表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/87

58話・石が望むもの 2

 惨たらしい遺体に直面するは、何も珍しいことじゃない。

 ここまでの道中だって、ギルたち護衛部隊は何度も襲ってくる敵の命を容赦なく狩り、私を目的地まで導いてくれた。人の命を救い健康を守るのが私の仕事だと承知している彼らは、緊急時以外は屠った敵の遺体を見せないよう気を遣ってくれていた。

 ありがたいけれど、私はそこまで純粋じゃない。

 自分の命を狙う相手を、「人の命は尊いもの」なんて聖人みたいな能書きを垂れてまで許す気はない。力さえ、能力さえあるなら、自分の手で反撃したいと切望しているくらいだ。

 だから、そこに生首が干からびて転がっていようと、悲鳴をあげて逃げ惑ったり、跪いて涙を流し憐れんだりはしない。

 なら、何に怯えて怖ろしいと感じているのかというと、その異様な状況にだ。

 誰が何のために人間の生首を橋の欄干に並べたのか。中には、年端もいかない子供の物らしい頭部まであり、すべてが苦悶の表情に顔を歪めたまま干からびている。どう見ても、安らかな眠りとは程遠い死を与えられたとしか思えなかった。

 人の尊厳を打ち砕き、死まで汚す所業を誰が何のために行ったのか。

 恐怖と憤りが綯交(ないま)ぜになって私の心を混乱させた。


「何かの儀式? それとも、塔の封印術のための生贄とか?」


 ギルはまた私を背に庇うように手を引き、橋に踏み込んだ。ショーティーも先導はせずに、私の足元に並んで進む。


「さもなくば見せしめ、か。晒し首は、勝者側の定石だからな」

「でも、カルミアがこんな惨いことをしたとは……」

「いや、カルミアだとは限らない」

「ギルは、トゥーリオ滅亡の真相を知っているの?」


 何が起こるか判らない以上、私たちはすこしずつ足を進めた。カンテラの灯りはギルの前を照らしているから、後ろの私はなるだけ左右に目を向けないようにギルの背中だけを見て歩く。

 それでも、ねっとりとした嫌な気配が纏わりついてくる。


「……『星の魔法士』から聞いている。リンカの護衛を務めるならとな。だが、部下には伝えていないから心配するな」

「歴史の真実でしかないから、別に隠さなくていいのに」

「そこから何を勘繰られるかわかったもんじゃない。特に」

「特にゼファ副隊長さんにね」

「そうだ」


 ギルは、カルミア国王から私がどんな依頼を受けたのかまでは察している。バージョでのカムナ氏との会見内容を護衛の立場で聴いていたから、謎の小箱の存在も知った。

 でも、小箱がどんないわくを持ち、それを私がここまで運んで何をするのかまでは気づいていないだろう。


「この塔に入れば、仕事は終わりなのか?」

「たぶん……目的の場所はこの中なんだろうけど、それですべて完了なのかどうか」


 気を紛らわすために会話をしながら橋を渡り、扉の前に到着してほっと肩から力を抜いたところだった。ギルは早々に私を扉の前に立たせると、周囲に警戒の視線を巡らせはじめる。

 と、突如としてつんざくような複数の叫び声が襲いかかってきた。


 『返せ。その箱を!』

 『ああ、これで役目は終わる。さあ、返せ!』

 『石を、毒を、恨みを!』

 『早く解放するのだ!』


 生首が苦悶の表情そのまま、ぽっかりと黒い口を開けていっせいに喚きはじめたのだ。

 怨嗟の叫びは呪いの呪文のように周囲に魔力の渦巻き、私たちの逃げ場を塞ぐ。


「なっ! なにこれ!?」


 ギルは咄嗟に私を背に庇い、カンテラを渡すと腕に魔力を集めて戦闘態勢をとる。私はあまりの恐ろしさに、塔の中に逃げ込もうと扉に手をかけた。

 それがいけなかったのか、きっかけとなったのか。

 扉の金具に触れた途端、わずかに開いた隙間から無数の黒い蔦が飛び出してきたかと思うと私の手足に巻きついた。


「きゃーっ!! やめてよ! ギル! 助けて!」

「リンカ!」


 思わぬ攻撃に恐慌状態に陥った私は、必死に抗った。足を引かれて倒れ、それでも蔦に巻かれた手で扉の縁を掴んで闇の中に手繰り寄せようとする力に抵抗した。 

 魔力を纏わせた短剣を手にしたギルは、私の悲鳴に反応して即座に蔦に斬りかかった。同時に、ショーティーも襲ってくる蔦に反撃をする。

 けれど、今度こそ見えない結界に阻まれて、彼らは扉の向こうに手出しできずに跳ね返された。

 手足を拘束されて抵抗する術を失った私は、ずるずると石畳の床を引きずられながら、ゆっくりと扉が閉まってゆくのを見ているしかできない。

 落としたカンテラの灯りが次第に小さくなり、闇が覆いかぶさってくる。


「ギルー!! ショーティー!」


 細くなる隙間に向けて声の限りに助けを呼ぶが、助けの手も無事を確かめる叫びも返ってくることはなかった。



 喉の奥から嗚咽と震えが込み上げてきて、どうしても止められない。戒めが消えて自由になった体を自分の腕で抱き締め、ただじっと目を凝らす。

 闇に目が慣れてさえ辺りの様子は窺えず、聖堂に到着した時以上の心細さに涙がこぼれた。


「私を、ど、どうしようって言うの!? 禁忌の小箱は持ってきたわ! これ以上、私に何を望んでるのよ!」


 何も見えないけれど、確かに何かが奥にいるのだけは気配で感じていた。

 私を拘束した黒い蔦とは違う、もっと昏く重苦しい魔の威力だ。でも、私に害をなそうという意思はないらしい。なのに、その気配だけで私の体は恐怖を覚えて逃げを打つ。


「何か言いなさいよ! 小箱をどうするのかくらいは、説明を――」

『なぜに対がおらぬ? うぬだけでは半身にしかならんぞ。皇王の血を引きながら、そうも薄汚い形で我の前に現れようとは……』


 地鳴りのような耳触りの悪い声が、闇の向こうから地を這って私の耳に届いた。

 それは人の声ではなく、禍々しい瘴気の塊がたてる音に似ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