当は圭のことが放っておけないんでしょ? つまりはそういうことよ!」
「……ッ」
ーー本当は自分でも気づいている。 私は先輩のことを諦めきれないことが……どんなに取り繕ったって諦めることなんて。 だけど先輩はそれを望んでなんて……。
「ちなみに、原田さんを助けてやって欲しいと私に頼んで来たのは圭よ」
「そ、それってどういうことですか?」
本田先輩の言葉に本気で困惑する。
わけがわからないです。
先輩から頼まれたから、本田先輩は私を助けようとしている?
「多分だけど、圭も気づいてないんでしょうね。 原田さんのことが心配で心配でしょうがない自分に。 頼んできた時の圭の顔なんて自分の行動に疑問を抱いていたのかアホみたいな顔してたわよ」
「先輩が私のことが心配で仕方ない……」
本田先輩は先輩に頼まれた時のことを思い出したのかクツクツと笑いながら話を続ける。
「関係を切ろうとしている子の学生生活を楽しめるように助けてやってくれって、そんなこと自分の友人に頼む人間なんて普通いないわよ」
本田先輩のその話を聞いて、少しだけ心が暖かくなった気がします。
それと同時に疑問も生まれました。
「じゃあなんで……先輩は私を拒絶するようなことを」
あの日、私が先輩から逃げてしまったことで修復不可能なほど私たちの関係が壊れてしまっているのなら仕方ないです。
だからこそ、昨日の先輩の言葉で私たちは実際そうなってしまったんだと思った。
ーーでも、先輩は私のことを心配してくれている。
私も大概だけど、それ以上に矛盾したことをしている先輩に疑問を抱きます。
「圭の過去になにがあったのかは知らない、圭にとって原田さんがどんな存在なのかも知らない。 でも今の圭を知っている私としては、圭が原田さんを拒絶した理由の本質はあなたを守る為なんじゃないかと、私はそう思うわ」
先輩はいつだって私を守ってくれていた。 そんな先輩を助けたいと思ってここまで追いかけてきたんだ。
「拒絶された理由の本質……守る為……」
「えぇ、原田さんも今の圭が周りからどんな風に映っているかはもう十分理解出来てるでしょ? そんな圭が原田さんの側にいるとあなたが困ってしまうと、そう考えてもおかしな話ではないでしょ?」
その話を聞いて私はハッとしました。
ーーそうだ。 昨日、先輩は自分の為だけではなく、私の為のお別れと言いました。
本田先輩の言う先輩の言葉の本質は、私の自分勝手で都合の良い解釈なのかもしれない。
ーーでも、それでもいいじゃない。 だって私が先輩のことを諦めきれてないんだから!
あの日から悩み続け、高校に入学してからも迷い続けてきて、先輩からは直接拒絶までされたけれども……。
私の中で先輩への気持ちだけは変わらなかった。
この二週間でブレまくっていた私の心が、モヤモヤが晴れて今度こそしっかりと固まり始めている。
「もう一度言うけど、私は圭の過去になにがあったのか知らない。 高校生になってからの圭しか知らない。 だから今の圭の助けにはなってあげられるけど、本当の意味で救ってあげることはできない。 それができるのはあなたしかいないんじゃないかしら? もし原田さんと圭が別の道に進むということを本気で望んでいるのなら、これ以上私はなにも言わ……」
「本田先輩、ありがとうございます。 もう大丈夫です」
私を諭そうとする本田先輩の話を遮る。
ーーもう迷わない。私がしたいようにやる。
話を遮った私の顔を正面から見つめてくる本田先輩の顔を見つめ返し、今度こそ固まった私の覚悟を口にする。
「私が先輩を救ってみせます!」