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47話・ショーティーのショータイ

「俺がショーティーの正体を知ったのは、マジュの森で襲撃された時だ」


 ギルの述懐の冒頭で、すでに私は痛恨の一撃を喰らって撃沈していた。

 副隊長さんが手ずから淹れてくれた香酒茶を手に、香りと湯気に誘われながらも口にする気力すら失いかけている。


「戦闘中に黒い猫科の巨獣が現れ、加勢してくれた。当初は信じられない思いで戦っていたが、俺が危うくなるたびに援護してくれるのを見て、これは……と」

「なんで黙っていたの?」

「俺はリンカが承知していると思っていた。しかし、俺は軍人だ。言えば討伐対象にされる場合を考えて、あえて話題しないのだと考えた。俺とて命の恩人の飼い猫であり、手助けしてくれた従獣と敵対する気は起きん。俺さえ口を噤んでいればと、な」

「そうなの……」


 説明されてみれば当然のことだと思い至る。それどころか、ギルの厚意に助けられてもいたのだ。ぐうの音も出ない。

 合間合間にお茶を啜るわざとらしい雑音に苛つきはしたが、お茶を淹れてくれた珍しい気遣いに免じて黙殺し、温くなったお茶を一口飲んだ。

 ほのかに酒気が香り、ほっこりと胃の辺りから温かくなる。


「だからといって、ショーティーが何であるかは知らん。変幻自在の上に魔女の空間魔法を渡る魔獣など、聞いたこともないしな。ゼフ、知ってるか?」

「こいつは、霊峰の神獣様じゃねぇか? お伽噺の中でしか存在してないと思ってたが」


 副隊長さんは、とんでもなく恐ろしい仮説を軽い物言いでギルに返す。

 私は伏せていた顔を上げて、ぽかんと目を丸くして副隊長さんを見た。ギルも同じように、カップを口に運びかけたまま動きを止めている。


「なぁ? お前は神獣か? 黒猫さんよ」


 腕を枕に寝転がりながらショーティーの喉元を指で擽っている副隊長さんと、薄目で顔をのけ反らせてうっとりとされるがままのショーティーを交互に見やり、私はごくりと唾を飲み込んだ。


「それ……本当ですか?」

「いや、ただの思いつき。お前ら深刻になりすぎだ。あれがこいつの本性なのは間違いねぇ。魔獣だろうが神獣だろうが、こいつは嬢ちゃんの飼い猫にかわりはねぇんだし、敵でもねぇんだ。それでいいだろうが?」


 副隊長さんはショーティーを慰撫しながら細めた眸でちらっと私を見てニヤリと笑うと、また黒猫に視線を戻した。


「うにゃぅ……」


 毒気を抜かれた私とギルはそれ以上何も言えず、ただ気持ちよさげなショーティーのゴロゴロと喉を鳴らす音だけが天幕の中に流れた。



 香酒茶でほろ酔いになった私は覚束ない足取りで天幕に戻り、すでにお湯で身を清め終えたエマさんに優しい眼差しに迎え入れられ、敷かれた寝袋の上に崩れるように倒れ込む。

 副隊長さんのせいで何もかもが馬鹿らしく思えてしまい、結局ショーティーの話をしたきりで戻ってきた。

 心配顔のエマさんに一連の流れを話すと、思わずといったふうに噴き出して笑われた。


「あれだけ真剣な態度でカークベル隊長が約束してたから、きっと話は長くなるんだろうなと思ってたわ」

「当の私だってそのつもりだったのに、副隊長さんとショーティーに全部もっていかれちゃって!」


 ふつふつと湧いてきた憤りに、唇を尖らせる。


「まあまあ。黒猫ちゃんの誤解は解けたんだし、リンカもすこしは落ち着いたでしょう? 初めての襲撃だったから気が昂って疲れちゃったのよ。それに、ここ数日は野営続きだし……」

「あーん。飼い猫まで有能だったなんて、主の私はどーしたらいいのっ。立つ瀬なくて辛いっ」

「何言ってるの。リンカがいるから私たちの体調や怪我の治りが早いんだし、回復薬や補助剤なんて効果が凄すぎてびっくりしてるのよ? 適材適所。戦闘は私たちの領分で、リンカが後ろで援護してくれてるから万全な態勢で行動できるの」


 ぽんぽんと背中を叩かれ慰められた後、桶にお湯が注がれる音がする。

 私はのろのろと起き上がり、エマさんの好意に甘えて湯を使った。

 敵を撃退したからといって安心できるわけじゃない。次の襲撃がすぐに来ないとも限らない。できることは、わずかでも睡眠を取って疲れを癒しておくこと。

 タオルで身体を拭いて下着とブラウスを替え、また防寒着を羽織る。寒さ対策でもあるけれど、深夜の襲撃に備えておくためだ。

 「おやすみ」の声に返事をして、ランプを消して横たわる。

 夜番もない私は、彼等の――ギルの足手まといにだけはなりたくなかった。



◇◆◇



 渓流のせせらぎが聴こえてきたのは、感情爆発した日から四日目の昼だった。

 その間に、もう一度敵襲があったらしい。らしいというのは、接近される前にショーティーがいち早く気づいて、数人の隊員と共に距離を置いた地点で撃退してしまったからだ。

 あの日以来、ギルは小さな報告や打ち合わせの場に、かならず私を立ち会わせた。理解できないことは、その後で質問してくれと告げられた。

 結果、いまだに『光の魔法士』が姿を現していないと知った。


「俺たちの目的地を知っている相手だ。奴はそこでのんびり待っているんだろうさ」

「だったら、こんな所で襲撃して仲間を減らさなくても……」


 ラグールに乗って先へと進みながら、左を護衛するギルに問う。


「散発的に襲って俺たちを心身共に疲労させる。こんな山中の道行きの上に野営続きだ。それなりの効果がある」

「……ほんと、効果は抜群よね……」


 うんざりした口調で答えると、周囲の護衛隊員たちが笑った。

 渓谷沿いに登っていくと、木々の間から吊り橋が見えてきた。川幅自体はそれほどじゃないけれど、水面の色から深いのは見てとれる。ただし、対岸までは距離があり、それほど高くない位置に古く頼りない吊り橋が掛かっていた。


「あれを渡る」

「……」


 橋の手前で全員がラグールを降り、向こう岸を眺める。

 私は、古ぼけた綱と板木で組まれた吊り橋に、背筋を震わせた。


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