変わりゆく日常
昼飯を4人で食べた後の午後の授業時間。
俺は午前中とは違ってしっかりと寝ることができたので、あっという間に終わった。
授業後、秋山は本田に呼ばれているとのことで一緒に帰れないらしく、俺は一人で帰ることになった。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると、またしても奈美が校門で待ち伏せしていた。
「先輩! 一緒に帰りましょ!」
本日四度目の……(以下略)
今日も今日とて多くの生徒が授業後に部活を頑張っている。
この学校では少数の帰宅部所属の俺と、帰宅部になりつつある奈美は部活を勤しんでいる彼らを横目に学校を出る。
今日1日を通して、奈美を強く拒むことができていない。 今もこうして一緒に帰ることを許可したわけではないにしても、拒むことはしないで一緒に帰り道を歩いている。
朝の登校時間と同じように奈美が今日あった出来事を楽しそうに話し、俺がそれに対し相槌を打つ。
そんな何気ないひと時に心が安らいでいくのがわかる。
金曜に奈美から宣戦布告を受け、土日に考える時間を与えられ、そして今日1日を過ごし……。
たしかに俺の中にはこれまでなかったなにかが生まれた……いや、存在していたような感覚がある。
もしかしたらこれが奈美の言う、俺の本質とやらに繋がるなにかなのかも知れない。
"優等生の基山圭"という仮面の剥がれた今の俺には、それがなにかはまだわからない。
ーーけど、本当にこれでいいのか? 俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしていないか?
今日の昼飯の時間を思い出す。 教室で俺たちのことを遠巻きに奇異な目で見てきていた奴ら。
「……ぱい? …………か?」
ーー冷静に考えてみろ。 今の俺とこいつじゃ……
「先輩ッ!」
「ん?」
どうやら考えることに集中しすぎて、途中から奈美の話が聞こえなくなっていたらしい。
「悪い、聞いてなかったわ。 なんだ?」
「せっかく一緒に帰っているんですから、もっと私とお話ししてくださいよ!」
ぼーっとしている俺に気付いた奈美は頬を膨らませ、「もう!」とあざとく怒っていた。
「まったく! そういえば今日の昼ご飯の時になにかあったんですか? 秋山先輩も気をつけろとかなんとか言ってましたけど」
あれだけ意味深な感じで終わらされたら気にするなという方が難しいだろう。 あの視線は俺に向けられていたものだったし、話してもいいかと思い説明することにした。
「あー、誰かが俺たちの様子を観察してたんだよ。 それがどんな奴だったのかまではわからなかったけどな」
「誰か……ですか? まあ、見なれ慣れすぎちゃって私はあんまり気にしませんけどね」
有名人の奈美にとって人からの視線はもう気にならないらしく、奈美は軽く流そうとした。
「ただの奈美のファンってだけならいいんだけどな。 あれは俺に向けられてたものだったし、なにより殺気にも似た嫌な感じだったからな」
「殺気ですか? それが本当なら怖いですね……」
「まあ殺気って言っても、俺も秋山も感覚的なもので言ってるからあんまり確信があるわけじゃねーけどな」
俺も秋山も普段の行いの所為で周りから嫌悪感のある視線を向けられることはよくある。 だけどこの学校でそれを行動に移せる人間はこれまでいなかった。
だから俺は今回も軽い気持ちで考えていた。
「そうなんですか。 一体、誰なんですかね?」
「さあな。 奈美の悪質なストーカーじゃなきゃいいな」
「やめてくださいよ! 普通に怖いですよ……あっ!」
俺がニヤッと笑い軽い冗談を言うと、奈美は一瞬嫌なことを考えたのか渋い顔をしたが、その後すぐに「閃いた!」というように奈美の顔に輝きが戻った。
「私、ストーカー怖いです。だから先輩、明日からも一緒に登下校お願いしますね!」
「……」
そんな奈美の提案に、自らドツボにはまりにいってしまった気がした。
「さて、登下校の約束も取り付けれたので暗くなるような話はやめて。 もう一つ聞いていいですか?」
「……なんだよ?」
別に登下校の件を承認したわけではないが、決定事項のように言う奈美にげんなりとする。
「先輩って家でしかトイレできなくなってしまったんですか?」
……。
「違う」
この学校の情報ネットワークはどうなっているんだ。
新年度が始まってから早いもので、三度目の金曜を迎えた。
あれからも奈美は積極的に俺に関わってきていた。 昼飯は自分のクラスで食べるようになったが、登下校は毎日一緒にしていた。
奈美と接することで日に日に暖かい気持ちが俺の中で大きくなっている。
今日も奈美と一緒に登校した俺は自席に座って改めて現状を考える。
奈美とまた一緒に行動するようになってもう1週間経った。
奈美といる時間が心地の良いものになっているのは認める。だが、流されるようにこのまま心地の良い時間に身を任せていいのか。
僅か1週間という短い時間で、俺といることで奈美にも変な噂が出始めてるなんて話も聞く。
ーーそれになにより俺がいつ、またあの日のように……。
俺はこの1週間、同じようなことを考え続けていた。
しかし、今の俺が持ち合わせている感情だけでは答えなんて出るはずなかった。
なぜだかいつもよりもモヤモヤとする。
そんな気持ちを少しでも晴らそうと久々に屋上に行く。
屋上は使用禁止とされているが、俺が高校に入学してすぐの時にサボれる場所を色々探していると、屋上に繋がる扉の鍵が古くなり壊れているのを発見した。
他にも人通りの少ない場所は見つけたがこの屋上に関しては間違いなく誰も来ない為、俺はここが気に入っていた。
四月も終わりが近づき、ポカポカと暖かい太陽の光と心地良い風が吹く中、俺は横になり気分をスッキリさせようとする。
次に気付いた時にはすでに日が沈みかけていた。
どうやら春の心地良さに身を任せ、いつの間にか寝ていたらしい。
ーー午後の授業サボっちまったな。 まあいいか、荷物取りに教室戻るか。
俺は立ち上がり、制服に付いた汚れを叩いていると、
"バンッ"
「圭‼︎」
「ここか! 基山‼︎」
そんな勢いよく扉が開いた音と共に、俺が唯一この場所のことを話した二人が焦ったように声を荒げながら駆け込んできた。