64話・夜と漆黒 4
せ、説明回は一話で終わると思ってたのに…。
すみません。もう一話続きます。
感情が最高潮に達したところで一気に冷や水を浴びせられると、先ほどまでの激情はどこへやら、無気力になって自失したり落ち込んだり――私のように混乱の末に恥も外聞もなく号泣してしまったり。
あれだけ私を大切に扱ってくれていたギルに、氷の殺気を漲らせて剣を突きつけられたことは、彼自身の意思じゃないとわかっていても心に受ける衝撃は大きすぎた。気づけば「ギルとショーティーを返して!」と子供みたいに泣き喚いてしまった。
そんな私に興ざめしたのか、フェルデは剣をしまうと顔を逸らして座り込んだ。頭にのぼった血が下がって、居たたまれない気持ちになったんだろう。
三人の中で、いちばん大変な思いをしたのはレイカだ。魂魄だけになっても再会を待ち望んでいた男はむっつりと不機嫌になり、協力を頼もうとしていた小娘がしゃくりあげながら泣いているのだ。
存在感の薄い靄のような姿で、右往左往しながらおろおろと狼狽えている。
――ごっ、ごめんなさい。きちんと理由をお話するから。泣きやんで。ね? フェルデからも言ってあげて!
「何を言えというのだ……」
――だって、黒主とお別れもさせずに同化させてしまったのはあなたでしょう? それに私は……。
「お前と一瞬でも早く逢いたかったんだっ」
――リンカから許しを得てからと思っていたのに、あなたの気配を感じたら私も我慢できなかった……。
「レイカ……」
――フェルデ!
こっちはどうにか涙を引っ込めて大人の対応をしようと四苦八苦してるってのに、今度は凄くイラッとするんですが。
「イチャイチャは後にして、早く話してよ! もーっ!」
腫れぼったい目を吊り上げて手布で鼻水を勢いよくかむと、甘ったるい空気を醸し出したふたりにイライラを投げ込む。
まあ、いい年して泣きだしてしまった私も悪いんだけどね。
ぱっと離れた彼らは互いに明後日のほうを向いて、顔を赤くした。
そこの野郎! ギルの野性味溢れる男前の顔で頬を染めるんじゃない!
どうにか落ち着いた私たちは天幕の中に戻ると、ギルの体に憑いているフェルデには服を着てもらい、その間に私は干し野菜のスープに黒パンを入れた粥を作って香草茶を出した。
同じ肉体を使っているのに、中身が違うだけで仕草も表情も違うなんて、すこし前まで近くにいた温もりがどこか遠くに去ってしまったようで寂しくてしかたなかった。
場ができたところで、話を切り出したのはレイカだ。
――改めてご挨拶をします。私はレイカ・シウン。あなたの前の『翠の魔女』でした。彼は……先代『漆黒の魔法士』だったフェルデ。私たちは、トゥーリオ滅亡の原因でもあり被害者でもあります。
「ちょっと待って。『漆黒の』って『夜の魔法士』が勝手に名乗った偽の異名じゃ……?」
――いいえ。逆なのです、真の異名は『漆黒』なのです。『夜の』とは、正体を隠すために使われた名でしかありません。それもこれも、すべてはあの愚かな皇王が起こした禍が……。
険を含んだ視線を塔のある方角に向けるレイカから、優しく柔らかな気配が消えた。
話は、トゥーリオとふたつの異名の関係から始まった。
『翠の』異名持ちはトゥーリオ皇族から生まれて、この小国が建国される由縁になったガラ山を護り豊かにする役目を大昔から担っており、『漆黒の』異名持ちはトゥーリオ皇家に陰から支える別民族の集団の中に生まれ、魔素の監視と塔の管理者を担っていたのだそうだ。
ガラ山は、アーデルベルトでいえば霊峰アリスレードと同様にグランディオス大陸の霊峰にあたり、魔素を大陸に振り撒く重要であり厄介な場なのだった。
――大昔のガラ山は瘴気にまで変化した魔素を大量に吹き出し、多くの人々に災いを招きました。そのため、魔素に強いトゥーリオの民が抑えとしてガラ山に住むようになったのです。
「『漆黒の魔法士』は瘴気を中和し、魔素の量を調整する能力を持っていることでトゥーリオと共に山に住み、一族は麓に村を造って他族のとの交渉役を担っていた」
やがてトゥーリオの民は『翠の魔女』を生む一族から皇王を出して、建国とあいなった。
瘴気を噴く洞に管理塔を建てて『漆黒の魔法士』を常駐させ、その回りに宮殿を建て、国民に町や村を与えた。
国を潤したのは、『翠の魔女』の加護による豊かな土地で産出される農産物や薬草。それらは別の土地では生育できない貴重な品ばかりで、高級品として持て囃された。
そして、もっとも珍重された物が、瘴気を中和する際に出る副産物であった貴石や洞から採れる鉱石だ。
さまざまな色や硬度を持ち、権力者や富裕層に宝石として取引されたり、薬の材料や魔石としての力を見出されて求められるようになった。
「この財を狙おうとしても、トゥーリオの民と俺の一族以外の人間にはガラ山をどうこうできる者は皆無だ。たとえ皇族や一族の長を人質に脅しても、誰一人従う者などいない」
周辺の部族や小国には、敵対して貴重な品の入手経路を失うよりも、公正な商いを続ける関係のほうが実入りが良いと理解させるのは早かった。侵してはならない聖域のひとつとして。
だから、大陸内でも長い歴史を持つ国になれた。
しかし、小国の滅亡は簡単にやってきた。愚かな最後の皇王が原因で。
「お前が預かっている禁忌の小箱と称される品は、単なる貴石や鉱石の見本でしかない。ただ、小箱に納められている理由は、あれらを共に使うことで大いなる禍が起こる可能性があるため、扱いには十分に注意するようにということで作られた見本だ。小箱だけがあっても何も起こらない」
「やはり……『翠の魔女』が必要だと?」
「そうだ。とはいえ、小箱程度の量では無理だがな」
フェルデはそう言って、ニヤリと嫌味な笑いを口の端に浮かべる。
それを聞いて、私は胸の奥にあった不安のしこりが消えるのを感じる。
ずっと、この小箱自体が何かよからぬことを起こす品なのだと思っていた。これに『翠の魔女』の能力――調剤のスキルを加えることにより、大量の毒やそれに匹敵する兵器が作られるのではないかと。
だからこそ帝国は小箱や私を追っているのだ考えていた。
その小箱を持っている今の私。受け取って以来、恐れと不安はたえずあった。
「その事実を帝国は知らずにいるの?」
――そうなのよ。ふふっ。愚かな皇王が起こした禍だけど、その点だけは愚かさを評価してあげられるわ。
ぼんやりした姿でも、フェルデと同じく悪い笑みを浮かべているのが判るくらい、その声は感情豊かだ。
温厚で優しく気弱な印象のレイカは、やはり私の先祖だけあって根っこは強気の『翠の魔女』だった。




