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46話・内省と揺れる心

 無意識に溜めこんでいた負の感情が爆発したあと、虚脱感と恥ずかしさのあまり私は抜け殻となった。

 ギルに頑是ない子供みたな八つ当たりをして、正気に返ればこの体たらく。スッキリするどころか、もっとどんよりとした気持ちになるなんて。

 集合ポイントの小さな泉に、殺気の余韻を漂わせて四方八方から集まってきた隊員たちは、座り込んだままぼーっとしている私に首を傾げたが、副隊長さんとファミーナさん以外は遠巻きにちらちら視線をよこすだけだった。

 いつもの薄笑いを浮かべた副隊長さんは、いったい何があったのかと訳知りのジャル・ロウとエマさんをつついて事情を聞き出そうとしている。その執拗な探りに、エマさんは仕方なしといった態で「慣れない旅と疲労でちょっと……」と嘘じゃないけれど本当でもない曖昧な説明をしていた。

 私は彼の邪気溢れる視線をあからさまに無視して、焚火のそばに座り込んで赤々と燃える炎を見つめていた。

 もうひとつ、完全無視している相手がいる。謎猫ショーティーだ。

 私が無言でふつふつと怒っている気配を察してか、またもやギルにぺたりと貼り付いて寄ってこない。

 ふうと深い溜息を吐いて、さきほどの感情の暴発を内省した。


 今まで仕事をして生きてゆくことだけに腐心してきた。薬師を選んで店を持つ目標を掲げて、人に疎まれても馬鹿にされても負けずに過ごしてきた。

 『翠の魔女』の異名が重くて邪魔に感じるたびに、神様をちょっと恨んでみたりもした。その反面、異名持ちだからこそ使える能力で人を助けられた時は、胸を張って自信が持てた。

 そんな私の日常にいきなり出現した、世界に災いを振りまくと伝えられている禁忌の小箱と『翠の魔女』。それらに付随する暗殺者や追跡者。

 そして、ギルの存在。

 シェルク様は彼を猟犬と揶揄した。私にとって彼は守護する者なのに。

 でも、ここにきてやっと気づいた。

 先見が予見したのは、ギルが物理的に私を追い立てるってことじゃなく、彼の言動が私の心を騒がせ追い詰めるってことじゃないかと。

 実際、私は彼が起こす不意打ちに鼓動を高鳴らせてしまっている。彼にとったら普通の行為でしかないのかもしれないけれど、異性慣れしていない私にとっては指先ひとつが掠めただけでも目元を染めてしまう。

 そんな不安定な精神状態のさなかに、ぽんと投げ込まれたショーティーの正体。飼い主の私が知らない真実を、ギルがなぜ知ってるのか。

 それが引き金になった。

 怒りや嫉妬や不満や苛立ちが、練りに練られて暴発したみたいだ。

 膿が出きってしまった後に残ったのは、物分かりのいいフリをしていた愚かな私。

 ギルに護られのほほんとしていたくせに、実は秘密裏に何もかもが片付けられて、事後報告しかもらえなかったことに不満を募らせていたみたい。

 戦うことすら満足にできないくせに。人を欺くことなんて、絶対無理な癖に。

 あーあ。こんなものは単なるエゴだ。


「リーンーカ。なんだか大変だったんだってぇ?」


 ファミーナさんの潜めた声に、焚火から隣に視線を移す。まったく気配を感じさせることなく、すでに隣に座っているのには驚いた。

 焚火に照らされた彼女は、灰褐色の髪を綺麗に纏めて薄化粧の美貌にも隙はない。つい先ほどまで敵と対峙していたとは思えないほど、大人の女性としての身嗜みをしっかり整えている。

 こうして比べると、本当に自分はまだ少女の域から抜け出していないんだなぁと自省する。


「……子供みたいに爆発しちゃって。自分ではもっと大人だと思ってたんですけど……」

「仕方ないわよぅ。全然知らない大陸のこーんな山奥まで行けって言われちゃ、いくらお仕事でも誰だって疲れちゃうわよ~」

「でも……」

「リンカは我慢し過ぎなのよぅ。この中ではいちばん年下で保護対象なんだからぁ、もっと自分を出していいのよぅ? 人はね、痛いって告げてくれないと相手の痛みなんて理解できないんだから~」

「言っても、いいの?」

「ええ! どんどん言いなさいな。私にでもゼファ副隊長殿にでもぉ、ギル隊長にでもねぇ?」


 紅色の唇を上げてにっこりと微笑み、長い睫毛の片目を瞬かせてウィンクする。間延びする口調はいつもの色っぽさに満ちていて、でもいやらしい雰囲気はなく柔らかな温かみがあった。


「うん。聞きたいことや知りたいことがたくさんあるの。だから、話してみる」

「そうしなさい。というわけで、隊長が呼んでるわぁ」


 無骨な手袋をはめた指が、泉の端に建てられた天幕を指す。

 私は膝に力を入れて立ち上がり、コートの裾を払って真っすぐに足を向けた。

 戦闘直後の野営では、敵や魔獣を誘わないように焚火はしても匂いが立つ煮炊きはしない。携帯食で空腹を紛らわせ、常に即迎え撃てるように備えておくらしい。

 白湯のカップを啜りながら固形食をを齧る隊員の間を抜けて、天幕の布を押し上げた。


「入ります」

「ああ、待っていた。入れ」


 男性が三人横になれば一杯になりそうな広さの天幕の中に、ギルと副隊長さん、それにショーティーが待っていた。

 ギルは胡座をかいているだけだったけれど、副隊長さんはだらしなく身を横たえているし、ショーティーに至っては天幕の主のように中央で顔を洗っている始末だ。

 私は肩を大げさに上げて溜息を吐き出し、こそこそと端に腰を下ろした。

 出入口の幕が引き下ろされるのと同時に、ギルが防諜結界の魔道具を叩く。


「では、互いに腹の中に溜まったものを吐き出そう」


 私の態度に呆れているかと思っていたギルは、薄緑の瞳に真摯な光を映して私を見返した。

 私は反することなく無言で頷いた。



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