40話・『翠の魔女』とトゥーリオの民 5
お待たせしました。次話UP遅くなりました。
現在、屋台異世界交流が書籍化決定し、そちらの作業に取り掛かっておりまして、当分の間不定期更新になります。
お楽しみ下さっている方には、本当に申し訳ありません。
アーヤさんの告白に、私とギルは固唾を呑んだ。
母がアーデルベルトに辿り着く前の軌跡が、ここで見つかった。けれど、内容が不穏過ぎる。
私をお腹に孕んで臨月を迎えようとしていた母が、死を覚悟してまでなぜマジュの森なんかに逃げ込んできたのか不思議だった。トゥーリオの民や『翠の魔女』、延いては禁忌の小箱に関する知識を持つロンド婆ちゃんでも、口を閉ざす母の様子だけじゃ見当もつかなかったらしい。
そのままずっと謎を謎として引っ張ってきたけれど、ロンド婆ちゃんが儚くなった時を境に心の奥にしまいこんでおいた。
リカルド国王が私に依頼を寄こした時、止まっていた運命が動き出したんだと思う。しまっておいた棚の扉が開いた。
ギルからの情報提供で、母が誰に追われていたのか判った。では、追手を差し向けた黒幕は? それすら、ここにきて薄っすらと正体が見え始めた。
母はサンスーン帝国から逃げ出し、皇帝の命令で『光の魔法士』がアーデルベルトまで追ってきた。理由は『翠の魔女』の私を手に入れるため。
ということは、母は――。
「トゥーリオの真実をリカルド国王が教えてくださいました。カルミア王国が滅ぼしたのではなく、禁忌の小箱を巡って皇王自らトゥーリオ皇国を滅亡させたのだと。では、私や母の血筋は?」
「……皇王には、庶子がおりました。女性でしたので、見逃され……捨て置かれていたと聞いております。その方を、我が一族の者たちが密かに連れて逃げ……」
「サンスーンに逃げ込んだ?」
「はい……」
禁忌の小箱を奪った国へ、皇族の血を引く娘を連れて逃亡するなんて、と今だから言える。
でも、アーヤさんの一族は、『翠の魔女』の秘密を知っていたんだよね?
「小箱を強奪したのがサンスーンだと知らなかったんですか?」
「どうも……その頃のトゥーリオ周辺国はどこも信用に値せず、それだけにどこが奪っていったのか判断できなかったようなのです。そのため、皇王はあのような……」
胸になにかがずっしりとくる。
敵を捜して手をこまねいて時間を無駄にするなら、皇族の血を絶やせばいいって思ってしまったのかぁ。なんて短絡的な、としか思えない。
『翠の魔女』と禁忌の小箱の関係は判ったけれど、どうしてそんな危険な物を作り出したのかが謎。これじゃ、まるで『翠の魔女』がそのためにしか必要なかったようにしか感じられない。
なのに、アーヤさんの一族は皇王の血を隠したんだ。
「それを知っていながら血を引く女性を匿って、挙句の結果が私ですかあ」
なんともやるせない気持ちになる。
今、この時間を生きるアーヤさんたちを責めるのは、筋違いだっていうのはわかっている。彼女の一族が庶子の女性を助けたからこそ、今の私がここにいるんだから。
それでも、余計なことをしてくれたという感情は消せない。
「一族の者は誤解していたのです。皇王の血を引いていても、所詮は平民から生まれた庶子です。だから、その女性が他の平民と結ばれても『翠の魔女』がお生まれになるなど思ってもみなかったようです」
「皇族の血が薄まれば生まれない、と?」
「はい……」
庶子であっても最後の皇王の血を引く人間となれば、皇族を見守ってきた一族は大事に守り抜く気にもなる。いずれまた――と、そんな希望を抱いて。
でも、皇王の血を残すためにと連れ出しておきながら『翠の魔女』が生まれないよう薄める気でいたって身勝手な考え。
「人は……己の信じたいことしか信じないものだ。その先に何が起ころうと、目先の夢しか見えないものだからな」
今までずっと護衛に徹していたギルが、まるで会談の最後を締めくくる合図のように告げた。
私は彼を見やり、黙って頷いた。
ギルの一言を期に、私たちはアーヤさんとお別れをした。その際に、彼女に小さな瓶を手渡した。
カムナ氏に反撃した後始末のための特効薬だ。
「祖父は……」
「カーブルファイスに守られて眠っておられるかと。それを根元に吹きつければ、種子を残して終わります。……大事にしてあげてとお伝えください」
植物を無理やり変容させなくても、敵を撃退する方法はたくさんある。彼らだって保身のための生態を持っているのだから。上手く付き合ってゆくのが『緑の魔法士』の在り方だと、私は思っている。
アーヤさんに背を向け、待機していてくれたファミーナさんとエマさんを伴い、軍用魔道車を停めた場所まで向かう。
道すがら女三人で美味しかった料理の話に花が咲き、車に乗り込んでからも楽しい雰囲気のままバージョを後にした。
私の中に残った燻る思いを解消するために、ふたりが敢えて明るい話題で盛り上げてくれているのは感じていた。
黙って運転するギルに心の中で詫びながら、彼女たちと楽しい女の子の会話の中に浸った。
難しい問題は、今はお預け。
今夜の宿泊は、辺境の古城のような宿だった。
夕日に照らされて黒々とした影を落とす古城は、なんとも恐ろしく見えた。
私の怯えを感じてか、ファミーナさんがそっと寄り添ってウフフと笑った。
「ここね、リンカの希望なのよ?」
「ええ!? 私、こんな宿なんて……」
「朝になればわかるわ~。暗いとちょっと怖いけど、大丈夫よぉ。私とエマがついてるから、ねぇ?」
「はぁ……」
車をどこかへ駐車してきたギルが戻り、身を強張らせている私を見やってファミーナさんと同様に笑った。
「ここは、大昔にこの一帯を治めていた領主の城だ。今では別の一族の領地だが、高級宿として貴族や富豪の保養地として有名になっている。それでな……贅沢できる最後の日なんで、『星の魔法士』殿に勧められた」
なに? それ。
お勧め宿が、こんなに怖い雰囲気なんて。
最後の贅沢が、お化け古城って!
いろいろありすぎて頭が一杯なのに。寝床に入ったら、ゆっくり考えようと思ってたのに。
これじゃ、物思いに耽るどころか、恐怖が先に立って寝られないじゃないの!
シェルク様! お恨みします!
「の……呪ってやるぅ」




