31話・魔女の本音 猟犬の内心 1
今回の事件の容疑者は、シーラを筆頭にパトロン二名と彼女を囲った軍のお偉いさん。他の同行者は、すべてギルを含む特別調査団側の人間だという。
ファミーナさんを始めとした女性同行者の態度を思い起こせば、なるほどなと納得できることもあった。容疑者から離れて、いろいろと裏で工作をしていたんだろう。
国王の協力の上で容疑者たちはカルミア王国に誘い出され、政治的外交や仕事の依頼ではなくあくまでシーラたちの私的旅行の態をとらせた。両政府共に、シーラたちとは無関係を主張するためだ。
私的旅行先のカルミアで騒ぎを起こすシーラと、それを諫めることなく唯々諾々とわがままを許すパトロンとお偉いさんを一網打尽にして、シーラ一派の捕縛は終了した。
その後、事後処理のために捜査人員を分けたのは理解した。
シーラのパトロン二名と軍のお偉いさんは立場的な問題もあって、カルミアからの国外退去の末に本国アーデルベルトへ強制送還され、特別調査団による厳しい取り調べを受ることになる。
シーラの異名偽装を承知していたのか否かによって罪状も判決も変わるだけに、いろいろと証拠を揃えての尋問となるだろう。
もう一方の保護局問題だけれど、リカルド国王自ら騎士団とアーデルベルトの部隊を率いて、カルミア王国の旧都にあるグラーディア保護局本部へ不正摘発に向かったのだそうだ。
なんと、カルミアやアーデルベルトだけじゃなく、全世界での同時摘発だという。
発端は、シーラの異名偽装発覚だった。
被害者からの訴えを詳しく調査すると、『光の魔女』とは思えない行状が次々と出てくる。しかし、保護局の登録内容は完璧だ。どちらが正しいのかの判断を『星の魔法士』に委ねた。
答えはひとつ。シーラは異名紋章を持っていない。
『星の魔法士』の言葉一つで、調査団は保護局に対する極秘調査を開始した。
不正行為防止のために作られた魔道具が目くらましになり、人道や人間の矜持を捨てた者が家畜と並んで肌に偽装印を描き込む。魔道具であろうが、必ずそこには人の手が入る。その手が悪心の手であれば、汚職や不正行為など難しくはない。
偽装疑惑がアーデルベルトだけに留まらなかったのは、流れだったのだろう。
結果的に世界中で極秘捜査が行われ、疑惑は確証に変わった。そして、今回の抜き打ち査察を装った一斉検挙と相成った。
「これからは、保護局自体の存続が議題になるだろう。世界規模でな」
世界的に戦争が完全になくなったわけじゃない。領土問題など小競り合い程度の争いは、いつもどこかで始まり終わっている。
でも、強制的に異名持ちを戦場に送る国はもうない。
「強制登録でもないのに、どこかで保護局登録が姿のない階級を作り上げてしまったのね……」
実績がなくても異名持ちであると証明されただけで特別視され、憧憬や畏敬の念を持たれる立場に置かれる。実体のない神扱いなんて馬鹿らしいにも程がある。
ロンド婆ちゃんとシェルク様は、だから登録を嫌ったのかも。
「異名持ちが多いと有名なアーデルベルトが、異名偽装発覚の地となるとは……皮肉なものだな」
「多いと言われる異名持ちのどれくらいが本物なのかしら……」
考えただけで恐ろしい話。他国よりは多く存在するだろうけれど、こうなると誰が何を使って真の異名持ちを確認するのか。それが最重要課題になるだろう。
感慨深げに苦笑を浮かべているギルに向けて、私はひとつ咳払いをして真っ直ぐに見やった。
「それで、なぜ私を護衛することになったの?」
シーラの話は終わった。
あまりにも規模の大きな事件で、事細かに考察するほどの意味は私にはない。たとえ保護局が一新されたとしても、私は登録解除を希望する。そう簡単に不信感は消えないし、私にとって異名は能力でしかないから。
次は、私個人の問題だ。
いきなり護衛すると言われて、はいお願いしますとはいかないのだ。
恋人でも伴侶でもない男性に、わけのわからない状況でついて歩かれるなんて迷惑だ。
私はわずかな誤魔化しも許さないつもりで、じっとギルを凝視した。
「何か……私に害をなそうとする輩でも出てきたの?」
「言っただろう? 行動が危なげだと」
「なら、アーデルベルトに帰国して、幼いご令嬢かご子息でも護衛したらどうでしょうか? 私よりずーっと覚束ないですし、私よりずーっと感謝されますよー」
負けた。真顔でギルを見つめていても、彼の強い双眸に正面から見返されると心がざわざわして落ち着かなくなる。
なんだろう、この気持ちの揺れは。
ぷいっとギルから視線を逸らし、すこしずつ人波が引いてきた十字路を眺めた。
この時間じゃ店に辿り着いても売り切れだなーなんて落胆しながら、正直に答えないギルに苛つく。
「現に、周囲を確認せず無防備な状態でシーラの前に飛び出してきただろう」
「あれはっ! たまたまだっただけで……。だいたい可笑しいでしょう? 私ひとりに何人も護衛がつくなんて。誤魔化されないわよっ」
残りわずかな花水を飲み干すと、苛立たしさに席を立った。
買い物も不調に終わり、イイ奴なのか嫌な奴なの判断がつかない軍人さんにつき纏われるなんて。
シェルク様の言うように、本当に猟犬になって現れた!
「リンカ!」
ギルに呼ばれたけれど、足を止めずにすたすたと停留場に向かって歩きだす。
何もかもが上手くいかなく思えてしまって、いろいろな感情がぐちゃぐちゃになって涙が浮かんできた。
悔しい。腹立たしい。情けない。
解かってる。自分が臆病で考えなしだってのは。馬鹿な行動だったと反省したし、命の大切さは人一倍知っている。
でも、だからって軍人さんたちに護衛されるほど?
「リンカ! 待て!」
どんなに急いだって私の急ぎ足なんて、ギルの散歩程度の早さで追いついてしまう。なんたって、足の長さが違うんだ。
え? 足が短いから? 違う! 身長差がありすぎなの!
追いついたギルの手が、私の肩を掴んで止めにくる。力ずくじゃなく、やんわりと肩先を包むように掴んで。
なによ……さっきまで子ども扱いしてた癖にーっ。
「な……何も泣かなくても……」
「泣いてない!」
まだ零れてない。ちょっと涙目だっただけ。
手の甲でぐいっと目元を拭って、その時に頬が熱いのに気づいた。
「悪かった。屋敷に戻ったらきっちり話す。だから……」
「泣いてません!」
男は女の涙に弱いと言われているけれど、私の涙で狼狽する隊長さんにざまあみろと思ってしまう。
色男なのに、残念だ。
でも、そうやって狼狽していて。
私の頬が熱いのは、涙目だった恥ずかしさだからってことにして。
そんなこんなで早朝の朝市突撃は失敗し、妙な雰囲気のまま戻った私たちを出迎えてくれたシェルク様。
神々しいご尊顔に、人間味たっぷりの人の悪い笑みを浮かべて一言。
「清々しい朝の逢瀬は、楽しかったかね?」




