49話・ふたりきり 1
いつもご感想や誤字脱字のご指摘、ありがとうございます。
新機能の『誤字報告一覧』設定をONにしておきましたので、お時間がある時で結構ですので報告くださいませ。(アップデート時にONになっていると誤解してました…)
ご厚意に甘えるばかりで申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
ゆらゆらと揺れて霞む視界と薄ぼんやりした意識に、悪夢を見ているのかと思った。凍えるほどの悪寒と重苦しい頭痛が、ひっきりなしに襲ってくる。嫌な夢を追い払いたくて、また眠りに落ちようと……。
「リンカ!!」
必死な声が、私の覚醒を急かした。鈍い皮膚感覚が蘇り、頬を叩かれている痛みと音が鮮明になった。
「あ、た――ウグッ!」
「吐け!」
声を出そうとした瞬間、喉の奥から何かが溢れてくる。慌てて上体を起こして俯き、咳込みながら口中に溢れたものをゼィゼィと喉奥を鳴らしながら吐き出した。
一呼吸ごとに直近の記憶が脳裏を走り、吊り橋から放り出されたところまで思い出して顔を上げた。
まだ濡れそぼった髪のギルが、厳しい表情で私を見詰め返した。
「ギル……私たち……」
「ああ。流されはしたが助かった。取りあえず、先に着がえろ。このままでは凍死する」
間近に顔を寄せて指示するギルに、問い詰めたい気持ちを抑えて震える手足を動かした。
川岸の平らな大岩の上にいることまでは確認できたが、辺りはすでに陽が陰って薄暗くてそれ以上ははっきりしない。たとえ周囲が見えても、どれくらい流されたのかまでは判別できないだろう。
背を向けて着替えを始めたギルを見届けてから、空間倉庫から着替えを引き出すと急いで着がえを始める。感触を失いかけた凍える指は、濡れた衣服のボタンを外すことすら大変な作業だった。
視界の隅に、ギルの裸の背中が薄ぼんやりと白く浮いている。家で見た傷や痣だらけの肌を思い出して、胸が痛くなる。
また、世話をかけちゃったなぁ……。
黙って視界を逸らして着替えの手を早め、暖を取るためのアイテムを見繕う。
こんな時、空間魔法のありがたさを痛切に実感する。長時間水没しても浸水することなく、収納品が流れ出てしまう心配もないなんて、これなら高額になるのも当然か。
ロンド婆ちゃんに心の中で感謝しながら薬師のローブを纏うと、ようやくひと心地ついて髪を拭うことができた。
ギルも背を向けたまま、ふぅと重い吐息を漏らしていた。
戦闘装備一式が駄目になったらしい彼の格好は、余暇の私服と予備の戦闘服を重ね着し、薄手の真っ黒なマントを羽織っていた。
ただし、ふたりともに靴は平地用の薄い皮のブーツだ。暗所で足を痛めないように気をつけないと。
「歩けるか? 無理なら――」
「大丈夫よ。歩ける」
抱き上げる、あるいは背負うといいかけたところを遮って、すっくと立ち上がった。肌は冷えているが、動けないような怪我や打撲はまったくない。動かないともっと凍えそうだ。
腰を捻って準備運動をする私に苦笑しながらギルも立ち、小型のライトで周辺を照らすと狭い川岸を上流に向かって歩きだした。
「まずは、落ち着ける場所を探す。洞窟か岩壁の裂け目でもあればいんだが」
きちんとこれからの目的を口に出して示してくれるギルに、私はタオルで包んだ放熱石をいくつか渡しながら頷いた。
その後の探索は時間を要し、絶壁の途中にある穴を見つけたまでは良かったが、そこに登るまでがまた大変な作業だった。
細い足場に指と爪先を引っかけ、先に登ったギルが垂らす命綱を頼りに大きな裂け目に辿り着いた時には、別の意味で身体の震えが止まらなかった。
「真っ暗だから……下が見えなくてよかったのかも」
どうにか登り切った断崖の真下は、私たちが流された谷川だ。暗闇の中で岩にぶつかって上がる飛沫と水音だけが追いかけてきたけれど、その流れと高さを目にすることがなくてよかった。
「十分頑張った。さすがはマジュ育ち」
「それ、褒めてない!」
三角形に裂けた空洞内はふたりで横になるには十分な広さがあり、ギルが石を組んで火を焚いている間に、私は裂けめの開口部に種を蒔いた。水と空気に触れると、もっさりとした枝葉を急速に茂らせる魔草だ。
火を焚くから密閉はできない。でも、すこしでも外気を防ぎたい。だから、植物で囲ってみた。
「グランガ魔草か」
ギルが出入口を塞ぐ植物を見て、顔を顰めた。
べたつく粘液を纏う葉が動物の動きを邪魔し、付着したそれは簡単に除去できない厄介さを持つ魔草。裏返せば、虫や魔獣除けになり、葉と葉が張り巡らす粘液の糸で、隙間が小さく風よけに役立った。
「今は手持ちの物で、どうにか凌ぎましょう。朝が来れば……」
「明るくなれば、周辺の地形も判る。流されたのを幸いに、合流を考えずに目的地に向かうことにしよう」
「……いいの?」
「仲間が俺たちを捜索している間、敵の目を引きつけてくれる。その隙に乗じて移動する」
竈から立ちのぼる火が、私たちを照らす。
ギルの冷静な判断を聞き、一言一言を噛みしめるように頭に詰め込みながら、空間倉庫から出した鍋でスープを作る。薬草とすこしの乾燥肉と一握りの穀物を追加して。水はギルがたっぷり持っているから大丈夫だ。
温かい食事をして、一休みすれば朝が来る。
いつの間にか、寝入ってしまったようだった。疲れと火の暖かさで眠りに誘われたらしい。
目が覚めたのは、低い唸り声がしたからだ。
「ギル……?」
焚火はすでに残り火だけになっていて、辺りはしんとした寒さに包まれていた。
暗がりに慣れた目でギルを捜すと、焚火を挟んだ反対側にこんもりとした黒い塊が見え、這って近づいてみれば横になったギルだった。
マントと生乾きのコートをかぶって、ギルは苦しげに唸りながら横たわっていた。
私は急いで残り火に小枝をくべて火を強め、明るくなったところでギルの顔を覗き込んだ。
寒さの中で赤ら顔をして、乱れた呼吸を繰り返してる。どう見ても発熱している様子を見て取るやいなや、私の中でかちりとボタンが押された。
「なんで、声をかけてくれないのよっ。私は治療薬師なのよ! 辛い時ぐらい頼ってよ! まったくっ」
腹立たしさと情けなさで、口ではギルに文句を呟きながらも涙が滲んだ。




