73話・去りゆくもの 来しもの
朝食とはいえ、王城で供されるそれは格別だ。品数だけでも圧倒され、口に含めば踊り出したくなるほど美味しい。食べ終える前に興奮で目が覚めて、胸がいっぱいになる。最後に出された爽やかな香りのお茶を飲みながら、大きな窓から望む風景に優雅な気分になれて満足する。
この国に着いたばかりの頃は、『星の魔法士』ことシェルク様のお家に泊めてもらい、贅を凝らしたおもてなしを受けてたはずなのに……精神な打撃を受けるような旅は続けるもんじゃないわね。薄ぼんやりした思い出しか残ってないなんて。シェルク様、ごめんなさい。
旅の疲れは、まだ身体の端々に残っている。これは肉体的なものだけではなく、精神的疲労を私が自覚したからだ。
独りになってから、いろいろと辛い経験をしてきた。心身共に謂われない苦渋を何度も味わってきたし、実際に傷つけられもした。細かな傷は薬で治せても、心に負った痛みは簡単には回復しない。ことに、長年引きずり凝り固まってしまった憂いは、解決してもなお安易に溶けてなくなりはしないようだ。
それでも、一生解決しないと思って諦めていた重石が取れたのは僥倖だった。
他者が振り撒く災いに巻き込まれて迷惑だと眉を顰めていたのに、いつの間にか中心に立たされ、なんて人生なんだ! と、神様を非難したくなったけれど、今思えば私に与えられた救済の機会だったんだろう。
私という存在の根源が確かなものになり、得難い縁にも恵まれた。不測の事態や思いがけない展開に引き寄せられたりと……まあ、困難も多かったけれどね。
でも、どんな時にも私に救いの手を伸ばしてくれた人たちがいた。
「それで、わけが解らない内に恋しちゃってる自分がいる……と」
あんなに焦がれていた対に、出会えた。対だと知らない間に、心惹かれた。
でも、それも今日で終わり。
明日にはお船に乗って、帰国する。
アーデルベルトの港に到着するまで、しっかりと閉じ込めよう。
そして、笑顔でお別れするんだ。
また、いつかねーって。
友人として。
従者さんが呼んでいる。リカルド陛下からだと。
さあ、最後のご報告に参りましょうか。
◇◆◇
「……これで、問題は片付いたのだな?」
「はい。禁忌の小箱はすでにこの世になく、悪夢の呪いは解かれました。すでに、治まっていると思います」
リカルド国王は私の報告を聞き終えると、じっと目を閉じて何事か思案し、深く頷いた。
「そういえば、数日前から悪夢にうなされているとの報はないな……」
多忙を極める国王様だ。側仕えの人たちだって、そんな国王様の時間を奪ってまで、復調した後まで毎日報告はしないだろう。王子とはいえ、すでに国政の一端を任される立場の大人なんだし。
「この先も心配はありません。ただ……あの小箱に関して、帝国側が何か言いがかりをつけてくるかもしれませんが」
「何を言ってこようが、そんな難癖は無視すればいい……。こちらは、売られていた物を買っただけなのだ。それが盗品であろうが失せ物であろうが、帝国に所有権があると証明できん限りは相手にするつもりはない」
「証明は無理でしょう。元はといえば、帝国がトゥーリオから盗み出した品ですから」
私はにっこりと微笑み、非があるのは帝国だと断言する。
「偽りの異名持ちに手を貸し、『翠の魔女』を攫おうとするような犯罪者を飼い、その上に苦情を申し立てると言うなら、盗人猛々しい! と一蹴するまでだ」
リカルド国王も悪い顔で笑む。さすがは為政者。ある意味で様になっている。
「『翠の魔女』殿、よくぞ困難を打破し、難しい依頼を完遂してくれた。国王としてだけではなく、父親としても感謝する。ありがとう」
「いいえ。私だけの力では成し得ませんでした。護衛なんて必要ないと憤っていた出発前の私は、本当に世間知らずな子供だったと反省させられました。それに……私自身の血の原点を知ることができて、その点だけは私にご依頼くださった陛下に感謝しております」
あくまで、感謝するのはその点だけだ。
だって、トゥーリオ皇国を自滅の道へと向かわせた原因の一端は、どう考えても戦争をふっかけたカルミアにある。大国が攻めてくるという限定された時間の中で画策された罠に、トゥーリオは見事に嵌り込んで自滅の運命を掴んでしまった。
愚かな皇王だったから。帝国が奸計に優れていたから。『漆黒の魔法士』フェルデが心まで闇に堕ちたから――。
たくさんの要因が集まり、最悪なほうに運命は流れた。
でも、それも遥か過去の出来事。
「トゥーリオは跡形もなく崩壊しました。この先……遠い未来、この世から魔法使いは絶滅することでしょう。それを早めるのも緩やかに迎えるのも、人の心ひとつだと」
「犠牲の上に成り立つ加護を、特別だ有用だと持て囃してきた人間の浅ましさが呼び込んだ結末なのだろうな」
トゥーリオが守り、レンカが護ってきたガラ山はただの山になった。魔素を地の底から噴き出す聖地は、まだ他にもあるとレンカたちは言い残して逝ったけれど、それもやがては枯渇するだろう。
異名持ちが生まれにくくなってきている現在、薄れゆく魔素同様に、それは神様の判断なのだとしか思えない。
「今度は、魔力に替わる新たな力を見つけないとなりませんね。双子豆の国も頑張らなきゃ、です」
「それはカルミアとて同じだ。魔道具のように、先駆けになろう!」
大陸の大国の王と、平民の小娘が未来を夢見て笑い合う。なんて不遜で滑稽なんだろう。
最後は握手を交わして、私はリカルド国王の許を辞した。
ギルに伝えよう。
せっかく取り戻した力だけれど、それはもうこの世界に用をなさないのだと。
だから対であることは忘れて、あなたの思うままに力と共に生きて、と。
私も好きに生きるから。




