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37話・『翠の魔女』とトゥーリオの民 2

 私の中では歴史の一端でしかない亡国は、世代を継いだトゥーリオの血を持つ人々の中では今でも故郷であるらしい。それを語って聞かせる肉親がかたわらに存在するか否かで、これほど心情的な違いがでるのかと自分のことながら他人事のように思う。

 私は、ずっと迷子のような不安感を引きずっていた。

 アーデルベルトで生まれ育っていても、悪目立ちする容姿のせいで、ここは自分の在る場所ではないといった孤独感がいつもつき纏っている。ならば、同じ血族の集う場所をと求めて来てみたが、顔を合わせる前から『違う』ことに気づいてしまった。

 肉体はトゥーリオであっても、私という個人はどこの地にも根付いていない宙ぶらりんな立場なのだと。

 ぽつりと呟くと、同乗している人たちは一様に押し黙った。


 見渡す限りの大草原のただ中を真っ直ぐに伸びる街道の先に、黒々とした巨大な影が見えてきた。

 バージョという名の地方都市で、私たちが寄る目的地なのだそうだ。

 穀倉地帯からだんだんと家屋が多くなり……なんて物じゃなく、大海原に浮かぶ孤島のような都市が突如として現れる。とはいえ、城塞都市のように城壁に囲まれているわけじゃなく薄っすらとした林に囲まれているだけ。

 なんとも無防備に見える都市を、私は目を細めて眺めた。

 土を固めただけの埃っぽい道から巨大な石板を敷き詰めた道路に変わり、軍用魔道車は速度を落として都市内へ入った。

 魔道車の多さは予想外だったが、もっとも目を引いたのは驚くほどさまざまな民族が混じり合っている光景だった。

 多彩な容姿や服装が溢れ、分け隔てなく道を譲り合いながら通り過ぎてゆく。


「凄い……王都とはまったく違う雰囲気ですね。まるで、別の国に来たみたい」

「ひとつの国であっても、人々は昔から住む地を離れないものですよ。国境線は力ある者が勝手に引いたものでしかないですし、土地に住む者にとってはそこが故郷ですから」


 エマさんは、リカルド国王の側にいながらも妄信はせずに、客観的に物事を捉えている。君主制であっても、大昔のように国王を神のように崇め敬っているわけじゃないんだ。

 アーデルベルトも同じようなものだ。

 民主主義を謳い共和国ながらも、地方に行けばその地区には昔からの権力者が“長”として存在している。目に見えない独立国家の集合体でしかない。

 活気ある街並みを通りすぎ、住宅地区に入ったのかたくさんの窓が並ぶ高層の建屋の前で軍用魔道車は停車した。

 左右を見ても同じような造りの建物が、整然と建ち並んでいる。

 一際高い四階建ての瀟洒な建物の玄関ポーチに、警備役らしい男性が駆け出してくる。

 え? ここなの?

 ぽかんと高層建築を見上げている私に、先に降車したギルがドアを開けて手を差し伸べてきた。


「……ありがとう」

「どういたしまして。お嬢様」


 そのとぼけた台詞に彼を一瞥しながら、手を借りて車を降りた。

 騎士の制服をもっと簡略化した衣装の男性にギルがなんらかのカードを見せ、彼の案内で中へと通された。

 驚いた、の一言に尽きる。

 国を追われた民の印象が強いせいか、もっと閉鎖的な集落に連れていかれるのだと想像してた。

 こんな考えも、典型的な差別意識のひとつになるのかな?

 それにしたって、私の想像からかけ離れすぎだ。


「……ここにお住まいなの?」


 ギルの脇腹を突いて背伸びをし、そっと彼の耳元に囁く。すると、ギルは口を噤んだままでひとつ頷いた。

 横に立つエマさんに目をやると、彼女も目を丸くして驚いている。

 てっきりエマさんも素性を知る相手なのだと思っていただけに、彼女の様子に私のほうが気抜けしてしまい、なんだか変に落ち着いた。

 階段を使って二階に上がり、左の廊下を突き辺りまで歩いた先にあるドアを、案内役がノックした。


「お客様をご案内しました」


 かちりと金属音がして、ドアが勢いよく開け放たれた。


「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました。中へどうそ」


 一見してすぐに判る私と同じ黒い髪と瞳の民族の女性が、穏やかな微笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 齢の頃は三十代後半くらいの、やはり小柄で華奢な女性だ。スレンダーな肢体に立ち襟のすらりとしたワンピースドレスを纏い、癖のない艶やかな長い髪を片側から前に流して宝石を散らしたリボンで結んでいる。

 私やエマさんよりも年上のはずなのに、民族特有のあどけない風情が彼女を神秘的に見せている。

 私は心のどこかがごっそりと削られる錯覚を感じ、誰もいなかったら床に崩れ落ちていただろう。

 だって、私の容貌ってトゥーリオの中でも平凡中の平凡だと決定づけされた瞬間なのだ。同じ民族なのに、美人の類が目の前にいるんだから嫌でも自覚するって!

 私は肩を落として目を伏せながら、彼女の勧めに従って入室した。

 


 そこは、初めて触れる不思議な空間だった。

 ギルもエマさんも覚えのない雰囲気らしく、物珍しそうにじっと辺りを観察していた。

 基調は緑だ。

 濃淡の差はあれ、どこもかしこも緑に溢れている。なにより生花ではなく観葉植物に囲まれている部屋に、私は驚きと共に安らぎを覚えた。


「とても、気持ちが良いお家ですね……」

「ありがとう。そう言ってくださるのは、あなただけですわ」


 私たちを応接室に案内しながら、彼女は私に告げた。


「主がお待ちかねです。私はここまでですので、お客様()()でお入りを」

「わかりました。ただ、無作法とは思いますが、彼は私の護衛ですので同席させていただきます。――ギル、お願いしますね」

「了解した」


 私はギルを見て念を押す。

 そんな私たちに、トゥーリオの女性はわずかに困惑を見せたが、すぐに頷いた。


「では、また後程。――そちらの方は別室でお茶を」

「エマさん、ごめんなさい」

「いいえ。お話が終わるのをゆっくり待ってます」


 女性がエマさんを連れて廊下を戻ってゆくのを見送り、私はギルに向かって囁いた。


「……この先での会話は、すべて内密にしてください。もし……誰かに報告義務があるというなら、ここで待機していて」

「心配無用だ。俺たちはあくまでリンカの護衛であって、君の仕事の監視ではない。約束する」

「よろしく」


 条件の伴う契約を交わしたわけではないから、約束を反故にされても仕方ないと理解している。これはあくまで私の意思を伝えただけだ。

 ひとつ大きく呼吸をして覚悟を決めると、ドアをノックした。


「お入りなさいませ」


 返ってきた声は、年老いた男性のしゃがれ声だった。

 

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