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38話・『翠の魔女』とトゥーリオの民 3

 ドアを開けた先も、植物が溢れかえる温室の中のような部屋だった。

 玄関ホールですら私の家の居間より広いのに、通された一室は家がまるごとすっぽりと入りそうなくらいの空間だ。

 なのに、所狭しと植物が生い茂っている。思わず、部屋の住人は人ではなく植物なのでは? と、問いたくなる密度だ。

 事実、大小さまざまな鉢に囲まれた老人は、すでに植物のような気配のする人物だった。

 年齢の判断がつかないくらいに皺に埋もれた外見は、腰が曲がって身動きすらできなくなって久しいといった風情で、幼児のように安楽椅子に寄りかかって埋もれていた。


「お初にお目にかかる。カムナ・シシドウと申す。此度は儂の誘いに応じてくれて感謝する」

「リンカ・レンショウと申します。お招きありがとうごさいます。彼は私の護衛ですので、お気遣い無用に願います」

「……なるほど。まぁ、座られよ」


 皺の間から冴えた視線が背後に投げられたが、私の義務的な物言いにカムナ氏は排除の言葉を飲み込んだ。それに気づかない振りをして、カムナ氏の向かいの腰を下ろす。

 青々とした葉陰にカムナ氏の座る椅子とは趣の違った蔦編みの椅子が置かれ、深く腰をおさめると気分は隠遁者だ。

 私たちを包囲する槍先型の草葉たち。対して、私を守護するギルの練熟した魔力。

 静かに向かいあった直後、和やかな雰囲気は霧散して厳しいほどの威圧感が小さな老人から発せられる。


「まず、お訊きしたいのだが、旧トゥーリオの地へ何をなさりに行かれるおつもりか?」

「カルミアの国王からの依頼を果たしにです」

「……具体的に説明を求めておるのだが……」

「依頼主との契約を、()()においそれとお話しすることはできません」


 話は“禁忌の小箱”に絡んでいるだろうと推察していたが、初対面で冒頭から尋ねられるとは予想外だった。

 地位のある立場と見受けられるのに、己の礼儀を欠く発言を真っ当だと考えているのかと内心で首を傾げた。が、すぐに権威ある者の傲慢さかと思い至る。

  

「では、ひとつだけご忠告を。カルミアの王から預かりし物は、ここに置いて行かれるが身のため。あれを『翠の魔女』が手にしておるのは、数多の人々を不幸にする」


 小さな体のどこから発しているのかと思うほどの力の篭った声が、気迫を伴って私を非難する。

 言葉では忠告といいながら、まぎれもなく糾弾だ。

 私はぐっと腹の底に力を入れ、背筋を正して怖れを跳ね返した。


「あれとは何でしょう? ()()()には何も置いておりませんが?」

「預けられたことなぞ知っておる。あの小箱は、お前様が持っていてはならぬ物。なにしろお前様は、罪の魔女。この世に生まれ落ちてはならんかった者だ」

「何を……」


 その一言は、不意打ちのように私を斬りつけた。拒絶の刃は、私の中の柔いどこかを確実に抉った。

 肩先がびくりと痙攣する。

 でも、絶対に視線を逸らすものかと意地を張って相手を睨み据えた。

 こんなのは単なる脅しだ。不意打ちに私が怯めば、その隙を狙って本格的に攻撃するつもりでいる。それを証明するように、私たちの周囲に気味の悪い気配がじわじわと広がってゆくのが感じ取れた。


「知らぬ存ぜぬではすまされん。あの小箱が在るかぎり、『翠の魔女』は――」


 カムナ氏が粛々と語っている最中に、それは突然始まった。

 空気が一変し、悪意と毒気が入り混じった魔力がカムナ氏から溢れ出す。それと同時に、植物たちが一斉に葉や枝を激しく揺らして恐ろしい変化を始めた。

 艶々と緑色を輝かせていた()()は一瞬の内にどす黒い濃緑色に変わり、粟立つように葉や茎に幾重にもコブを生み、多肉植物のように太りだした。


「リンカ!」


 葉に埋もれて背後に控えていたギルが、硬直していた私を名を呼びながら腕の中に囲い込むと、カムナ氏に向けて右手を突き出した。

 手のひらから半透明な盾が展開し、直後に()()が放射しだした濃緑色の液体から私を守ってくれた。

 ギルの【障壁】に、びちゃびちゃと嫌な音を立てて毒液が次々と降りそそぐ。

 色と臭いに我に返った私は、老人から立ち昇る特殊な魔力をひと睨みすると反撃に移った。

 負けるもんか。同じ民族であろうと、私にとっては赤の他人だ。

 心の隙を狙われたのは痛かったが、これも試練だ。

 私には信用できる……いいえ、信頼が置ける護衛がいてくれる。


「【分析開始】【解毒合成】」


 空間倉庫から細長い透明の瓶を取り出すと、覚えのある臭いを基に作り出した解毒薬をカムナ氏に向けて思い切り振りかぶって撒き散らした。

 変容した植物たちは、解毒薬を注がれて今度は一気に枯れ始めた。

 毒のコブが、ねじれるように溶けて縮んで萎んでゆく。


「これを口に含んで、ゆっくり溶かして飲んで」


 その間にタブレット防御薬をギルに渡し、彼がしっかり口に含んだのを確かめてから前に向き直った。


「カムナさん、あなたは『緑の魔法士』ですね? それに、この家にあるすべての植物は毒持ちばかり……」

「さすがは『翠の魔女』だ。下位の異名持ちでは相手にならんか」

「いったい何をなさりたいの? 私を殺すつもりで招いた?」


 力の篭った腕は、いまだに私の胴にしっかりと回されている。

 その熱は、私を勇気づけた。


「いいや。……確かめさせてもろうた。お前様が真実『翠の魔女』であるのかをな」

「そんなことのために……」


 カムナ氏の威圧が収まると同時に、部屋中の植物たちは茶褐色に色を変えて枯れ果てた。

 無残な姿の鉢植えは、ぱらぱらと葉を落としている。

 他者の魔力に馴染んでしまった彼らは、もう私の魔力を受け付けない。どうにか元に戻して生かそうとしても、魔力による変容の後では何をしても蘇らせることは無理。

 植物たちの悲しみがひたひたと足元から這い上がってくる。


「あなたに試される謂われはありません。殺される前に、失礼させていただきます」


 お腹に回されたギルの腕を軽く叩いて意志を伝え、緩んだところですっくと立ちあがった。


「ま、待て!」


 枯れ枝のような腕が慌てて伸ばされるが、私はあえて無視してその場から戸口へと足を向けた。

 無礼には無礼を。

 ギルが私の背後につく前に、私は老人の足元に微細な種をばら撒いた。


 あの子たちは、きっと優しい腕をもってして老人を慰めてくれるだろう。魔力を吸い取って長い長い根と蔓を伸ばし、ご主人様を絡め捕る。


 心地よい繭の中に。


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