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8話・完治のお礼を告げる瀕死の色男 2

2話目更新

 笑える話をしましょう。ハハッ。……ハァー。


 逃亡したのに、追跡者を助けた私。

 ここなら簡単に見つからないと逃げ込んだのに、その隠れ家に追跡者を連れ込んだ私。

 何やってんだろうなー、私。

 私が持つ切り札は、残りひとつ。


「そう簡単に下界へ帰れると思わないでくださいね! 私の助けがなければ、カークベルさんは途中でこの世とお別れなんですから! 無理やり捕縛して連れて行こうなんて実行したら、もっと酷い目に合わせてやる!」


 意識を回復した隊長さん改め、中央軍特務部・特殊第四部隊長ギルバート・カークベルに、私は両手を腰に警告した。

 だって、彼が起きぬけに私リンカ・レンショウに要求したのが、『一緒に本部へ来てくれ』なのだ。行きたくないから逃げてきたのに、素直に『はい、同行します』なんて応えるわけがない。

 ぎりぎりと眉と目尻を吊り上げた私を病衣姿のカークベルさんは足がはみ出したベッドから見上げ、束の間あっけにとられたような表情をしたものの、すぐに軍人の顔に戻って苦笑した。


「君が俺を……酷い目に?」

「ええ、とっても酷い目にです。聞いてますよね? 私がなんであるか」

「あー、翠の魔女の異名持ちだと」

「そうです。そして、ここはその魔女の本拠地です。こんな見た目の私ですが、ここでならこーんなこともできるんですよ?」


 民間人の小柄な娘が、戦いのエキスパートである軍人に対して何ができる? という本音が透けて見える苦笑いに、私はすまし顔で窓際に寄ると鎧戸を全開した。

 空は朝焼けに染まり、差し始めた陽光に森林に満ちていた肌寒さや朝露の冷たい匂いも消えかけている。

 肺一杯に濃厚な魔素(マナ)と空気を吸いこむと、葉を生い茂らせている蔦に目をやった。


「フォレンジュ、カークベルさんを拘束!」

「!」


 弱っている上に、私みたいな小娘を前にして油断していたのだろう。私の不穏な呟きを聞いても苦笑いを浮かべ続けていた男前な隊長さんは、次の瞬間絶句して固まった。

 回避しようとしても、もう遅い。

 窓から何本もの緑色の太い蔓が凄い勢いで飛び込んでくると、瞬時にカークベルさんの両手足や首に巻きついてベッドに磔にした。

 灰色の病衣に下着だけの隊長さんは、やっと自分が無防備な状態だってことに意識がいったらしい。

 いろいろと仕込んである戦闘服は、階下の隔離庫に放り込んでおいた。


「なっ、なんだ!? これは!」

「なんだって、見たままですよ? あ、力まかせに引き千切ろうとしても切れませんし、首が締まりますよ」


 カークベルさんは、木製ベッドが悲鳴をあげるほど必死に抗っていたが、蔦の拘束から抜け出せないと知ると静かになった。たぶん、途中で攻撃魔法を発動しようとまでしたのだろうが、不発に終わった状況に抵抗を諦めた様子。

 魔女の家で、他者が攻撃魔法を使えると思っているほうがおかしい。それでなくとも独り(ひとり)残される私を心配して、亡くなる寸前の【月の魔女】ことロンド婆ちゃんは、鉄壁の防御システムを構築してってくれたんだから。


 魔法は、行使した魔法使いが亡くなれば解けるのが通説だ。魔道具のように誰の魔力(マギ)であっても供給すれば永続的に作動するアイテムと違い、魔法は術者の力の一部だからだ。

 でも、防御機能として最初から術式構築し設置された魔法は、他の魔法とは異なる。動力源は中空を漂う魔素(マナ)であり、構築された術式が自動で取り込んで永遠に発動する。そこに、後で私のスキルも条件づけたことで、植物たちが防衛システムに加わった。

 ただし、魔法使いなら誰でもできるものではなく、異名持ちだからできる高位スキルだ。

 

「わかった……わかったから、こいつを解いてくれ」

「お断りします」

「君を侮ったりして悪かった。無理強いや強制はしないと約束する」


 私は窓辺からカークベルさんに近づくと、上から顔を覗き込んで無遠慮に見分した。

 

「……めまいや嘔吐感はありますか?」

「おい、いきなりなん――」

「この間の呪魔創傷、解呪はされたんですよね?」

「あ、ああ。担当治療士からは、そう伝えられている。あの時は、助かった。感謝する」

「お礼や挨拶は後程で結構です。その傷、いまだに痛くありませんか? じくじく疼くような」


 余計な話を挟みこまれないよう矢継ぎ早に問診を繰り出し、その間に病衣の前を躊躇なく捲る。


「痛みはまだあるが、これは傷が治りかけの時に――」

「誰がそんな説明をしたんですか!? 呪いもありましたが、基本は魔創傷ですよ? 治療が完璧なら、内部が痛むことなんてありません!」

「……担当治療士だが……」

「はぁー。呪を見逃し、今度は魔創傷の治療ミスですか……」


 湖の畔で確認した時以上に、魔創傷は膨れていた。たぶん、切開すれば紫紺の膿が……。


「治療ミス?」


 私の一言に、いきなり彼の顔色が変わった。

 病み上がりですでに血色が悪いのに、今度は不安に襲われているんだろう。

 私は木製の腰掛椅子を引っ張ってくるとベッドの側に座り、魔創傷の治療方法について彼が理解しやすいように端的に説明した。そのついでに、これから行う再切開についても話す。

 唸る彼に同情しながらも、再切開しないと起こるデメリットも一緒に。


「つまりだ。俺は二度も死ぬような治療ミスをやられたってことか?」

「ええ。呪魔は危なかったですね。あと数時間の命でしたし。魔創傷はじわじわと体の中を腐らせて……」

「……再度の手術を受けよう!」

「了解しました」


 言質を取ってにっこり笑って見せ、指をパチンと鳴らしてフォレンジュ蔦から解放した。

 まずは、先に食事を出そう。体力も気力も落ちてるだろうし、空腹で麻痺薬は飲ませられないしね。何を作ろうかメニューを考えながら、フォレンジュから解き放たれてぐったりしているカークベルさんに視線をやった。


「あ、そうだ。カークベルさんを襲った呪魔付与の犯人は見つかりました?」

 

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