62話・夜と漆黒 2
遅い更新にめげず読み続けてくださる皆様、誤字脱字の報告をしてくださる方々、いつも本当にありがとうございます。
読み直しはしているのですが、やっぱり出してしまう間違い……。
他力本願で申し訳ないのですが、気が向いたらで結構ですのでこの先も報告してくださると助かります。
よろしくお願いします。
私は、ギルのコートの端を掴んで恐る恐る広間に侵入し、足元に注意を払いながら玉座に近づいていった。
ここもやはり一面に埃が積もり、足を踏み出すたびに綿のような塊が土の粉塵と共に舞い上がる。滅亡の瞬間から時の流れが停止しているのだとひしひしと肌に感じ、現実に起こったままを残す光景にそっと胸を押さえた。
玉座に座る皇王と取り囲む皇族たち。首から上を失った亡骸は贅沢な装いを残して、白骨化を通り越して白い粉の山と化していた。煤けた袖の先に指輪がいくつも連なり、埃に塗れた襟元には輪になった金銀や宝石が積まれている。
それだけで、この小さな皇国がどれほど豊かな暮らしをしていたのかが垣間見れる。険しい山中で何を糧にして国庫を潤していたのか知れないけれど、死の寸前まで隆盛を誇っていたようだ。
「……戦場での戦利品や遺跡探索の折に発見した遺物は取得者の物になると言われているが、ここでそんな行為をする気にならないな……」
ギルは痛ましげに玉座を見つめ、ぽつりと呟いた。
戦場でもなく遺跡と称されることを拒む気配を漂わせ、他者の侵入を許さない亡国の跡。
「略奪者なんかが入ってきたら、あの生首たちが見逃すとは思えないわ。ことに、帝国の連中だったりしたら自称皇王が大激怒しそう」
禁忌の小箱が盗まれたせいで、自ら国を亡ぼす道を選ぶしかなかった皇王だ。あの漆黒が自称通りに皇王だとすれば、滅亡した跡地であっても蹂躙を許すとは思えない。
本体は封印結界に阻まれていても、私を塔に引きずり込むだけの力を持つあの真っ黒な蔦で返り討ちにしそうだ。
私の見解を聞きながら玉座の周囲をじっと観察していたギルが、いきなり何かに納得した様子で皮肉な笑みを浮かべた。
「ああ……なるほどな」
「どうしたの?」
「よく見てみろ。床や衣服は埃に埋もれてるが、粉になった白骨や身につけていた装飾品はわずかに汚れているだけだ。それに、皇王の手を……」
ギルに言われて改めて遺骸を見ると、指摘通りに衣服から伸びた手足は粉の小山に変わっていても埃に埋もれたりはしていない。
これって――粉になって、そんなに時間が経っていないってこと?
「もしかして、首が消えた時に……?」
「たぶんな。それまでは、皇王の遺骸と同じ状態だったのだろう。塔の扉に掛けられた封印が解けた結果、役目を終えて首と共に崩れ去った」
王族から玉座に横たわる皇王の骸に視線を流す。
頭部を失っているからすぐには気づかなかった。肘掛に置かれたひと際豪華な衣装の両腕をなぞると、大粒の宝石をあしらった指輪を嵌めた枯れ果てて黒光りする指が覗いていた。
「皇王だけはまだ……」
「本人が告げたように、あの塔には皇王の首が封印されているんだな」
「ええ……」
でも、なぜ皇王が? 禁忌の小箱が強奪されたことと皇王――漆黒のナニか――が封印されている因果関係が解らない。
私は皇王の骸から目を逸らし、肩から下げた鞄に視線を落とした。
この箱の……禁忌と呼ばれる所以がアレなのかも。
◇◆◇
大広間を後にした私たちは、宮殿の中をあちらこちらと探索して回ってみたが、結局何も見つけだせずに回廊へと戻ってきた。
どの部屋もがらんとして何もなく、書き物の一片すら探し出せずに疲れただけで終わった。
陽が落ち始め、カンテラの燃料魔石も心許なくなってきている今、下手に歩き回るのは避けようと天幕を張った部屋に戻った。
それに、ギルが「痛みが消えた」と申告したのもある。
まだ陽がある回廊で火傷痕のある辺りを軽く押し、痛みが消えているかを確かめる。
「何も感じないな。引き攣れも……ない」
「では、天幕に戻って診療しましょう」
腕を上げ下げしてみて、今まで感じていた不具合がなくなったとギルは言う。
完治していて欲しいような、痕の下から現れる紋章を見てしまいたくないような、とても複雑な心境でギルが背中を向けるのを待った。
コートを脱ぎ、上着や戦闘装備を外して最後の肌着にかけた手が止まる。
「俺の勘はとにかく当たることが多い。もし俺が最悪な方向に変化したら、リンカは迷わず逃げろ」
「私の勘も悪くはないわ。でも、依頼を完了するにはふたり揃わないと受け付けてもらえないらしいのよ。だから、逃げるわけにはいかないの!」
肌着の上から軽く叩いて喝を入れる。
ここまで来たら避難は無理だ。
なんたって、先見の君が断言している。
魔女は、猟犬に追いかけられる運命らしいのだ。
「来るなって言ったのに、私の後を追いかけてきたギルが悪いんだからねっ」
私の物言いに覚悟が決まったのか、緊張していた肩が落ちた。
「ああ、責任はとるさ。だが、俺が正気を失ってリンカに危害を加えるような状況に陥った場合は頼む。逃げてくれ!」
「その時がきたら……考えるっ」
絞り出すように答え、止まっていたギルの手に触れて脱衣を促す。
灰色の肌着がするりとめくりあげられ、カンテラの灯りの中に私が貼りつけた湿布が現れる。
小刻みに震える指で布の端を摘まんで、ゆっくりと取り去った。
「きれい……痕は消えてるよ……」
「紋は?」
「あるわ。見たことない紋章が」
一度も目にしたことのない紋章が、ギルの背中に浮かびあがっていた。
そう。見たことはない。
でも、私はロンド婆ちゃんからどんな紋章かは聞いている。執拗に対を求めていた頃に。
『六本の長剣と六本の短剣の剣先を合わせた黒い星形だよ。もう見る機会はないだろうがね』
ロンド婆ちゃんのすこし掠れた声が、脳裏に蘇る。
温かなギルの肌に刻印された紋章は、その声が告げるように十二の黒い剣先を並べていた。




