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70話・欲と憎しみの終焉 3

 ファミーナさんはエマさんに目顔で合図を送ると、すぐさま剣を構えて滑り出た。同時にエマさんは私の腕を掴み、『光の魔法士』が現れた方角とは逆へ慎重に後退した。

 私の啖呵とスキル展開で何が起こるのかを瞬時に悟り、攻めに転じて私を逃がすつもりのようだ。

 『光の魔法士』を狙って、細身の両刃剣が素早く突き出され、けれど、すぐに剣先は弾かれた。次の瞬間、光の盾は澄んだ金属音を立ると、ファミーナさんに向けて爆発のような衝撃を放つ。

 

「ファミーナさん! その人は精神攻撃と迎撃能力持ちです! 【攻撃反射】持ちかも!」


 魔法使いや異名持ちは、軍所属や後援など契約や親交によりすべてを明かす関係以外では、基本的に自分の能力を秘匿している。彼のように『光の魔』異名持ちであり、光属性の最たるスキルである【治癒】を申告して治療士だと称すれば、ほとんどの相手は疑いもせず受け入れるのが常だ。

 『光の』異名持ちのすべてが、人の命を救う側だという確証はないのに。


「了解! ここは任せて、早く逃げなさい!」

「させませんよっ!」


 『光の魔法士』の手から見えにくい何かが放射され、塵のような細かい魔力が迫ってくるのだけは感じ取れた。

 エマさんが剣で薙ぐ。けれど、すべてを防ぎきることはできなかった。

 奇妙な圧迫が腕や足にかかり、そこでようやく【光糸】によって縛られたのだと気づいた。

 魔力で紡がれた細い細い糸。そのくせ、何よりも強靭で防ぐ手段はすくないと聞いていた。

 が、思わず唱えた【除去】で戒めが緩む。

 え? なにこれ? と自分がやったことながら驚いた。

 『光の魔法士』も完璧な拘束スキルを私が難なく解いた状況に目を見開き、初めて表情を崩した。

 その一瞬の虚を、ファミーナさんは逃さなかった。

 『光の魔法士』の足元に二本のダガーが突き刺さる。不意の攻撃に、反射的に意識を後方に引きずられた異名持ち――。


「走りますよっ!」

「はい!」


 今度は私とエマさんが、隙を突いて地面を蹴る。

 森の中とは違って規則的に並んだ廃屋の間を縫って走るのは、先を予測されてしまえば袋小路に追い込まれる危険があった。私を追うのが『光の魔法士』だけならいいけれど、それは楽観的な考えでしかない。

 そう思った矢先に、目の前で目を焼く光の塊が炸裂した。私たちは悲鳴をあげて蹲るしかなく、完全に足止めを喰らった。


「逃げても無駄です!」


 思いのほか近くから届いた警告の声に、痛む目を無理やりこじ開けた。滲む涙で相手の姿ははっきりとはしないが、確かに『光の魔法士』だった。

 相手をしていたはずのファミーナさんを心配しつつ、私の腕からいまだ手を離さないエマさんに身を寄せた。


「わっ、私を捕らえたって、帝国(あなたたち)が欲しがってる物は手に入らないわ!」

「君を捕らえたあとで、ゆっくり掘り起こせばいいだけです。何しろ、こちらはそれなりの手勢で来てますしね」


 大っぴらに公言していたわけじゃないらしいけれど、カルミア王リカルド陛下が禁忌の小箱を亡国の地に返還しようと動いたことは、帝国側にも探られていたらしい。それが失敗に終わり、直後にアーデルベルトからトゥーリオの民である『翠の魔女』が『星の魔法士』からの依頼で訪れた。私の動向を窺っていた『光の魔法士』からの情報を精査すれば、おのずと依頼内容に見当がつくというものだ。

