宣戦布告
あれから数日が経つ。
本田に奈美のことを気にしておいてくれと頼んだ後日、「覚悟しときなさい」なんてよくわからんことを言われたが、その本田の様子に変わった点はなかったし、当然だが奈美ともなにもない。
奈美との再会から家にいると家族のことが頭をよぎってしまうことが増え、俺は家に居づらくなっていた。
長期休みボケからも回復しつつあったこともあり、ここ数日間はちゃんと朝から登校を続けていた。
授業中は机に伏せて寝ていたり、秋山で遊んだりと真面目ではなかったが。
授業後もすぐに家に帰る気が起こらない為、俺がサボり場所として利用しているところでのんびりしてから、寝る為だけに家に帰るという生活がここ数日間続いていた。
新学期が始まって二週間目も最終日の金曜となった。
俺はこの日も朝から登校し、秋山が来るのを待つ。 しかし、HR開始の時間になっても秋山が来ることはなかった。
ーー今日はサボりか。
秋山はなぜか遅刻して学校に来るということはしない。
朝から登校するか、丸一日休むかの二択しかなかった。
つまり、この時間になっても姿を見せないということは今日は休むということだろう。
ーーいないといないでつまんねーな。
1人でいることは別に苦でもなんでもないが、普段騒がしい奴がいないと寂しいものだ。 なんてらしくもないツンデレみたいなことを考えつつ、机に伏せる。
その日の授業もほとんど寝て過ごした。
授業後、せっかく秋山がいないことだし久しぶりにゲームショップでも寄って帰ろうと思い、サボり場所には向かわずそのまま学校を出ようとする。
ーー秋山がいるとマルチプレイ推奨のゲームばっかおすすめしてきて鬱陶しいからな。 なんかどハマりするようなRPGゲーとか出てねーかな。
朝の寂しいと感じた気持ちなんか一切なくなっていた。 むしろ好都合なんて考え、スマホを取り出し最新作のゲームで面白そうなものがないか検索しながら、校門へ向かって歩いていく。
「先輩」
周りを気にせずスマホの画面だけを見ながら歩いていた為、校門の前にいる人物に気づかず近づいていたらしい。
この学校で俺のことを「先輩」なんて呼び方してくる人間は1人しか心当たりがいない。
俺は手元のスマホから顔を上げ、呼び掛けてきた人物の方……奈美の方を見る。
奈美はなぜか半眼で俺を見ていた。
半眼の理由もわからんが、それ以前になぜ再び俺に声を掛けてきたのかわからない。
俺は前に拒絶をはっきりと伝えたはずだ。
俺と奈美が再び相まみえることはないと思っていた。
しかし、それでも俺に声を掛けてきた奈美に、俺は黙ったままでいる。
奈美は半眼のまま口を開いた。
「ここ最近毎日、ここで先輩の帰りを待っていたのに先輩、全然現れないし……いったい学校内のどこほっつき歩いてたんですか!」
反抗期で家になかなか帰ってこない思春期息子の母親か! と思わず言いたくなったが口にはしない。
ーー帰りを待っていた……ね。
なぜ待っていたのかはわからないが、俺の心は拒絶した日と同じように冷めていく。
「俺が授業後、どこでなにしてようとお前には関係ないだろ」
とりあえず奈美の質問を遇らうように返す。
そんな俺の態度に前は少し怯んでいたのに、今回はそんなこと全くなく奈美は堂々としていた。
「ふぅ、まったく! 素直に答えてくれるとは思っていませんでしたけど、まあいいです。今日は先輩に一つ、宣戦布告しようと思って待ってました」
奈美はやれやれといった感じで首を振る。
そして先日と同じように……いや、それ以上に顔を引き締め直しそんなことを言ってきた。
「先輩、私はやっぱり先輩とのこと諦めないことにしました。 今の先輩がどんな思いで、どんな事情で私を拒絶しようとしたのかはもう知りません」
