56話・惨い傷跡
白々とした照明の中に現れたのは、白水晶と青水晶をすべての壁に嵌めこんで造られた聖堂だった。
私たちが門と結界を通って入り込んだ先は祀られた神像の衣の裾あたりで、じっくり観察しても扉や出入口は見つからないそうだ。たぶん、トゥーリオ皇族の血縁者以外は、触れても捜し出せはしないだろう。
そうギルに説明されて、私は背後を振り返って仰いだ。
どんな神を祀り、どんな言葉で神を讃えたのかは判らないが、私たちが知っている神とは違う巨大な偶像が嫋やかな姿勢で立っていた。
豊かな髪を結い上げた女神とも男神とも知れない神が、ほっそりとした肢体を薄衣のような異装に包んで両手を胸の前に掲げ、両手の間をすこし開けて向かい合わせている。ちょうど丸い物体を持つかのように。
それが高純度の白水晶を使って造られ、明かりに照らされて威光を放っているように微かに輝いているのだ。
「凄い……組み合わせて造ったんじゃなく、一塊の白水晶から彫り出してあるのね。それに、妙に薄ぼんやり明るかったのは、この神像が光ってたんだ……」
「白水晶は魔力伝導と保管性能が高いからな。皇族の脱出路を隠すための術を仕掛けるには最適だったんだろう」
見上げれば、首が痛くなるほどの大きさだ。古典的微笑を浮かべた神と顔を合わせようとすると、体をのけ反らせなくてはならない。薄暗がりの中を足元ばかりを気にして歩きだした私では、ただの壁に間違っても仕方ないだろう。
ほぅと吐息をついて優美な神を眺め終えると、今度はこの広い聖堂内を照らす照明を確かめる。
松明や蝋燭といった原始的な明かりじゃなく、魔道灯のような揺らぎのない光だ。けれど、どこを見ても本体らしき魔道具は見当たらず、なのに大人ふたり分の高さの壁から直接光が放たれている。
壁全体が発光しているのではなく、壁の浅い部分に魔道灯が埋め込まれ、シェードの代わりに薄い白水晶の板で覆った造りらしい。それがぐるりと聖堂の壁を一周し、三段構えに設置されている。
技術と財力、加えて魔力量に圧倒された。
「どうやって灯りを点けたの?」
「あいつにショーティーが飛び乗った」
ギルが指さす先を見ると、神像の前に設えられた台の上に透明の水晶球が置かれている。
「君、ここを知ってるの?」
「ぐるにゃっ」
どちらとも取れる一鳴きに、ショーティーとの意思疎通を諦め、改めて周囲を見渡す。
神像が立位している面以外の三方の壁に、両開きの扉が見える。どれも同じく豪華で大きい。
「入れたはいいけれど、どこに向かえば――」
――こちらよ。こちらにおいで
またもや『声』が頭の中に響く。
この心地いい妙な懐かしさは、なんなのかな?
「こっち……こっちね」
「判るのか?」
「さっきから頭の中で声がするの。念話かな? たぶん案内なんだと思うんだけど」
こちらと言われても、指で示されたり具体的に指示されているわけじゃない。なのに、なぜか方向が理解できる。
おかしな自分を不安に思いながらも、【忌避】が働かないことを根拠に信じて歩き出した。
「にゃっ」
私の足元をショーティーが走り抜け、またもや先頭に立って進んでいく。
◇◆◇
聖堂を出ると、埃臭い廊下を真っ直ぐに進む。一定の距離に近づくと、廊下の壁に備えられた魔道灯が勝手に点る仕様みたいだ。
便利ねぇと感心しなから迷いなく進むショーティーの後を追い、私の後ろを護衛の位置で付いてくるギルの気配に安心する。
「リンカ」
「何?」
「話しておきたいことがある」
いきなり真剣な口調で告げられ、私は足を止めずに斜め後ろを振り返った。
艶を失った金髪の間から、物憂げな薄緑の目が私を見おろしている。ギルらしくない昏く重い気配が彼を包み、私まで不安な気持ちにさせる。
「どうしたの? 改まって……」
「……火傷の痕を消す薬はあるか?」
「あるけど、痕を診ないと絶対に消せるとは断言できないわ」
「そうか。では、後で診てくれ」
「いいけど、いきなり、どうしたの……?」
ギルの様子がおかしい。
私たちしかいないのに、声を低く落として呟くように話す。それも、なんだか言い辛いことを無理やり口にしているという感じだ。
彼の体に無数の傷や熱傷痕があるのは、谷川から助けられた後の洞窟で見たから知っている。あの時は、とにかく解熱と体力回復が目的だったため、怪我や打撲以外は目にしただけにしておいた。
意識が戻ったら、体中に散った古傷や痕がきれいに消えていた――なんて、諸手を上げて喜ぶのは女性ぐらいじゃないかな。戦うことに誇りを持ってる戦士だと、傷跡を勲章だとか言って自慢の種にしてる人もいるくらいだし。
だから、私は断りもなしに勝手に消したり治したりするのは控えた。でも、私がギルを半裸にして診察したことは、打撲や傷の治療もあって本人は承知している。
それが、ここに来ていきなり火傷痕を消して欲しいって……。なぜ、今なんだろう。
ふたりきりの時間は十分にあった。移動中は警戒しながらだったからわかるけれど、野営の間は安全だったはずなのに、だ。
私が訝しんでいるのに気づいてか、足を止めると大きく息を吐き出し何事かを決心したのか両目をぎゅっと閉じてから先を話しだした。
「俺の背中の右には、手のひら大の火傷痕がある。それは、まだ物心がつかない幼い頃、親に焼かれたんだ」
「え……」
「強烈な痛みと母らしい女の狂ったような叫び声を覚えているが、この仕打ちの原因も捨てられた意味も判らないまま今まできた。ただ……火傷の下に何かがあるのは感じる」
ギルは凄惨な幼少期の記憶をさらっと流して語ると、ここが重要とでも言うかのように一拍置いて吐き出した。
長い石廊下の途中で、前後に灯る魔道灯に照らされて落ちたふたりの影がゆらりと揺れる。ギルの体から無意識に漏れ出た魔力が、動揺となって魔道灯に影響している。
「何か……って?」
「魔力操作をするたび、そこが奇妙に疼く。痛みではなく、ただ熱く……」
私はその説明を聞いて、目を見開き息を呑んだ。首筋がちりちりと痛み、強張る頬を髪の先が撫でた。
脳内があっという間に混乱を始め、心臓が痛いほど拍を刻み出す。
だって、それは――。
「き、聞いたことがある……。攻撃スキルを持つ異名持ちは、スキルを使うと紋章が熱く疼くって……」
「俺も聞いて知っている。だから、知りたい。この疼きがなんなのか。火傷痕の下に、何があるのか」
瞼を上げたギルの目は、痛切に答えを欲していた。
私は震える唇を噛みしめ、揺らぐ魔力と瞳を見詰め返す。
異名紋を焼いた?
なぜ!?
どんな階級にある者でも、異名紋章を持って生まれただけで祝福されるものだ。それこそ、家畜用の色入れで偽装してまでも、異名持ちに生まれたいと渇望する者が多いのは、シーラと保護局の事件で実証されている。
そこには、異名持ちの能力ではなく立場のみを欲する輩もいるけれど、根底には異名持ちに生まれたかった、生まれて欲しかったという切ないほどの羨望が垣間見える。
なのに、ギルの親は異名紋を……。
同じく孤独な身の上なのに、彼は親に疎まれ、私は命を懸けてまで望まれた。
その事実は、私の心に言い知れない痛みを生んだ。