 ただし、依頼された内容を《小箱を返還》程度にしか認識していなかったらしく、地震で崩落した塔の瓦礫を撤去すればすむ問題と考えているようだ。

 『光の魔法士』は、皇帝の命令をすでに完遂したような余裕を口調にのせ、最後には揶揄い混じりの微笑みを見せた。

 しかし、その余裕は次に私が投じた暴露で、すぐに焦りに変わる。


「ふふっ、馬鹿じゃないの? 私が受けた依頼は、アレをここに返還することじゃなく始末することよ。……すでに、小箱はこの世から消えたわ。探し出すには、魔素の噴出口に自らが飛び込むしかないわよ!」

「な、何を言っている……」

「未来永劫、だぁれも小箱を手にすることはできなくなったの。それに――私を捕らえたって同じ品は作り出せないわ」


 『光の魔法士』の白い顔が、醜悪に歪みだした。

 いくら人を魅了する美貌であっても、精神の穢れまでは覆い隠せないものらしい。溜まりに溜まった毒が、仮面から滲んで見える。それは、美しい面だけに醜さが際立つ。


「帝国の皇帝様は、あの小箱を何だと思っているのかしら? 世界の破滅を左右するモノ? 支配欲を満たすモノ? そんな物と一緒に私を捕らえて、私が……『翠の魔女』が黙って従うと? 馬鹿にしないでよね!」

 

 一国を担う権力者の思考にしては、あまりにも単純で愚かだわ。

 禁忌の小箱と伝えられている物が、実は単なる貴石や鉱石の見本でしかなく、肉親すらいない私をどうやって脅して従わせるつもりだったのか。

 親しい人々を質にして強請る? 要求を飲めば、世界の平和が崩れ去ると思われている危険物を発現させることになるのに、そんな脅しが効くと思えるなんて。

 馬鹿みたい。

 あの小箱の正体を教えてもらえて、本当によかったわ。知らずに捕まっていたりしたら、無駄死になんて最悪な結末を迎えていたかもしれない。

 薄笑いを浮かべながら暴露する私に、『光の魔法士』は頬を引きつらせ憎々しげに睨んできた。


「そんなことなど……私にはどうでもよいのです。私はただ、主からの命令通りに小箱と『翠の魔女』及び血縁者を――」

「戯言はそこまでにしておけ。捕らえられるのは、キサマのほうだ」


 地を這うような冷気を含んだ声音が、私とエマさんの背後から『光の魔法士』に浴びせられる。

 唐突に、『光の魔法士』の足元から湧き上がりはじめた漆黒の水。

 ぽこぽこと湧き水のように気泡を上げて、黒々とした液体が円を描いて広がってゆく。

 『光の魔法士』が必死に退避しようと動いた時には、すでに自由を奪われていた。ゆるゆると黒い泉に囚われて沈み出し、足を上げようとしてもすでに遅い。


「なんだっ!? これは!」


 【幻惑】をかけられているとでも思ったのか、『光の魔法士』は血相を変えて黒い泉に【解呪】を撃ち込んでいる。


「そろそろ無駄足掻きはやめたらどうだ? いくら足掻いても、このままでは魔力切れでぶっ倒れるだけだぞ」


 ゆったりとした足取りで私と敵の間に入ってきたギルは、背筋が凍るような冷酷な声音で警告をした。

 私を庇うエマさんの腕が、ぴくりと震える。


「あの方は……カークベル隊長?」

「うん。本物よ」

「まるで別人だわ。いったい、何があったの?……」


 エマさんの問いに応えるが、それでも彼女には信じがたい変化らしい。

 ギルの身に何が起きたのか知らないエマさんの目には、彼の姿をしたまったくの別人に映っているようだ。


「あれが本来の彼なの……」


 いまや腰の辺りまで黒い泉に沈む『光の魔法士』を睥睨するギルの横顔には、人間らしい機微の欠片すら見えない。無慈悲な眼差しが敵を捕らえ、ただ狩ることのみに冷たい熱を注いでいる。


「死体となって主のもとに戻されるのがいいか、生きて罪を償い、己の足で帰るのがいいか――好きなほうを選べ」


 異名の開放は彼の心身を自由にしたけれど、私たちの知っているギルバート・カークベルをも飲み込んでしまったようだった。

 あの、呆れるほど真っ直ぐな温かい情を持つ(ひと)を。


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