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5話・トラウマ抱えて逃げさせて頂きます

◇◆◇


 目を覚ました直後、頭と左顔面の激痛に襲われた。

 痛みのあまり反射的に身が竦み、今度は後ろ首と右肩から肘まで刺すような激痛が走った。できることは、動かないようにして痛みが落ち着くまで呻くだけ。食いしばった歯の間から女が出すとは思えないような呻き声を漏らし、浅く呼吸をしながらじっと耐え忍ぶ。

 これはきっと右腕が骨折し、治療特化の加護を持つ『光の魔女』が治したんだなと見当をつける。右の二の腕に、打ち身にしては妙な筋肉痛があるし――。

 すこしだけ楽になったところで強張った体の力を抜き、ゆっくりと瞼を開いた。


「また、ここへ来ちゃったかぁ……」


 頭の中から抹殺してしまいたい忌まわしい記憶の、その最終ページを飾った馴染みある場所に私は横たわっていた。

 同じような被害を受けて、ふたたび同じ治療院のベッドに寝かされているなんて。二度と戻って来るものか! と、退院する時に誓ったはずなのに。

 やはり政府関連は、私にとっては絶対的鬼門だ。


「もう、『異名』登録を抹消してもらおうかなぁ……」


 誰もが熱望する神様の加護は、わたしにとって喜びよりも忌まわしさのほうが大きくなっていった。煩わしいだけなら耳目を塞いで無視すればよかった。でも暴力の前では、気休めでしかない。次は命を奪われかねないという考えが、真実味を増してきた。

 ――神様、そろそろ耐えられません。加護の半分を封印してもいいですか?


 私が寝かされている病室は、トラウマの原因になった事件の時と同じく豪華な特別室だった。

 上流階級の寝室かと錯覚するような高級感あふれる室内装飾がなされた空間は、治療具の乗ったワゴンと薬剤臭ささえなかったら快適で幸せな気分に浸れる寝室といえただろう。

 でも、こんなところに長居はしたくない。一度味わって、嫌になるほど懲りている。


「うぐっ……」


 横になったまま激痛を発した部分をそろりと自分で触診し、無理をしないように気をつけながらベッドを降りた。

 サイドテーブルに置かれた私の鞄を手にすると、中身を漁って数粒の錠剤と青い液体薬を引っ張り出して一気に飲みこんだ。束の間ベッドの縁に座って様子見をし、痛み止めの効きが現れたところで急いで着がえて病室を抜け出した。

 特権階級専用の特別病棟だけに煩い見舞客などの人気はほぼなく、しらじらと明るい照明に照らされた絨毯敷きの廊下が長々と伸びている。

 見つからないのかって?

 経過観察の魔道装置なんて、前回の入院で学習済み。ちょっと魔力を流し込んで、設定をちょっと弄ると沈黙しててくれる。装置の中では、私はずーっと意識不明で寝てる。

 あとは巡回看護士さんが来ない内に、逃走させていただきます!


 人事不省になってたのは一晩だけだったらしい。とはいえ、お昼が近いこの時間じゃ丸一日家を空けてたも同然だ。

 焦る胸の内でショーティーに詫びながら、見舞客の集団に紛れて治療院の門を出た。

 巨大な建物から足早に離れると、鞄からマギ・フォンを取り出して時刻とメッセージを確認した。

 手のひらから少しはみ出すくらいのピンクの薄い長方形。材質はアルギナイトという鉱石だ。その中央にある僅かに飛び出した半円を押すと、片手で軽く握れる大きさの球体が浮き出る。それが受話球。

 それを握って耳に押し当て、長方形の本体を握って魔力を流し込む。

 マギ・フォンのメッセージには、レイゲンス夫人を筆頭に加害者ロベルトの肉親や兄弟、そして一番厄介な中央政府役人数名の謝罪と見舞いと事情聴取のアポイントが入っていた。

 意識不明で入院している患者に対する内容じゃないけれど、押しかけるなんて暴挙をしないだけの節度はあるらしい。

 中央部に向かって伸びる主要道路を、鈍い体の痛みに目を瞑って駅に向かい、マギ・トレインを使って家に着いた時には陽も暮れかけていた。

 ドアを開けて玄関に入ると、ギャウギャウ唸りながら目を三角に吊り上げたショーティーにお出迎えされ、平身低頭して取っておきの餌を進呈して機嫌をとった。

 さあ、逃亡準備だ。

 ここでのほほんとしてると、病院を抜け出したこともあって一斉に押しかけられるのは目に見えている。そんなのは相手にしたくない。


「ショーティー、マジュの森に帰るわよ」


 餌を食べおえて顔を洗っていたショーティーの耳が、私の声にぴくりと反応した。

 それを見届けて、私は家中の私物を開いた鞄の中に投げこみ始めた。

 ショーティーも慣れたもので、玩具や大事な毛布を猫用バスケットに銜えて運び入れている。

 私の鞄とショーティーのバスケットは、じっくり時間をかけて作りあげた空間倉庫に繋がっている。どう見ても入るはずのない大きさの物だって、鞄の口を近づけて念じれば吸い込まれてゆく。

 ベッドに衣装箱に食器に調理器具。食品に雑貨に……あ、ショーティーの買い置きの餌。

 がらんとした部屋を見て回って忘れ物がないかを確認し、最後に残して置いた壊れかけの椅子に、真っ二つに割った『異名』証明のカードと保護登録解除のデータを書き込んだマギ・ディスクを置いた。


「さーて、急ぎましょ!」


 少し遠回りして、途中の町で金融局から財産すべてを引き出そう。

 そこからは記録の残らない交通機関を使って、大辺境にある故郷の森へ向かおう。

 傷つけられるのはもうたくさん。

 一度目は、私の油断もあったから許した。

 二度目は、連絡の行き違いで起こったアクシデントってことで、厳しい条件付きで場を収めた。

 でも、今回はもう耐えられない。

 私は、魔道具で作られた作業ドールじゃないの。

 傷つけられれば痛いし、簡単に命を失う血のかよう人間ですから。


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