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50話・ふたりきり 2

メリークリスマス!

微妙に連休がずれていたせいで、イブにご馳走を召しあがった方が多かったでしょうが、

私は風邪を引き込んで味蕾がバカになったまま…お粥&お薬三昧の連休でした( ノД`)シクシク…

ギル同様、口の中に残る後味で食欲が失せ切ってて。セツナイ。

 ギルの状態は、あきらかにおかしかった。

 額に脂汗を浮かべながら震えているのは寒さと疲労が原因で体調を崩した場合と同様だけれど、それにしては熱の上がり具合と意識の混濁が急激すぎた。

 私はすぐに彼の服をひん剥いた。ごつごつする地面にありったけのタオルや上着を敷いて、その上にごろりと上半身裸のギルを転がす。

 そこまでやっても意識が戻らない彼に、私は眉をひそめながら彼の上半身を目を凝らして診た。

 結果、左肩と左脇腹上部が熱を持って腫れあがり、そっと触診した具合から肋骨にヒビが入っているようだった。これが原因で、衰弱もあって急激に発熱したようだ。

 すぐに鎮静剤と炎症用の塗り薬を塗布し、固い布地の服を裂いて固定ベルト代わりに巻いた。あとは、解熱剤と体力回復薬を白湯で解いて、口元まで運ぶ。


「ギル、口を開けてっ。ちょっとずつでもいいから飲んで!」


 戦慄く唇に少量ずつ薬湯を垂らすが飲んでくれず、声をかけても薄い反応に堪えていた涙がとうとう溢れた。

 マジュの森で彼を見つけた時と同じような状況なのに、今はあの時みたいに冷静ではいられない。治療薬師なのに。こんな症状の患者さんなんて、たくさん診てきたのに。

 まるで、暗い森の中に独り取り残されたような心細さと辛さが湧き上がる。

 不甲斐なさが悔しい。そばにいながら、気づいてあげられなかった。あんなふうに感情を吐き散らしておいて、これじゃあてにされないのもわかるというものだ。

 流れる涙を無造作に拭って、唇を噛みしめ薬湯の入った器を握る。零れる量のほうが多く、腹を括って最後の手段に出た。

 残りの薬湯をぐっと呷り、ギルの唇に私のそれを重ねて飲み込ませた。無意識に噎せるギルの顔を横にして窒息を防ぎ、また新たに薬湯を作って繰り返し口移しで含ませて。


「飲んで……お願いよ。飲み込んでっ」


 薬湯で濡れたギルの口元を拭きながら、必死に訴え願う。

 ようやくごくりと嚥下する音が聞こえ、喉仏が上下するのを見てまた泣いた。

 それから、ギルの生乾きのマントや衣類を空間倉庫に投げ込んで、代わりに私の持つ布製品をギルにかぶせて山にする。いちばん上にショーティーの匂いがついた小型の毛布を掛けて、その山の中に肌着一枚の姿になった私は、放熱石を抱えて潜りこんだ。

 熱でしっとりと汗ばむギルを胸に抱きこむ。

 貧相で丈が足りない私の肌じゃ不足かもしれないけれど、でも今は我慢してね。


「リ……カ」

「ここにいるよ? 大丈夫。朝が来たら楽になってるから」


 譫言で名を呼ばれ、それだけで安堵する。応えると、痛いはずの肩を動かして腕が縋りついてきた。

 ふたりきりだけれど、こうしていれば心が穏やかになる。


 もう、独りはイヤ。寂しい夜はいらない。

 旅の間だけでいいから、私を独りにしないで。そばにいて。

 肩口に置いたギルの頭を抱き、熱くかさついていた唇の感触を宝物のように胸の奥にしまい込みながら瞼を閉じた。



 水の音と幾筋もの光の束に顔を照らされて、慌てて目を覚ました。

 鳥のさえずりがどこからともなく聴こえて、すでに陽が昇ってそれなりの時間が経っていることを悟った。

 小獣の巣のように積まれた衣類の層から静かに抜け出し、ギルの横顔をじっと見つめながら手早く服を身につけた。

 彼が目覚めない内に、私が彼を一晩中抱きしめて眠っていた痕跡を残さないように注意した。

 暖を取るためとはいえ、あられもない姿で寄り添っていた事実に、顔が火照る。生まれて初めて素肌を合わせて同衾した相手がギルだったことは嬉しいのに、そこに恋愛的要素がこれっぽっちもない現実がまた切ない。

