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32話・魔女の本音 猟犬の内心 2

 屋敷に戻った私はすぐに服を着替えて、ギルとシェルク様の待つ裏庭へと急いだ。

 色鮮やかな花が咲き乱れる花壇に囲まれた中央に、真っ白な東屋がぽつんと建っていた。広い庭なのに樹木は外郭をぐるりと囲うようにあるだけで、後は溢れんばかりの草花で満ちている。

 遠目にも東屋の中はよく見えて、今も白くほっそりとした水鳥のようなシェルク様と猛禽のようなギルが揃って座っている。

 私は香り立つ花々の中を楽しみつつ通って東屋に入り、座居心地の良さそうな椅子に腰かけた。

 待ち構えていたのか、背凭れにだらしなく寄りかかっていたギルが上体を起こし、テーブルに腕をついて身を乗りだしてきた。

 話は唐突に始められた。

 

「昨夜、俺が話したことを覚えているか? 内通者がいたと」 

「ええ、覚えてる。……どこかへ逃亡したって」

「そうだ。治療院所属の、もうひとりの異名持ちだ」


 ギルの言葉に、政府庁舎で顔を合わせた美しい容貌がすぐ脳裏に蘇った。

 軍所属の治療士用制服に身を包んでシーラの横に姿勢よく座り、シーラを諫めるための発言しなかった異名持ちが。

 あの時はシーラの言動があまりにも衝撃的で、彼の印象は残らずじまいだった。


「もしかして『光の魔法士』……?」

「知っているのか?」

「政府庁舎で会ったわ。顔を合わせただけで紹介すらされていなかったけど。それに……私の治療をしてくれた人だったのは判る。でも、あの人が内通者? 彼は正真正銘の異名持ちよ?」


 内通者――誰の情報を誰に渡して? ギルたちの動向を?

 ふと考え込んだ私の前に、湯気の立つ茶器が置かれた。

 なんと、シェルク様自らが淹れてくれたお茶に驚き、かたわらに立つ彼を仰ぎ見た。


「『光の魔法士()』はね、私同様に“時を留める者(ティーア)”なのだよ。そしてねぇ……件の小箱をリンカの祖国から奪い取った国の異名持ちでもある」


 長くしなやかな白い指を茶器に添えたまま、シェルク様は無表情で告げた。


「視たの……ですか?」

「偽の『光の魔女』を視た時に、一瞬重なって現れた。そして、彼がアーデルベルトに居た理由だがね、リンカのご母堂を追ってきたようだ」


 ザザっと嫌な雑音が耳の奥でこだまする。

 それは、鼓動が跳ね上がった音だ。ゆるゆると息苦しくなり、急いで息を継ぐ。なのに、呼吸は乱れてゆくばかりで雑音が治まらない。


「奴は、俺を襲撃してきた連中と手を組んでいたらしい。事実、俺は奴に【精神操作】をかけられ、その直後に魔獣もどきの討伐に駆り出された。対価は、リンカの母親の行方とリンカ――『翠の魔女』の確保だ」


 シェルク様の話の先を、ギルが続ける。

 マジュの森であんなに簡単に多人数の敵を排除した人が、たかがひとりを相手に苦戦した挙句に凶刃に倒れたなんて妙な話だと思っていた。何かしら妨害工作を受けているのではと思っていただけに、なるほどと思う。

 【精神操作】――人の精神を思うままに操るスキルだ。『光』の異名持ちしか行使できない高位スキルで、まっとうな治療師なら患者の痛みを緩和したり、不安定な精神状態を安定させたりするために使うのに。

 そんな男が、どうして母を。

 私をお腹に宿して、どこからか命がけで逃げてきた母。

 

「な……なぜ、母が……」

「そこまではまだ判明していないが、リンカが本当の『翠の魔女』だと奴が知り、カルミアまで追ってきているのは確かだ」

「でも、今まで私は逃げ隠れしてないのよ? それこそ普通に街区へ行ったりして……。なんで、いきなり?」

「これは憶測でしかないが、奴は『翠の魔女』の価値を知っているがゆえに、潜む拠点を間違えた。保護局と軍の治療院に『光の魔法士』として登録し勤めていれば、治療士か薬師を営んでいるだろう『翠の魔女』とすぐにでも出会えるだろうと思い込んだようだ。だが、実際にはリンカがもっとも避けていた場所だ」


 犯罪者の的外れな策略を、ギルは嗤う。


「待てど会えない『翠の魔女』に苛立ちを感じていたところに、リンカが俺を治療に来た。好機を逃すかとロベルトを唆して足止め――この場合は、暴行事件だな――をさせた。お前を治療して確認し、たぶん俺同様に【精神操作】をかけようとした。だが、まったく効かずに逃げられた」

「あ、私、用心のために軽い心身強化剤を服用してたの。だからかな?」


 攻撃魔法も防御魔法も持ち合わせていない私が、なんの策も講じずに魔獣の群れの中に行くわけない。なにしろ案内人がアレだったし。


「『翠の魔女』の軽いは、一般的な魔法使いすら手の届かない物だ。奴は、それで確信を持ったんだろうな」

「だから……ギルを派遣した?」

「ご名答。攫われたらしいとなれば、俺たちが出動しても可笑しくはない」


 はぁーと重い溜息を漏らした。

 私の周囲で起こっていたさまざまな出来事は、嫌な絡まり方で私に関係していたと明かされた。

 これは、私自身に関わる事件だ。


「彼が姿を消したのは、私がカルミアに行くとわかったから。それで、ギルたちは私の護衛を?」

「そうだ。あわよくば奴の確保も考えている」

「そうして。なぜ母が追われたのかを知りたいから」


 きっと、あの禁忌の小箱と『翠の魔女』が関係しているはずだ。

 ただ、母がアーデルベルトに逃れる前の足取りが知りたかった。私がトゥーリオ皇家の血を引いているとなれば、当然母も血族だ。

 リカルド国王の話では、トゥーリオ皇家は自死によって絶えたはずなのに、母に残された血はどこからどうやって続いてきたのか。


「リンカ、それで陛下からの依頼はどうする?」


 絶妙な頃合いを窺っていたのか、ここでシェルク様が問いかけてきた。

 涼しい顔でお茶を飲みながら、神秘の瞳が私に念を押している。望んだのはお前なのだから、と。


「はい。お受けします」


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