77話・気持ちの熱量
熱烈というには熱量が足りない。
もともと、それほど感情を表に出さない――これも軍人としての訓練の結果なんだろうと納得していたけれど、こんな時ですら低温なのはいかがなものかと。
キラキラと光を弾く見事な金髪と、人の手を拒む湖水の輝きを持つ薄緑色の瞳。それらを絶妙に配置し、逞しくしなやかな体躯にのせて気だるい雰囲気を纏わせると、男の色気駄々漏れの特殊部隊隊長ギルバート・カークベルができあがる。
軍人にしておくには惜しい端整な容貌は、カルミアへ向かう豪華客船の中や旅の途中で寄った町でも、すれ違う女性たちの視線を自然と集めた。ただし任務中だったからか、甘さは微塵もなくむしろ眉間を寄せた厳しい表情が常だった。それもまた、精悍だ野性的だと女性の心を魅了するらしい。
護衛時は、疲労と汚れで男前度は二割から三割減だった上に長い時間を共にしたせいか、恋愛初心者な私でも容姿だけでのぼせ上がることはなかった。ちょっとした触れあいでドキドキしたくらいで、薄汚れて汗臭いところや情けないところも見たし、思いのほか朴念仁だってことも知れて親しみを覚えた。
でも、告白すら感情を抑えて、こんなにもあっさりと告げられるとは思わなかった。
別に、必死に愛を乞えとは言わない。熱に浮かされて瞳を潤ませ、声を震わせ跪いて……なんて、どこの恋物語よってな大げさな演出はいらないけれど、もうすこしだけ熱量の高い台詞が欲しいなぁ。
私は遠い目をして、詮無いことと思いながらも尋ねた。
「側にいたいって、いるだけでいいんですか?」
「いるだけ……」
「いるだけでいいなら、以前のショーティーと同じ立場ですね。私も寂しいんで、いるだけならギルでも構いませんし!」
私の言葉使いも、淡々とした『ですます調』に戻ってゆく。
あー、ホーヘム暴牛のベルリソース煮が美味しい。フォークの角でお肉が切れちゃうぐらい柔らかくて、いくらでもいけそうだ。
「アレと同じ立場?」
「ええ。いるだけって、いわば同居人でしょう? マジュの森じゃ基地までは遠いし、中央じゃ物価も家賃も高騰してるし……ん~」
「まっ、待ってくれ。俺が言っているのは、単なる同居人ではなく……」
ギルはカトラリーを置くと、拳を額に押しつけて悩み出した。
彼の前に置かれた料理が冷めてゆく。冷めたら美味しさ半減しますよー?
仕方ない。美味なる料理のためだ。私の持ち札を開くとするかな。
「ちなみに――私の気持ちは知りたいですか?」
「是非、知りたい!……が、なぜ先ほどから口調を変えている?」
「私のふわふわ膨らんでいた心に、ぶっとい杭が打ち込まれたからです。すでに萎んで凹みまくりです」
「俺は、また何か失敗した……のか?」
ふたたび長考に入ったギルを放置して、私は自分が注文した料理を片付けた。美味しい物は温かい内に。料理人の愛がこもっているんだから。
平たい無発酵パンの最後の一口でお皿に残ったソースをきれいに拭い、味蕾に起こった幸せを堪能し終えると、すっきりする口当たりのお茶で締めくくった。
「とりあえず、私の気持ちを伝えておきます」
「ああ、そうしてくれ……」
「ギルバート・カークベルさん。私はあなたが好きです。この恋心をはっきり自覚したのは、あなたが私に向かって腕を伸ばしてくれた時です。その前から、たぶん……惹かれていたんだと思いますが」
「それは、吊り橋での?」
「そう。じゃ、後はご自由に」
鞄から私が食べた分だけお金を出すとテーブルの上に置き、さっさと個室を後にした。
背後からギルの声が追いかけてきたけれど、私は一切を無視して駅に戻った。
◇◆◇
「あーっ、もう! なんで迷うかな! 私は!」
逃亡は成功。今度こそは帰郷を果すと鼻息荒く魔道列車に乗車し、こそこそと車両内を調べた上で座席に倒れ込んだ。
番犬だと言ったシェルク様を頭に描いてひとしきり文句を垂れ、マジュの家に現れるだろう猟犬を想定して、迎え撃つ計画を練って楽しんだ。
「森の入口までは順調なのに、なんで……」
駅から森の近くにある村までは定期馬車が走っている。その村の裏門を抜けた先が森の入口だ。
まだ平地と同じ魔素濃度の森の浅い所は、ときおり樵やハンターたちが狩りのためにうろついている。拓いた道の端で休憩している彼らに会えば、軽く挨拶をする。ほとんどが顔馴染みだから、女ひとりで歩いていてもにこやかに接してくれるけれど、手を振れば気をつけろと一言くれる。
そこからが、問題だった。
奥に行けば行くほど道は先細ってきて、緩やかな登り道に変化する。記憶にある大木や枝ぶりをじっくりと確かめながら足を進めているのに、なぜか迷う。
「解ってるのよっ。いつもショーティーのお尻を追っかけて辿ってるだけだから、ちょっと風景が変わってると判断できなくなっちゃうのよね……」
道なき道を登るせいで、わずかな方向のズレは進んだ分だけ盛大なズレになる。
覚えがある場所からだんだんと何となくなんて曖昧な記憶になり、挙句の果てに迷子だと認めるしかない。
「仕方ないわね。今夜はここで野宿になりそう」
森の中は陽が落ちかけて、すでに暗くなりつつある。足元が危うくなる前に灯りをともして天幕を張ろう。
小さい頃から迷子の達人だから、もう慣れたものだ。
わずかばかりの地面を忌避剤で囲み、単身用の天幕を枝に引っかけて張る。ランタンを吊して、後は駅で買った夕食をと鞄に手を突っ込んだ。
「ぐるる?」
肉巻き芋と野菜の煮込みの入った器の代わりに、鞄から出てきたのはまたもや真っ黒な子猫だった。
「ああん! 天の助け!」
私は高級宿での扱いを頭の隅から蹴り出すと、灯りに照らされ艶々と光る黒い獣を抱きしめた。