 ギルの頬や首筋に手を触れ、平常に戻った顔色と深くゆっくり落ち着いている呼吸を確認する。額に手をやれば、高かった発熱も下がっている。

 彼の役に立った嬉しさと安堵感に、張っていた肩の力が抜けた。


「よかった……」


 とにかく、まずは竈に火を入れて湯を沸かし、朝食の用意だ。心許ない材料に溜息をつき、堅パンをほぐして粥を作る。

 煮込む間に衣類の山を片付けて、ギルに乾いた服を着せるために空間倉庫に入れておいた彼の衣類を引っ張りだした。

 この空間倉庫は、しまっておくだけで濡れた物を乾燥してくれる。洗濯までの機能はないけれど、こんな状況ではありがたい。てっきりマジックバッグ全般に付いている能力なのかと思っていたのに、ギルの生乾きのコートを見て、初めて特殊な機能なんだと知った。

 きっちりと乾燥しているのを確かめて着せ、痛めた肩と脇は無理をせずにそのままにして、マントとコートをかけておく。

 鍋からスープと粥のいい匂いが狭い空間に立ちこめ始めると、それに誘われてかギルが薄っすらと目を開けた。


「……俺は……」

「目が覚めた? 具合は、気分はどう?」


 完全に回復していないせいか、半眼の目は充血して潤んでいる。そこを覗きこんで、矢継ぎ早に問いかけてからハッと口を噤んだ。

 やっと意識を戻したばかりの病人に、無理をさせてどうするの! 


「ギル?」

「悪い……俺は、倒れたのか?」

「夜更けに高熱を出したの。肩と脇の打撲を隠してたでしょっ。それが原因でねっ。いっくら厳しい訓練をしてる軍人さんでも、無理すれば病気になるのは当然なのよ!」

「……すまん。また助けられた……な」


 枯れてしわがれた声が、苦笑混じりに詫びを告げる。

 私は頭を左右にぶんぶんと振る。また涙目になりそうなのを堪え、湯で温めたタオルをギルの首筋に滑らせた。


「私のほうが、いっぱい助けられてる……。先日みたいに我がままを爆発させても、ギルが大丈夫だって言って守ってくれるし、今だって一緒に飛び込んで……」

「それは護衛だから――」

「それでもよっ。あのままひとりで川に落ちてたら、身動きでずに溺死してたわ。ギルが体を張って助けてくれたから、こうして生きていられるの。だから、ギルも私を頼って? こんなふうに傷を隠されたら、私は……」


 また涙がこぼれる。緊張から解放されて安心したから。

 ギルが、無事に目を覚ましてくれたから。


「悪かった。次はちゃんと頼るから、泣くな……」

「うん……。はー、さて朝ご飯もできたし、食べたら治療と投薬をしましょう!」


 いつまでも、くよくよめそめそしている時間はない。

 気恥ずかしさに急いで涙を拭うと、気分を変えてギルの上体を介助の手を貸して起こす。腫れは引いているけれど、ヒビは簡単には治らない。何かするたびに痛みが走るだろう。

 時間さえあればのんびり快癒を待てるが、今は無理だ。

 だから、私は張り切って空間倉庫に手を突っ込んで、あれこれと効能の高い材料を並べ、レシピ・スキルを展開した。

 ふとみると、なんだか妙に苦い表情をして私を見るギルに首を傾げる。


「薬ってのは……ものすごく苦い奴なんじゃ……」


 意識が朦朧としていた割には、真夜中の攻防を覚えているらしい。口中をもごもごさせて眉間を寄せている彼に笑い、返事を無視して朝食の用意を始めた。

 栄養不足のパン粥だけど、それはお薬で補っていただきましょう? 私を心配させた罰に。



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