「じゃあどういう……」
「なんせ先輩は自分勝手に拒絶を口にしただけだったんですからね。 だから私も自分勝手に解釈して、そして諦めないという結論に達しました!」
あの時の俺と同じように一方的に自分の思いをぶつけてくる。
そんな奈美の言葉に俺は本田から言われたことを思い出した。
ーー覚悟しときなさいってこういうことか。
合点がいった。
本田は俺の頼みを聞いて、実際に動いてくれたのだろう。
そして本田は俺が頼んだ時、俺と奈美のことでどうするかは本田自身が決めると言っていた。 つまりはそういうことだ。
「本田になにを言われたのか知らんが、少し冷静に考えろ。 俺とお前の関係は終わった……いや、そもそも今の俺とお前は元々関係なんてないんだよ。 こんな無駄なことに時間を割いている暇があるなら自分の為に使いな」
今ここにいる俺は奈美の知っている"優等生の基山圭"なんかじゃない。
それをもう一度伝え、今度こそ関係を切ろうとする。
しかし、奈美はそんな俺の言葉には全く動じなかった。
「たしかに本田先輩の言葉に動かされた部分があることは否定しません。 でも、これは間違いなく私自身の決意です!」
「あのなぁ……」
「先輩になにを言われようがもう関係ありません。 前に私の知っている先輩は死んだと言いました。 けど、私は先輩の本質はなにも変わっていないと信じると勝手に決めました。 それに先輩の言う無駄な時間が、私にとっての私の為の時間です」
「……ッ」
真っ直ぐと自分の思いを伝えてくる奈美に、逆に俺が怯み黙ってしまった。
俺は奈美のこういう真っ直ぐなところが好きだ。 妹の柚子も同じように真っ直ぐな性格をしていた。
そんなどこか柚子と重なるこいつを俺はたしかに目を掛けていた。
まるで"優等生の基山圭"としてではなく、誰か別の人間としてのように。
家族を失った日に俺は一度壊れてしまった。
そんな自分から逃げるように、自分を偽る為に俺は仮面をつけるようになった。
誰に対しても優しく、元々俺に備わっていた運動能力の高さを利用して"優等生の基山圭"の仮面をつけ、演じるようになった。
しかし、あの日"優等生の基山圭"という仮面が剥がれ落ちてしまった。
だから奈美の知っている基山圭という人間は死んだと言った。
しかしそんな人間じゃなく、俺の本質を信じると言ってくる奈美に俺はなにも返せない。
そして奈美の話しは続く。
「別に理想の先輩を押し付けたりはしないですよ、そんなことしても意味なんてないですし。 あくまで先輩の本質はずっと変わっていないということだけを信じて、"本当の先輩"の側にいたいだけです!」
「……」
最後は笑顔でそんな風に力強く言ってくる。
ここにいる俺という人間が"優等生の基山圭"ではなく"不良と呼ばれる基山圭"ということを理解した上で、近づいてこようとしているのだ。
"優等生の基山圭"という仮面が外れた今、俺は俺に唯一残っているものは闇しかないと思っている。
しかし、奈美はそうじゃないと、俺には本質という名のなにかが残っていて、それを信じ側にいると言ってきている。
なにも言い返せるはずがなかった。 俺にはそれがなにかわからないのだから。
「そんなわけで先輩! 今日のところはこれで帰りますが、来週からは覚悟しといてくださいね! 私の考える最高の高校生活の為に、私も精一杯動きますから!」
「……」
黙ったままでいる俺に、奈美は笑顔でもう一押し言葉を残して帰っていった。
前とは逆に校門前で佇む俺の横を、ある集団が学校の外へ走り抜けていった。
きっと前と同じでどこかの部活が練習の一環で今から走り始めるのだろう。
俺はその集団がどこの部活かもわからないほど放心状態となり、その場でただ静かに立ち尽くした。