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30話・空回り魔女とダメ猟犬

 無理。

 まず脳裏に浮かんだのは、その二文字。

 私の欲しい物を売る店の位置もわからず、このごった返す人波に突入するのは無理がある。露店に着く前に、行き交う人々にあちこち押されて転ぶか弾き飛ばされるかで怪我をしそう。

 カルミアの人たちは、男女共に身長が高くて体格が良く、小柄な私じゃ埋もれて見落とされそうな予感がする。自分で言うのもなんだけど、大人の群れに混じった子供のようだ。

 どうしよう……。


「リンカ、俺と手を繋げ。歩く位置は俺の真後ろだ。何があろうと絶対に手を離すな」


 戸惑う私の頭上から、何かを決心したような力強いギルバー…じゃなくて、ギルの声が聞こえた。

 差し出された大きな手を握り、私も彼を見上げて覚悟を決めて頷いた。

 力強い頼もしい手が、合図のようにもう一度私の手をしっかりと握り締めてきた。

 さあ、敵陣に向けて一気呵成に突っ込むぞ! と、その時は朝市の立つ大路に挑むことしが頭になかった。

 乙女の純情は、繋がれた手に欠片もトキメキを生まなかったのだ。


 ……そんな威勢も半刻も経たずに萎んだ。

 長身のギルに進路を任せて朝市通りを進んでみたが、露店の前にも人集りが凄くて商品自体が見えないのが問題だった。

 店舗と違って看板なんて出てない上に、地面に敷いた厚手の布の上に品が並べられているから、客を掻き分けて覗き込まない限り確かめようがない。


「薬草か野菜か区別がつかん……」


 かろうじて露店先を覗くことができるギルの弱気な声が、人に揉まれてぐったりし始めた私に追い打ちをかけた。


「あは……あははは」

「魔石か鉱石かと思ったら、ボンジャの実とという妙な根菜だとか」

「ふぁい……あれは、一見すると大石に見えるんですよー」


 珍しい品物が溢れかえる中で、見知らぬ物を見つけろというのは困難な作業だ。それでなくても、私を庇いながらの行軍だ。

 大路の奥に入れば入るほど身動きが取れなくなりつつある私たちは、互いの目を見つめ頷き合った。買い物は無理だ。諦めようと。

 そこからギルの行動は素早かった。

 くるりと踵を返して掴んでいた手を離すと、いきなり私を抱き上げた。今度は向かい合わせで腰と膝裏に腕を差し入れ持ち上げる、いわゆる子供抱きというやつ。

 さすがに荷物担ぎはされずにすんだけれど、年頃の娘の私にはこれはこれでキツイいものがあった。

 昨日は、気力が尽きて放心していたし、シェルク様しか周りにおらず諦められた。けれど、今は周囲に人の目が多すぎる。

 いろいろな意味での羞恥心が、大暴走しそうだった。

 内心で大絶叫しながらギルの首に腕を回し、たぶん顔面から火を噴いてたはず。

 なんでこの男は黙って抱き上げるの!? 子供扱いなの? 昨日は気力体力共に失ってて放心状態だったから諦めたが、今回は――。


「リンカ、あの茶屋で休んでいこう」


 あっという間に出発地点の大通りの十字路に辿り着き、怒るより先にあまりの早さに感心してしまったのが悪かった。間髪入れずにギルが指さす先を見て、怒りを忘れて大きく頷いたのは言うまでもない。

 考えてみたら、私たちはまだ朝食を取っていなかった。

 目に入った焼きたてのパンと珍しい果物の砂糖煮とお茶は、十分に空腹を思い出させたのだ。


「ちょっとだけ……ね? 戻れば朝食を用意してくれてると思うし……」

「朝食は断ってきたぞ? どうせ朝市でいろいろと買えると思ったからな」

「そっかー。それなら遠慮はいらないわね」


 さすがは隊長さんだ。段取りと手回しの確かさに脱帽だわ。

 で、私はただ今お茶屋さんの店先の席で、美味しい朝食を食べています。

 私は二種類のパンと新鮮な果物に蜜をかけた品とリーファという名の花を漬けた真っ赤な花水。一方ギルは、山のような蒸しパンと露店から買ってきたお肉の揚げ焼きに辛みのある果実酒だ。

 で、お節介おばさんみたいに、わたしに切ったお肉を食えと差し出す。

 フォークで刺したお肉を。

 なんなの? やっぱり子供扱いなの?


「自分で食べるから、お皿の脇に置いてよ」

「口を開けるだけですぐ食えるぞ」

「ギル……」


 世話焼きじゃなく、わざとだ。ニヤニヤしてるし!


「チクショウ! 今度はひとりで来る!」

「それは無理だな。アーデルベルトへ帰りつくまで、俺はお前の護衛任務に就いている」

「あっ……」


 そうだ、そうだった。昨夜ちらっと言っていたんだ。

 ギルが私の護衛に就くことになったと、いきなり告げられたんだわ。


「ねぇ、なぜ私の? シーラ逮捕の計画は完了したの?」


 目の前にぶら下げられたお肉を睨みながら、声を落として訊いてみた。

 私を揶揄うのを諦めたギルは、そのお肉を私の皿の端に置くとすこしだけ身を乗り出した。


「第三部隊の半数が、庇護者(パトロン)たちを連れて先に帰国。後の半数と俺の部隊の半数が、リカルド国王と騎士団、アーデルベルトの派遣局員と共に保護局本部を強襲。俺を含めた残りはリンカの護衛だ」

「え? 残りって……」


 思わず周囲をきょろきょろ窺ってしまう。


「今は別動中で、ここにはいない。まぁ、いたとしてもリンカには見つけられんと思うがな」


 その台詞に見回していた視線をギルに戻して睨みながら、腹立ちついでにお肉を口に放り込むと思い切り噛みしめた。

 むかむかするけれど香辛料のきいたお肉が美味しいから、文句は言わないでおいた。

 ……本当に、美味しい。


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