76話・猟犬は番犬を装う
中央の隣りの小都市リケールは、魔道列車の中継地として大いに賑わっている。人の行き来が商人や品物を呼び、また人を呼ぶ。だから、中央都市駅近辺とは趣きの違う、雑多で地方色豊かな熱が溢れている。
ここから北の三方向に伸びる列車線は、ひとつはグランディオス大陸側の海に面した西海岸線、ひとつはアルガース大陸側の海に面した東海岸線。そして三本目が、私が帰郷するために使う内陸線だ。
両方の海岸沿いと内陸の文化が交わる中継地だけに、アーデルベルトの豆のひとつからたくさんの人々が集まってきているのだ。
私たちは列車を降り、乗り換えのために行き交う人波を掻き分けて進むと、駅の案内所で個室のある料理店を紹介してもらった。
庶民にはすこし贅沢に感じるくらいのお店で、変わった低木や花を飾る異国風の個室に腰を落ち着けた。
喧騒を忘れてゆったりと過ごしてもらうための個室だろうに、私たちの間には妙な気詰まりがずっと続いている。
「リンカ、本当にすま――」
「謝罪はもういいの。それより、何のつもりで私を留め置いたのかを説明して」
私は喉まで出かかった憤りを呑み込むと、感情を抑えて尋ねた。
確かにカルミアでの長旅で起こったあれこれは、アーデルベルトを発つ頃よりも私たちの間の親密度を高めはした。でも、そこにあるのは『親しさ』だけで、変わったのは私が彼に密かな想いを抱いたこと。
互いに恋情を告白しあってもいないし、ましてや恋人でもない。そんな関係だと自覚しながら、私は恋しさからギルを待った。
黙って待って――待ちくたびれてしまった。一方通行な想いなんて、結局は恋したほうが馬鹿をみるんだから。
私の悔しさを察してか、ギルはらしくなく目を伏せた。金の長いまつ毛が、目元に陰鬱な影を落とす。
「話をしたかったんだ。この先の俺の――いや、俺たちの」
「オレタチって……え?」
自然と彼を見上げる姿勢の私は、意味が理解できずに聞き違いかと身を乗り出した。
手元の茶器がガチャリと不穏な音を立る。倒れそうになったカップを慌てて両手で押さえた時、その上から骨太で大きな手のひらに包まれた。
思いがけず重なってしまった手に驚いて、また視線を上げる。ギルも同じように驚き、目を見張って私を見詰めていた。
それがなぜかおかしくて、私は笑いだしてしまった。
「私たち、何をやってんのかしら……」
この年まで恋を知らなかった私ならいざ知らず、浮名を流してきただろう歴戦の色男までが、私と一緒にいると不器用な男になってしまう。
さすがに、手に触れただけで私みたいに赤面まではしないけれど、外見に似合わない焦り具合を見てしまうと、身勝手な怒りは萎んでしまった。
「そうだな……」
私の問いに、ギルも片目を眇めて、自嘲混じりの笑みを浮かべた。
要らない緊張がとれて和らいだ空気の中、忘れていた空腹を思い出し、テーブルいっぱいのお勧め料理を注文する。
お腹を満たすためにせっせと料理を口に運びながらも、ギルはぽつぽつと事情を話しだした。
船の中では、やはり『光の魔法士』を護送中だって理由で、すぐに対処にあたれる実力持ちのギルたち第四部隊が監視を任された。アーデルベルトの軍港に到着ても任務続行を言い渡され、罪人ごと護送車に詰め込まれて基地に帰還とあいなった。
「事情を知らせるために、どうにかして連絡をしようとしたんだが、奴がしぶとく粘ってな」
基地に戻ったら戻ったで、今度はつきっきりで聴取の立ち合いをさせられ、のらりくらりと話をはぐらかす罪人に痺れを切らし、仕方なくショーティーを遣いに出したのだそうだ。
で、返ってきたのは私の「帰る」宣言。
「ギル……大変だったのはわかったわ。でもね、私とショーティーは言葉が通じてるわけじゃないの。なんで走り書きの一枚も持たせなかったのよ。それさえあれば、買い物に出かけたり蔵書館に行ったりして、ゆっくり待っていられたのに……」
まったく連絡がない中で、いつ何時それが来るか本人が現れるか見当がつかなくて、だから宿に篭っていたんだ。一言、○○くらいには行けるって伝言でもあれば、中央の商業区辺りで買い物なんかも楽しめたのにっ。
「すまんっ。アレとは意思疎通できていると思いこんでいた」
「私が話す内容をショーティーが理解してるだけなの。あの子、賢いから」
恋も意志も、一方通行だ。いやになっちゃう。
そんなふうに凹んでいるのに、従魔を褒められたギルはニコニコしてるし!
「で、さっきの『俺たちの』って、どういうこと?」
「ああ。リンカ、ずっとおれの側にいてくれ」
ギルの唇から、思いがけない台詞がするりと流れる。
「……」
返す言葉が見つからないどころか、頭の中が真っ白になる。
これは、どう受け取ったらいいんだろう。
告白? 恋の? お付き合いしてくれってこと? 待て待て、ちょっと冷静になれ私! 今度こそ聞き違いかもしれないわよ?
脳内で、理性的な私が感情的な私を押し留める。
ぽかんと口を半開きにしてぐるぐるしてる私の混乱に気づいたのか、ギルはまたもや焦ったような口調で先を続けた。
「あの時――お前がトゥーリオの宮殿遺跡に消えようとした時、俺は伝えたはずだ。『俺はお前が必要なんだ』と。お前と一緒にいたいんだ。もう、離れたくない」
この男、何言ってるの!? ねぇ!




